65話 とある一族のサーガ

(ってことでですね。ティルの村と砦の防備をお願いしたいんですよ)


(なんじゃと!?)


(ってことでお願いしますね)


(エイルたんはお留守番かね?)


(連れて行くに決まってるでしょうが)


 念話ごしになんか真っ黒な怨念のこもった叫び声を聞いた気がした。これが黒龍王ニーズヘッグの咆哮か。そりゃ一般兵の軍とかこれだけで崩壊するわ。


(婿殿。貴様鬼か?)


(いえ、龍王ですが)


(我から家族のだんらんを奪い去るとは……)


(ナージャがですね)


(うむ! 我が愛娘がどうした!?)


(家族水いらずがいいと)


(ずぎゃあああああああああああああああああん!!)


 悲鳴だか擬音だかわからない声をあげてニーズヘッグは悲嘆にくれる。


 とりあえずめんどくさいのでエイルを手招きした。


「パパ、どうしたの?」


「ニーズおじいちゃんにね、お留守番をお願いしてほしいんだけど、できる?」


「わかったー。えーっと……虚空を繋ぐ魔の糸よ、我が縁つなぐものと言葉を交わさん……」


 なんかエイルの呪文が日に日に上達していく。子供の成長は速いなあ……。




(あ、おじーちゃん! おひさしぶりなのー)


(ぬおおお、エイルたん! おひさしぶりなのー!)


 うん、そこそこいい歳した感じのイケオジ(チコさん談)のはずなんだが、目じりはこれでもかと急降下し、デレデレになっているのがよくわかる。


(おじーちゃん。わたしね、お友達のおけがを治しに行くの。それでね、村のお友達が心配でね)


(このニーズヘッグに任せまくるがよい! エイルたんのお友達には指一本触れさせぬぞ!)


(うん、おじいちゃんとっても強いから、わたしも安心なのー。ありがとね。お土産買ってくるからね!)


 恐ろしい。この年で百戦錬磨のジジイを転がしている。エイル、恐ろしい子……。


「わたしが育てました!」


 ナージャがふんす! と胸を張る。ゆさっと揺れるたわわに目が釘付けになるが、ミズチの咳払いに我に返る。


「えーっと、アレク。エイルの弟か妹、ほしくない?」


 ナージャの魅力的過ぎる提案に、俺がふらふらと引き寄せられようとしていたが、バーンとドアが開く。


「エイルたああああああああん!!」


 すごく爽やかな表情でニーズヘッグがティルのギルドに入ってきた。若干膝が笑っているように見えるのは、限界を突破した速度で飛んできたからだろうか?




「アレク様、あの方は?」


「ああ、ナージャの父に当たる、黒龍王ニーズヘッグです」


「はい!? こちらの国を滅亡寸前まで追い込んだ、あの狂い龍ですか!?」


「たぶんそれです。ってすごい言われようだな」


「命すら削って荒れ狂っておられましたからな。あれを止めようとするなら龍王が命がけで、それこそ相打ち覚悟で挑まないとならんと言われておりました」


「うちの爺ちゃんとんでもないな……」


「おお、そういえば龍の力を借りた人間の勇者が黒龍王を討ったと聞いておりますが……」




 その背後で再びドアが開いた。


「コルァ! ニーズヘッグ! 貴様、兵たちの訓練をほっぽり出して何をしておるか……おお、エイルよ、今日も可愛いのう」




「えーっと、あの御仁は? 龍の力をまとっておられますが……?」


「ああ、うちの祖父です。フレースヴェルグの力を受けています」


「って、黒龍王戦争の当事者同士ではありませぬか!?」


「ええ、いろいろあったんですよ。いろいろ……ね」


 俺はぽつりぽつりと、黒龍王戦争の舞台裏を語った。




「ぬおおおおおおおおお!」


 目の前でミズチが号泣していた。ニーズヘッグが狂った理由と、末期の願いを聞き届けた勇者の物語。そして勇者の血脈は龍の血と交じり今新たなる一族を成した。




 自分で言っといてなんだが、なんか英雄譚みたいだよなあ。


「アレク。間違ってない」


「え?」


「アレクはわたしを救ってくれたからね」


 ナージャがいつものほほえみを浮かべて俺を見ている。俺の隣で身を寄せて来た。もうふにゅんふにゅんだ。


 というあたりでまた雰囲気をぶち壊す奴らがいる。再び扉が開くとそこにはいい笑顔のシリウス卿がいた。


「アクセル殿! 気配を感じました! 一手御指南お願いいたす!」


「む、シリウスか。今わしはエイルと遊ぶのに忙しい。ほれ、そこにニーズヘッグと、客人がいるじゃろ?」


「む?」


 シリウス卿がミズチに視線を向けると、彼は器用に顔の下半分だけで笑みを浮かべて見せた。口角がキュッと吊り上がり、三日月を描いたようだ。




「さあ、私と戦いましょう! その刀は飾りではありますまい?」


「アレク殿、この方は?」


「あー、一応俺の友人です。人類ではうちの爺ちゃんの次くらいには強いです」


「ふむ、であれば……」




 ギルドの訓練場で二組の戦士が向かい合っていた。片方はエイルと遊ぶ権利をかけて爺ちゃんとニーズヘッグが、それこそ鼻先がくっつきそうな距離で睨み合っている。


 そして、互いの武器の間合いの外で静かに構えをとるシリウス卿とミズチ。シリウス卿がむき出しの闘気を放出し、ミズチはそれを清流のように流す。


「では、はじめ!」


 なぜか俺が審判のように間に立っている。


 背後では裂帛の気合を交わす爺ちゃんとニーズヘッグ。龍の力は使わないことをルールとして伝えてあったため、突きを放てば地面に穴が開くということは起きていない。


 ただ、槍先が見えないほどの速さで突きを交差させている。




 一方目の前のシリウス卿とミズチは、静かに機をうかがっていた。シリウス卿は中段に槍を構えている。ミズチは刀を鞘に納め、半身になっていつでも抜刀できるように柄に手を添えていた。




 そして、シリウス卿が……動いた。

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