45話 結婚式とパレードと

 さて、なぜか俺たちは神殿の中にいる。このたびの帝国軍撃退と講和条約締結を祝し、迎撃を主導したシグルド殿下と、レンオアム侯爵令嬢ヒルダの結婚式が執り行われていた。




「あー、シグルドよ。汝はヒルダを妻とし、互いに守り、慈しみ、愛し合うことを誓うか?」


「無論だ!」


「アドリブくわえるんじゃねえ!」


「……誓います」


 なぜか神父というか、立会人は俺である。先日仕立てた黒の礼服は、このためだったらしい。


 ついでというか、赤のドレス姿で高そうなティアラをかぶっているのが我が妻たるナージャである。俺の隣で笑みを浮かべながら式を見守っていた。




「えーと、ヒルダよ。汝はシグルドを夫とし、互いに守り、慈しみ、愛し合うことを誓うか?」


「はい、誓います」


 うん、こっちは普通だった。


「なれば、龍王の前にて宣誓を!」




「「リンドブルム様。我ら夫婦として、互いに助け、慈しみ、愛し合うことを誓います」」


「はい、頑張ってねー」


「「レヴィアタン様。我ら夫婦として、互いに助け、慈しみ、愛し合うことを誓います」」


「うむ、汝らに祝福を」


「「ベフィモス様。我ら夫婦として、互いに助け、慈しみ、愛し合うことを誓います」」


「ああ、似合いの二人だ。お主らの先行きに幸多からんことを」




 ここぞとばかりに、祭られている龍王本人が降臨しているため、直接誓いを立てるという前代未聞の式だ。本来はそれぞれの像に向け誓いを行うわけで、しかし本物がいるから、じゃあ直接やればいいじゃないのって、なんだかなー。




 拍手を送る招待客の中には、なぜかゴンザレスさんもいる。帝国迎撃の際に最前線で奮戦した功を認めてとあるが、単純に個人的な理由だろう。




 しかし、ここに至るまでにはすったもんだがあった。本当に、思い出すだけで頭が痛い。




「講和の条件として、婚姻を結ぶのはどうか?」


「ふむ……」


 この時点ではシグルド殿下は弟の誰かを考えていたようだった。


「妹のブリュンヒルドを嫁がせたい。シグルド殿のもとへ、だ」


「ほう?」


 この時点で空気を読んでほしかった。だが、さすがに帝国の皇太子である。スルースキルも半端なかった。


「それで、だな。王家の姫とは言わぬ。公爵家の娘を我が妻にして……あれ? なんか俺地雷踏んだ?」


 シグルド殿下がいい笑顔を浮かべて、剣を抜き放ちグンナルの喉元に突き付けている。


 さすがにここで帝国の皇太子を討ち取ってはまずいし、だまし討ちの汚名を着せられかねない。


「落ち着いて」


 俺が剣先をつまんで止めていることに二人は気づいた。グンナル殿の頬を汗が伝って落ちる。


「シグルド殿下も落ち着いて」


「お、おう、すまん」


 ここで事情を説明すると、グンナル殿の顔から綺麗に血の気が引いた。見事なまでの顔色の変化だ。


「……済まぬ、知らぬこととはいえ」


「本当に知らんかったのか?」


「いや、密偵も戻ってこなかったりでな。王国の防諜体制は化け物かと」


「だからあんな意味不明な遠征が始まったのか?」


「父上がトチ狂ったのだ。なぜか王国を滅ぼさないと帝国が亡びるとな。今思えば怪しげな占い師が滞在していた」


「いや、普通それ以外に原因考えられんのでは?」


 シグルド殿下は呆れたような声を出す。


「我が母を病で亡くしてから、父上はお変わりになられた……」


「とりあえずさっきの申し出は白紙で頼む」


 さっくりスルーされて途方に暮れるグンナル殿。その話を聞いても皇帝一家の面倒ごとやごたごたしか思い浮かばない。


 お家騒動で帝国が弱体化するならこっちとしては願ったりかなったりなのだ。何が悲しくて仮想敵国というか、つい先日まで干戈を交えた国の心配をしないといけないのか?


 ということをかなりストレートに投げ込んだ。


 なんかもう塩をかけた野菜のようにグンナル殿はへたり込んでいる。


「もういっそ、俺王国に亡命しようかなあ……」


「いや、すまんが許可できん。ヒルダに手を出そうとしやがった……じゃなくて、お主の存在がそのまま名分となりかねん」


 微妙に本音を隠しきれていないが、言い分はもっともだ。


 それこそ身柄の引き渡し要求があり、断れば戦争だろう。ただ、彼の言い分を信じるならば、帝国兵は王国に対して無力化されているそうだが。


 王国に攻め込めと命じれば反乱が起きかねないとか。




 なんだかんだで講和はまとまった。そして結婚式の後グンナル殿は、帝国に復命する手はずになっている。




 さて、とりあえずひとの悪いことに、帝国から寝返ってきた貴族や諸侯を披露宴の席次でグンナルの周辺に配置した。


 この程度の試練に打ち勝てないようではこれからの激動の時代生き残れないぞ。がんばれ!




 さて、茶番劇の始まりだ。


「「「我らが主に祝福あれ!」」」


 三龍王が膝をつき、俺に向けて忠誠を誓う。


 俺は銀で作られた仮面を付け、正体がわからなくなっているはずだった。問題は隣にいるナージャが普通に素顔を晒していることだ。ただ、メイドさんたちによってメイクアップされ、もともとの美人が、さらに綺麗になっている。


 普段は地味な格好で村娘の姿だからわからんか……?




 シグルド殿下は白馬に跨り、お姫様抱っこでパレードの中ほどを移動し始める。まあ、ある意味主役だしな。


 そして俺は……なぜかベフィモスの背中の上だ。なぜか左腕にはレヴィアタンが巻き付き、肩の上にはリンドブルムがくっついている。儀仗兵よろしく隣に騎馬で並走しているのは、ニーズヘッグと、爺ちゃんだ。


 人型の龍王が、伝説通りの獣の姿をとったことで、市民のテンションは爆上がりだ。さらに英雄アクセルの帰還に王都の市民は沸き立った。


 王国の守護者とか持ち上げられてい入るが、俺は王国に対して一人の国民としての責任と義務は果たすつもりだった。それこそ王国すべてを守るような守護者とか肩の荷が勝ちすぎる。


 政治的に利用していいとは確かに言った。しかし、予想を上回る徹底っぷりに少し気疲れしているようだ。


 ため息を押し殺し、笑顔を浮かべて沿道の市民に手を振るのだった。

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