42話 集いし龍たち
※この話のみ三人称です
地平線より上った日はあたりを照らしていった。そして帝国軍の陣から驚愕の声が上がる。
「なんだあれは!?」「岩……? にしてはでかい」「なんであんなのが空を飛んでいるんだ?」
指揮官の制止の声もむなしく、帝国軍の動揺が始まっていた。
二百名あまりの人間を載せてさらに余裕があるサイズの岩塊が頭上に浮いている。それだけでもかなりの違和感だろう。
一方、王国軍は援軍を得た。白のスケイルメイルに、紅い光を放つ槍、英雄アクセルが陣頭に立つことで、王国兵の士気は天をも衝かんばかりだった。
さらに、精強なエルフの弓兵が味方に付いたことで、戦力差はほぼ縮まってはいないが、それでも援軍があったことで気分は盛り上がる。
そしてアクセルと共に並ぶ騎士。黒ずくめの軍装に身を包み、槍を持った騎士らしき人物がいた。獰猛な笑みを浮かべ帝国の陣を睨み据えるその姿は異様であったが威風にあふれており、兵を勇気づけている。
「皆の者、こやつはわしと共に戦った戦友じゃ。腕のほどはわしが保証しよう……というかじゃな。わしよりも、強いぞ?」
さすがに兵たちもあっけにとられるが、アクセルは不敵な笑みを浮かべ、黒騎士は憮然とした表情で立っている。
さらに、エルフの弓兵は敵陣に矢を射込んでいた。王国軍の陣から、だ。普通はそういう矢が届かない距離を開けて陣を敷く。しかし、その常識を超えた強弓を目の当たりにし、勝てるんじゃないかとの雰囲気が兵たちに沸き起こる。
それでも、帝国軍が陣列を整え、速くはないが確実な歩調で重装歩兵が横陣を敷いて迫りくる。
驚くべきはエルフの弓兵だった。盾や鎧の隙間を的確に射貫き敵兵を倒す。個別に矢を放っていたかと思うと、いきなり号令もなしに一斉射撃を行い、敵兵の足を止めて見せた。
そこにアクセル率いるエルフの小隊が切り込む。万を超える敵兵相手にもひるまず、当たるを幸いとなぎ倒す。
だが衆寡敵せず、徐々に王国軍は陣に向けて押し返されて行った。
そんな時、一人の兵がつぶやいた。
「え……? なにあれ?」
それは巨大な蛇だった。とぐろを巻いて鎌首をもたげる。それだけで見上げるほどの高さがあった。
「ひるむな! 野生のモンスターだ! それよりもまず王国軍に向かうのだ!」
指揮官の激に応え、兵たちは前に足を向ける。しかし、真横から食らいつかれれば少なくない被害を受けるのではないかと、恐れも抱く。
空中から巨大な羽の生えたトカゲが舞い降りてきた。着地の瞬間にわずかな地響きを立てる。それだけで、帝国兵の足が少し止まる。
こいつはどこからやってきた? そこで頭上に浮かぶ謎の岩塊に意識が向く。しかし訓練された帝国兵は、恐れを抱きつつも遠巻きにしているだけの巨大なトカゲを尻目に歩を前に進める。
北からは巨大な四足獣が迫ってきた。何かに合図を告げるように咆哮を上げる。その声は全軍を動揺させた。
そして、破局の時は訪れる。巨大な獣が背後に迫っているとの情報は帝国兵を大きく動揺させた。足が止まったところに轟く咆哮にさらに動揺が広がる。
ここで、一突きすれば全軍は崩壊するだろう、そんな緊張感のさなか、頭上の岩塊が砕けた。
「う、うわああああああ!?」「なんだ、何が起きたんだ!?」「というか、あれドラゴンじゃないのか?」「落ち着け! 王国のこけおどしだ!」
帝国軍の混乱は極地に達した。それでも厳しく受けた訓練は彼らを持ち場に縛り付ける。
砕けた岩塊はなぜか兵の上には降りそそがず、その岩塊に混じって、足を止めた軍勢の前に剣士が舞い降りた。その背後には魔法使いのローブをまとった女性が寄り添っている。
「う、お、ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
その口からは人のものと思えないほどの雄たけびが上がる。魔力を載せて放たれたそれは、剣士自身が人外の魔力を放ったことで、万の軍勢が一斉にすくみ上った。
ふっと先陣の兵の頭上が陰る。巨大な岩塊が落ちてきていた。もはや悲鳴も上げることもかなわず固まる兵たち。
そしてさらに常識外れの光景を目の当たりにする。剣士が剣を振り抜くと、巨大な岩塊が砕け散ったのだ。
彼らは直感で知った。あの頭上に浮いていた巨大な岩を砕いたのはこの剣士であると。
その膨大な魔力は龍王すら凌ぐということも。
「我が眷属に告げる。主たる我がその名を呼んで命ずる。我が同胞に仇成すものに鉄槌をくだせ!」
静かな口調だったがその声は全軍になぜか響き渡った。
「リンドブルム!」
その声に応え、トカゲが強大な風を巻き起こした。
「レヴィアタン!」
同じく声に応え、猛烈なスコールのような雨が降り注ぐ。
「ベフィモス!」
呼び声への応えは、猛烈な砂塵だった。
きらびやかな軍装に身を包んだ帝国兵は、泥にまみれて行く。そして、呼ばれた名を聞いて震えあがった。神とも呼ばれる龍王たちを眷属として従える存在。
「我が名はアレク。龍の王にして、王国の守護者なり!」
そして振るった剣は、衝撃波を生みその先にあった山の頂を砕いた。
あまりに現実味がない光景に、兵は一瞬静まり返り……恐怖の悲鳴を上げる。
「助けてくれ!」「神様! 神様!」「母さん!」
そして再び剣を振るう構えをとると……兵たちは雪崩のように逃げ始めた。
「逃げるものは追うな!」
この一言で理解した兵たちは上官の制止というか、上官自身も脱兎のごとく逃げ出し始めている。この時ほど全軍の意思統一が図られたことはついぞなかったことだろう。即ち、即時撤退だ。
神話の中のドラゴンが集い、それを統べる勇者が現れた。まさにサーガの一幕のような光景に、王国の兵たちも呆然とその光景を見ている。
そして、伝説になるべき場面に立ち会った者として、生き残ったことを理解して、歓喜の声を上げるのだった。
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