64話 東から来るもの

 チコさんに伴われて、ティルの村のギルドに入る。そこには着流しと呼ばれる服装の男がいた。腰には色鮮やかな拵えの刀を差している。


 なんでわかるかって? 以前ベフィモス達から力をもらっ(押し付けられ)たときに、知識も共有化されているからだね。


 強いな。シリウス卿と互角くらいか。




「お初にお目にかかる。龍王アレク様」


 俺の姿を見ると即座に膝をついて呼びかけてきた。


 同時に龍と呼んでも差し支えないほどの闘気を浴びせてくる。周囲で談笑していた冒険者が一気に表情を凍り付かせた。なるほど、力を隠せるのか……。




「名前を聞こうか」


 さらっと闘気を受け流して見せる。


「おお、これは失礼した。我が名はミズチ。東方の龍王である黄龍様に仕えております」


「なるほど、その身は仮初ということか」


 左目に刀傷が走り、全身を鋼のような筋肉で覆われた姿はまさに偉丈夫と呼ぶにふさわしかった。そう、俺はその時まで同行者の存在を忘れていた。


「ぬおっ!?」


 俺の背後からチコさんが飛び出してミズチにまとわりついた。


「うふふふふー、いい筋肉してますわねー」


「な、なんだと!? 引きはがせないとは、なぜだ!?」


「まっちょだからさ」


 チコさんがいい笑顔で宣言すると、しばらくの間ミズチの悲鳴がギルド内に響き渡るのだった。




 さすがに騒ぎになってきたので、チコさんに依頼してギルド内の個室を借りた。


「むう、アレク君ずるい。こんないい筋肉と二人っきりなんて」


 とりあえず何か腐った意見をほざくチコさんをひとにらみして黙らせる。


 改めてミズチとテーブルをはさんで向き合った。


「んで、俺にどういう用件が?」


「お、おう。さすがアレク様のおひざ元でございますな。ただものではない」


「質問に答えてくれませんかねえ?」


「相済みませぬ。まずはわが主とお会いしていただきたく」


「うん、それは良いんだけどね。どのくらいかかるんだ?」


「左様ですな。黄龍様のお住まいまでは人の足で十年ほどかかります、がアレク様の眷属には空を飛べるものもおりますでしょう?」


「まあ、いるけどね。改めて聞くが、目的は?」


「……黄龍様は深手を負っておられましてな。眷属のものに反旗を翻され、戦いのさなかに我らをかばって……」


「ということは、本当の目的はエイル、だな?」


「はっ、女神の名を冠するほどの力、我らも聞き及んでおります」


「ほう?」


 エイルの名前が出た瞬間、俺の中で何かのスイッチが切り替わった。魔力を開放すると、ドアの前で聞き耳を立てていたギルド職員がバタバタとすっころぶ音が聞こえる。というか、第三の眼から隠れおおせることはできないと知っているだろうから、あれはチコさんなりの心配なんだろう。




「まず、誤解のないように申しますが、エイル様にも危害を加える気はありませぬ。そのような意思を見せた瞬間私ごときは消し飛ばされますでしょう」


 俺の威圧にびくともせずに返してくるあたり、肚が据わっている。


「さっきの事情に嘘がないことはわかった。一応言っておくけど、俺とそちらの黄龍殿とは何の誼もない。はっきり言ってしまえば、どうなろうと知ったことではない」


「おっしゃる通りにございます。しかし、そこをまげて御助力願えませぬでしょうや?」


「あんたの立場からすればそうなんだろうけどね。俺にその意見を通させようとするなら、二つの方法がある」


「……お聞かせ願いましょう」


「ああ、黄龍殿を助けることによって得られる利益、もしくは助けないことによる不利益だ」


「それは……」


「不利益があるとしても、距離は遠い。俺に不利益をもたらすためには、相当な手間がかかるよな?」


「だとしても!」


「俺はね、一言で言ってしまえば家族だけが大事だ。この地にとどまっているのも家族がいるからだし、まして、俺と同格の龍を傷つけられるような相手と戦う気はない」


「それは……」


 というあたりでいきなりガチャッとドアが開いた。


「あ、アレク。旅行の準備はできてるよ!」


 ナージャがものすごくいい笑顔で俺に話しかけてくる。


「わーい! パパと旅行に行くの!」


 エイルがナージャと同じ場所にある、ぴょこッと飛び出した髪の毛をふるふるさせて喜びを表現していた。小さいころのナージャと同じクセだ。


「ちょ、まって!?」


「ふふーん、わたしにはわかってるんだから。アレクは本当は助けに行きたいんだよね?」


「や、だって、ナージャとエイルを危険にさらせないだろう?」


「えー、だったら一緒にいればいいじゃない。アレクはわたしといれば世界一強いんだから!」


 俺を信頼しきった表情で笑みを向けてくる嫁。うん、間違いない。確かに彼女を守るためなら無限に力が湧いてくるわ。


「パパ! わたしね、こんな魔法覚えたんだよ!」


 エイルがうにゅうにゅと高速詠唱を始めた。


「東方魔術イースタンマジック快癒!」


 エイルの指先がミズチを差すと、白い魔力が彼のふさがったままの左眼を射抜いた。


「うおっ!?」


 エイルの魔法を防ごうと障壁を張るが、残念、それは治癒魔法だ。敵意ある魔力を防ぐ障壁など……薄紙一枚の役にも立たない。


 あーあー、エイルの魔力が彼の身体を再構築していく。いつぞやのリスの時と同じだな……。


 などと思っていると、エイルの服の胸元からモフッとした毛玉が現れた。




 時間にして三十秒にも満たないほどであったが、ミズチの顔から刀傷が消え、その左眼は見開かれていた。


 自らの身体に起きた状況を把握したのだろう。ミズチは再び俺の、というか俺たちの前に膝をついた。


「アレク様、奥方様。我が目を癒していただいたこと、感謝の念につきませぬ」


「ナージャ」


「はっ!?」


「わたしは、ナージャ。で、この子は、わたしとアレクの愛の結晶のエイルね」


「は、ははっ! 奥方様とお嬢様にございますな?」


「パパのお友達? ケガ治ってよかったね!」


 エイルが天使のほほえみを浮かべている。胸元からリンドが「チュッ!」と声をあげていた。


「お、おお。まだ幼いのにこれほどまでの力、感服いたしました!」


「うー!」


 ナージャは少し不機嫌だ。とりあえず彼女の言いたいことを代わりに伝えることにした。


「ミズチさん、俺たちは言ってみればただの村人だ」


 その一言に対するツッコミはティルの村の全員からされそうではあるけども、この国においての俺の身分はそうだ。


「は、はあ……」


「だからね、名前で呼んでやってくれないかな?」


 はっとした表情でミズチがこちらを見る。


「承知いたしました。ナージャ様、エイル様」


「むう、まだお堅いけど、まあいいよ」


 にっこりとした笑みを浮かべるナージャに、ミズチが一瞬固まる。




 とりあえず旅に出ることになった俺は、留守をお義父さんに頼むことにして、念話を飛ばすのだった。

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