81話 雨降って地固まる

「商の村を覚えているか?」


「……」


 応龍の問いかけに黄龍は無言でうなずく。




「なぜだ?」


「決まっておろう。貴様がガキだからだ」


「そんなことは聞いていない!」


「ではどうしろと? 覆水は盆に返らぬ」


「それもわかっている! わたしが聞きたいのは、なぜあの村を見捨てたかだ!」


「わからんなら考えろ! だから貴様はアホなのだ!」


 うん、二人だけにわかる会話をされても俺たちは何のことやらわからない。




「ミズチ、解説」


「はっ!」


 ミズチが語った内容は良くある話。とある村が災害に巻き込まれた。水害にあって濁流に押し流されたという。


 その村、「商」は孤児たちが開いた村で、長年かかって希少な作物を作り、それを売ることでこれからさらに発展するところであったという。


 応龍もその村を見守り、時には手助けをしていた。苦労に苦労を重ねた彼らがついにその結果をつかみ取るとしていた矢先の悲劇だったという。




「黄龍様の力を持ってすれば、たしかに濁流を止めることはできたかもしれません。しかし……」


「ま、これも良くある話だな。その村を避けて水を流せば……」


「そう、安の近くに広がる広大な穀倉地帯が水害を受けることとなります」


「……それは、つらい決断をしたんだな」


「応龍は、自らの無力を嘆き、そしてその原因をほかに求めたのです」


「八つ当たりか」


「はっきり言い過ぎです」


 やれやれ。どうしたものかと思っていると、口論はまさに最高潮を迎えていた。




「あなたの力ならば商の村を救うことができた! 救うべき民を見捨てて何のための王か!」


「思いあがるな! すべての者を救うことができるなら最初からそうしておるわ!」


「それでは何のために王がいるのだ!」


「最悪よりもわずかでもマシな結果をもたらすためだ!」


「なに!?」


「そもそも、儂が持っておる力とて有限であるぞ? 無限の力を持っているなら貴様如きに後れを取るわけが無かろうが!」


「なっ!?」


「全てを救うことができなくて悩んでおったのかこの慮外者が! そんなことができるのは神だ! 違うな、そのような悩みを持つにふさわしいのが神であろうよ」


「それでは、彼らは何のために生まれてきたのだ……」


「儂ごときにはわからぬよ。して、貴様は気づいておったか? かの村の跡地はの、今やとある薬草の群生地となっておる」


「え……?」


「儂と貴様、互いに同じ傷を負って、なぜ儂の方が傷が軽かったか?」


「ま、まさか……そうか、そうだったのか」


「彼らが見つけた古き霊薬のもととなる草は、あの土砂の中に含まれていた滋養ある土の中で芽生えた」


「お、おおお、おおおおおおおお!」


「全ての命が意味ある生を送れるとは限らぬ。幸不幸も当人にしかわからない。しかしな、我らはそんな彼らを見守り、能う時には手助けをする。それだけじゃ」


「そう、ですね……」


「それでじゃな、貴様のふるまい、看過することはできぬ。我らの争いで国土は荒れた。我らが倒れている間、水も土も管理する者がいなかったのだからな」


「はっ、愚かなる振る舞い、この一命をもって償います」


「神妙じゃの。まあ、よい。こちらに手を差し出せ」


「……手? 首ではなく?」


「よいから早くせよ!」


「は、ははっ!」


「この罰はの、ある意味死よりもつらい目にあう。それを覚悟せよ」


「ははっ!」


 黄龍はその両手に自らの力を集めていく。そして気合一閃、金色に輝く魔力の球が現れた。


「如意宝珠、見事受け継いで見せよ!」


「なっ!?」


「ちなみに、これ、出しちゃったらもう儂の方には戻せないからね?」


「え? ちょ? あんた何やらかしてくれちゃってますか!?」


「はい、手え出せやあ!」


「ふぁっ!? は、はい!」


 あー、なんかデジャブ。


 ぽんっとボールでも投げ渡すように放り投げられた魔力の塊は、すっと応龍の胸に吸い込まれた。


「うがあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 あ、やっぱこうなるか。


「さて、居館で少し休もうじゃないかね?」


 先ほどまで若者の姿をしていたはずの黄龍は、初老の男性の姿になっていた。


「それが本来の姿ですか」


「ああ、そうじゃの。なんだかんだで先代から役目を引き継いで百年になる」


「んで、あれほっといていいんですか?」


「んー、儂の時はまる一昼夜かかったのう。ま、無理だった場合はの、あやつは跡形もなく吹っ飛んでおるはずだしな。そうなったらミズチに継承してもらうとしようか」


 そういえばと周りを見渡すと、ミズチはのたうち回る応龍を見守っていた。


「ミズチ、呼びかけてあげて。応龍がもっともいやなことって何?」


「……もともと蛇の変化であったゆえか、私がほかの女性に目をやると」


「それだ。お前が試練に負けたら、俺は新たな妻を探そうとでも言ってやれ」


「いや、そんなこと言ったら私八つ裂きにされますが」


「発破をかけるだけだよ。それに、仮に伴侶を失っても、次の相手とか探さんでしょ?」


「ええ、こいつがいない世界は一切の未練がないですね」


「そういうことだ。って、おー……」


 聞こえていたのかはわからないが、ミズチの背後には如意宝珠をねじ伏せた、新たなる黄龍であるもと応龍が立っていた。


「……お前を死なせはしない!」


「何を言っているんだ?」


「だって、わたしが死んだらお前も死を選ぶのだろう?」


「その時になってみないとわからぬが、おそらくは」


 その言葉が言い終わる刹那、それ以上の言葉を続けさせまいと、口をふさいだ。自らの口をもって。


「きゃー……」


 ナージャ、ガッツリ見てますな。


「うー、だって、わたしの手はエイルの眼をふさぐために……」


「寝てるよ?」


「へ? あ、きゃー」


 と夫婦漫才を繰り広げていると、ミズチがもがき始めた。


「う、うううう? んーーーー!」


 ミズチに龍の力が流し込まれている。ああ、そういうことか。




「うふ、うふふふふふ。ミズチ、いや、新たなる応龍よ」


「うん、こうなるだろうことはわかってたけど、わざわざ口づける必要があったのか?」


「ない! わたしがそうしたかったからしたまでだ!」




 うん、こっちも見事な夫婦漫才だ。ナージャはそのほほえましい姿を見てころころと笑っていた。背後には口元を押さえて嗚咽をこらえる元黄龍。


「えがった、えがったなああああああ」


 老いたる龍の号泣を尻目に、新たなる契りを結んだ二人の龍王は幸せな笑みを浮かべていた。

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