82話 大団円、そして

 東の国は新たなる龍王を戴くこととなった。今代の黄龍は表面上は優雅に、内情は必死で力を操っている。


「うぬ! ふぬううううううう!」


「まて、それ以上そっちに雨を降らせるな!」


「わ、わかった。ふんぬらば!」


「よし、いいぞ! 今のうちに……おんどりゃあああああああああ!」


 二人が何をしているかというと、地図を媒介にしてそこに使い魔を送り、さらにその使い魔を介して土地に雨を降らせ、大地に活力を分け与えているのだ。


 黄龍は水をつかさどり、応龍は地を統べる。ミズチは水に住まう蛇が年を経て変化したものという。


「むう、今代のミズチを選定せねばならんな」


「ああ、こっちもだ。配下の眷属を選定せねば」


「すまん、荊の邑が干ばつ気味だな」


「おお、って残りの力がこれだけだと!? そちらに割り振ると、今度はこっちが……ぬあああああああ!!」


「ええい、こっちを向け」


「ふあ!? んっ……」


「これで多少は補充されただろう」


「え、ああ、うん。ただ、今度からはする前に一言ほしいぞ」


「ああん? 恥ずかしくてそんなこと言えるか!」




 何やら犬も食わないようなやり取りをしているが、まじめに国の守護をしていることは間違いないようだ。ただ、番となるべき相手がいない眷属たちは無表情に壁を殴っていたり、虚空に向かってつぶやいたりしている。


「ねえ、アレク。またあれ食べに行こうよ!」


「パパ―。いこー!」


「おう、なんか屋台を卒業して、店を構えたらしいぞ」


「ふわあああああ!」


「わーーーい!」


「儂も連れて行ってはくれぬかのう?」


「えー?」


 先代が話しかけてきた。隠居の身になって、気楽な余生を送るだけだろ?


「むう、することがないのじゃよ。儂には子も孫もおらぬでな」


「なに、龍に年齢は関係ない。今からでも相手探したら?」


「ふむう……」


 なんというか、こういうことを言っておいてなんだが、背後にもじもじとしている侍女がいた。


 俺が目配せを送ると、少し決意を固めたような表情でこっちに声をかけてきた。


「あ、あの」


「おお。紅玉、どうしたのじゃ?」


「ご先代様の世話役として、おそばに仕えさせていただくことになりました!」


「なに? 儂のためにか?」


「は、はいっ!」


 顔を真っ赤にして、緊張からか少し震えている。それでも意を決したその心根はなんというか、眩しかった。


「いかんいかん、儂のような出涸らしにそなたのような前途ある者の手を煩わせられぬ」


「いえ、でもですね。当代様からのご命令でして」


「ふむ、断れぬと申すか」


「は、はい」


 うん、その返答はまずい。逆効果だ。


「なれば儂が出向こう」


 俺は素早くナージャにアイコンタクトを送った。


「はいはーい、とりあえずさ。みんなでお出かけしない? 代替わりでお祭りになってるし。それにお二人の邪魔をしたら……ねえ」


「むむう、ナージャ殿がそういうのであれば……。紅玉よ、そなたも仕事と肩ひじを張らず息抜きをするがよい。不埒ものは儂がおる限り近寄らせはせん」


「はい、ありがとうございます」


 なんかいい雰囲気になった。




 それはそうと、ナージャの言う邪魔の意味がいろいろありそうだ。仕事なのかそれとも。


 ナージャは普段と違った笑みを浮かべている。ああ、そうか。龍ともなれば、子を持つことは難しい。俺たちのようにすぐに子が生まれるのは奇跡だ。


 そういう意味で邪魔はしたくないん、だろうな。


 ふとナージャと目が合う。そして、おでかけーとはしゃいでいるエイルが目に入る。にっこりといつも通りのほほえみを浮かべると、ナージャはエイルと手をつないだ。


「ママ」


「うん? どうしたのエイル?」


「よかったね。みんなにこにこしてるよ」


 エイルは道行く人々が笑顔であるのを見て自分もうれしくなったようだ。実際、王が倒れ国は割れ、明日への展望を持つことが難しくなっていた。


 だが、すったもんだはあったが、今は龍王が代替わりして、守りは元通り。王は伴侶を得て、気持ちも安定した。


 先日までに比べたらずいぶん状況は改善したのだ。


「うん、そうね。良かったね」


「ねー!」


 名づけが良かったのかそれとも、と思うことはある。名前に引っ張られてエイルの性質そのものが変わってしまったのではないかと悩んだ。


 ただ、なんであろうとこの子が可愛い娘であることだけは変わらない。




「パパ―!」


 ナージャを引っ張るように寄ってきた。ナージャとつないでいない方の手を差し出してくる。


「うん、エイルは甘えん坊だなあ」


「ぶー、わたしはまだ子供だからそれでいいの!」


「はは、そうだな。可愛いかわいい」


 子供が子供らしくできる。当たり前のことだけど、なんと難しいことか。


 この国がどうにかなっていたら、それこそ難民とかがこっちの国に押し寄せてくる可能性があった。それを未然に防ぐことができたことは良かったんだろう。


 理由はどうあれ、結果として人々を救ったのだから。




 そうして、出かけようとしたとき、頭上からグリフォンの羽ばたきが聞こえてきたのだった。

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