68話 いつか見た光景

「「ふわあああああああああ!!」」


 ナージャとエイルが歓声を上げる。人が増えたため開拓が進んだ農地には、様々な作物が実っている。


「うん、今年も豊作だな」




 あのとき、ナージャと二人で王都に向かった時に比べて、フェイの速度は大きく上がっていた。早朝に村を出て、昼過ぎにはレンオアム付近に差し掛かっている。




「主様……」


「ああ」


 馬車が襲われている。レンオアム付近は最近治安が良くないのだろうか。確かにティルの村にかなりの数の冒険者が移り住んだとは聞いているが……。




「アレク。やっちゃっていい?」


「んー、んじゃこうしよう」


 俺はふんわりとナージャを横抱きにして、飛翔魔法を発動させた。


「ふわ!? はわわわわわわ……」


「どうしたの?」


「ふぇ? いや、あの、アレクの顔が近くて……」


 足元の修羅場を尻目に、ナージャがガッツリとしがみついてくる。


 そして状況が見えて来た。あの紋章は……翼の生えた蛇、レンオアム公爵家のものだ。




「アレク、待ち伏せされてるね」


 馬車と護衛騎士の背後から護衛の人数の倍ほどの賊が追いかけている。そして行く手に弓を構えた兵が伏せている。


「とりあえず、行く手を遮るやつらを……」


「魔弾よ、我が敵を討て! エナジーボルト!」


 ナージャが広げた手をかざすと、その指先から魔力弾が放たれる。その数二十三、伏せていた賊と同じ数で、一つも外すことなく的を撃ち抜いた。




「ねえ、アレク。あれって……」


「ああ、亜人種、だな」


 待ち伏せをしていたのはゴブリンたちだった。いつぞやのキングの襲撃を思い出す。あのときもゴブリンやトロールといった亜人種がキングに統率され、村を襲ってきた。


 レンオアム公爵はティルの村の事件を聞いてより、亜人の討伐を強化していた。それに対抗するためにキング種が生まれたとしても不思議ではないが……?


 俺は馬車の進行方向に降り立つ。なぜかナージャは俺にしがみついたままだ。そして馬車の御者と目が合った。


「アレク様!?」


 いつぞやのヒルダ嬢を助けたときの御者だったようだ。


「おお、ご助力感謝する。龍王アレク様が助太刀に来てくださったぞ!」


 ロレンスさんが俺の姿を見るや周囲の騎士に声をかけると馬首を翻した。


 彼に続いて護衛騎士たちも引き返して行った。すれ違いざまに追いかけてきていた賊を叩き伏せていく。


「え? あっちは人間だ」


「そう、だね……えー?」


 顔を見合わせて疑問をぶつけ合うが、答えは出ない。そして背後に気配を感じて振り向くと、ロレンスさんの部下がゴブリンを殲滅していた。


「あー……ロレンスさんが一枚上手だったってことか」


「みたいだね」


 馬車の中には誰もいなかった。だからあんな速度で走れたのか。


「おお、アレク殿。お久しぶりですな」


 ロレンスさんが笑顔で話しかけてきた。街中ですれ違ったような和やかな雰囲気だ。顔に返り血が飛んでなければ、だが。




「で、これはいったい何事ですか?」


「うむう、お恥ずかしい話ではありますが」


 先日の帝国侵攻で、ラードーン子爵のほかにも内応していた寄子貴族がいたそうで、彼らが反乱を起こして砦に立て籠もっているそうだ。


 なぜか亜人たちもそこに合流してちょっと簡単には攻め落とせない勢力となり、隊商を襲ったり、近隣の村を制圧して税を勝手に取り立てたりしている。


 そして公爵の派遣した討伐軍を破った。率いていたのは公爵の嫡子で、子飼いの騎士だけを率いて行った。父である公爵の忠告も聞かずに、ロレンスさんの従軍も断ったそうだ。


「若気の至りとはいえ、かなりの被害が出てしまいましてな。まあこうやって相手の戦力を削っているのですよ」


「んー、とりあえず、つぶします?」


「……お願いできますかな?」


「ヒルダさんにはお世話になってますし、主に爺ちゃんのことで」


「ふむ、であれば……報酬はこれで?」


「アレク! 受けましょう!」


 食い気味にナージャが話を受けた。三日後に公爵自ら兵を率いてくるそうで、そこに合流することになった。ロレンスさん自身は半ばヒルダ嬢個人の家臣となっているため、公爵家の兵ではなく冒険者を率いるそうだ。


 俺もそこに加わることになった。




「えーっと……拙者は如何にすれば?」


「お任せしますよ?」


「むう、であれば参加させていただきたく」


「ああ、ありがとう。よろしく頼みます」


 ミズチの参戦が決まり、ロレンスさんに紹介したところ報酬の桁が一つ上がった。


「龍王が三人と、龍が二人ですか。相手に同情したくなりますな」


 苦笑いを浮かべるロレンスさんに一つ思いついたことを申し出た。




「うにゅにゅにょにょにょにゅるるるる……グレーター・ヒール!」


 前回の戦いで負傷した騎士や兵の治療を請け負ったのだ。ロレンスさんが提示してきた報酬は、冒険者を傭兵として雇う相場の五百人分だった。あまりに気前が良すぎると思ったので、おつりを返したつもりだったのだが……。


「なんだ!?」「動く、動くぞ!?」「暖かい……」




「ねえパパ。みんな元気になってよかったね!」


 にぱっと笑うエイルに心を撃ち抜かれた兵たちが、ティルの村への移住を希望して殺到したのは後日のことだった。

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