43話 戦後処理はドンパチするより大変だ

「な・に・を・してくれやがりますかあああああああああああ!!」


 陣営に絶叫が響いた。帝国軍が尻に帆をかけて逃げ出した翌日。親衛隊のみを率いて急行して来たシグルド殿下はぜえぜえ言いながらこちらを睥睨する。


「うん、つい調子に乗ってやってしまった。今は後悔している」


 重々しく言ったはずだが、なぜかリンドブルムが吹きだした。なぜだ。ちなみに殿下のツッコミが入るまでは、俺は義勇軍の冒険者の皆さんにもみくちゃにされていた。


「アレク、立派になって……」


 おいおいと男泣きするゴンザレスさんに全員がツッコミを入れていた。


「「「親父か!」」」




「我が国の危機を救ってくれたこと、義父を助けてくれたこと、感謝する」


「シグルド……」


 堂々と言うシグルド殿下にヒルダ嬢……もう事実上夫人だよね? そう、王太子妃。この場合の敬称って殿下になるんだろうか? がポーっとなって見つめている。なんだこれ、砂糖でもぶちまけたのか?




「今まで通りで良いですわよ?」


「あ、はい」


 俺の思考を読んだかのように答えるヒルダ嬢。


「人の話を聞けえええええええ!!」


 うん、常に泰然としているはずの王太子殿下がここまで取り乱すところ。かなりレアなのではなかろうか。別にとりゃしませんって。




「戦場に巨大なドラゴンが出て来た上に、なぜかフレースヴェルグ様が現れて俺を乗せて移動するとか何事だと思ったぞ?」


「ああ、それで予定よりも早くお着きになられたんですね?」


「うむ」


 あと数日は公爵家の手勢で持ちこたえる必要があった状況だったはずらしい。




 そしてシグルド殿下が目線を向けた先には白のローブをまとった老人? がいた。ニーズヘッグと睨み合っている。


 俺の宣言で、久しぶりに龍の姿になるはずが、目測を誤って落ちて来た岩塊を俺が砕いたために見せ場がなくなったとすねている。そこをフレースヴェルグ様につつかれていがみ合っているらしい。


 そして、エイルがそこに現れてこう言い放った。


「ケンカは、めー!」


 その一撃にニーズヘッグだけではなく、俺まで悶絶したのは内緒だ。ちなみに、ナージャはエイルを抱きしめてすりすりしている。次、俺の番ね?




「くっ、儂にも息子がおるからな!」


「呼びました? 父上」


 フェイが現れる。人型になっている姿を見てフレースヴェルグ様の顎がすこーんと落ちた。


「まて、なんでお前が儂より上位になってるの?」


「ああ、リンドブルム様の力をいただきまして。主様経由で」


「主様とは……あのアクセルの孫か?」


「ええ、そして三龍王を眷属として従えております。わたしは最初の眷属としてお仕えしております」


「むむ、確かに……ふさわしき器を持つものか。しかしそれが人間とはのう……」


「何を言っているか。俺も元人間だぞ?」


「おお、そういえばそうでしたな、ベフィモス様」


「様は要らん。俺もそこのフェイと同輩だからな。しかし、面白いもんだよな」


「もう事態が何が何やらといった感じですな」


「しかしな、実はあのエイルたんがある意味ここで一番の実力者だ」


「エイル……たん?」


「おう。あの可愛さはもうな、ぐふ、ぐふ、ぐふふふふふふ」


 というあたりでナージャがベフィモスの後頭部にハルバードでツッコミを入れていた。


「何をほざいていやがりますかこの変質者」


「うごっ、奥方。いてーよ」


 ハルバードのフルスイング、しかも龍の力で振るわれた一撃をうけて、ハリセンで叩かれた程度のダメージだというから非常識な奴らだ。




 とりあえず、ドラゴンどもの非常識極まりないやり取りに、ポカーンとなっていたシグルド殿下が再起動を果たした。


 ヒルダ嬢はすでにエルフの森でこの光景を目にしているためか、そこまでの衝撃は受けていないようだ。




「あー、えーと、それでだ。どうする? 王統を譲るか?」


「え? なぜに!?」


「そりゃなあ、うちとかレンオアム公爵家とか、権威の源は龍の血をひいていることがかなりあったからな」


「ああ……そもそも龍そのものがいるわ、さらに信仰の対象になっている龍王が出現するわ、それを従えるより上位の存在なんてもんが出て来たとか……」


「うむ、察しがよくて助かる。そうだな、いまの王家はそのまま大公とかになって、王として即位するかね?」


「いえ、せっかくですが遠慮します」


「……まあ、そうだよ、なあ」


「よくわかってくれているようで嬉しいですね」


「わからいでか。では一つ頼みがある」


「聞きましょう」


「此度は、龍王の友となっていた俺の要請で助けに来たことにしてくれないか?」


「いいですね、それで行きましょう。とくに間違ってもないし」


「……お前の功績を奪うようで悪いが……っていいの!?」


「ええ、ぶっちゃけると、俺が前に出てもメリットはないでしょうし。面倒ごとを引き受けてくれるってことですよね?」


「あ、ああ。だが一度は国民の前に出てもらうぞ?」


「……そこは仕方ないですね。ただ、なるべくなら遠目になるようにお願いしたいです」


「配慮しよう」




 というあたりで、龍たちが現れ、俺の前で跪いた。


「我らが主よ。代表してベフィモスが申しあげる。称号を貴方にお返ししたい」


「称号?」


「そう、全ての龍を統べしもの。神龍王「バハムート」の名前だ」


「バハムートは、ベフィモスの異称では?」


「俺個人の名前としてはベフィモスで、バハムートが称号となる」


「へえ、そうなのか」


「であれば、その称号の授与を国民の前でやってくれまいか?」




 シグルド殿下がさらっと割り込んでくる。なんだかんだでこの人もいい度胸をしているな。


「ほう! それは良い! わらわの新たな主をお披露目できるということじゃな?」


 まってくれ、顔出しはできないって言ったよね?


「そこはあれじゃ。仮面などを着ければよかろう。そうじゃな、膨大過ぎる魔力を押さえるためとかどうじゃ?」


 いやそこは制御できるんだけど……?


「そうしておけば仮面にのみ意識が向くな!」


「わかっておるではないか。さすがわが主の盟友よな」


「龍王の中の龍王に褒められるとは面はゆい」


 なんか盛り上がり始めた。こうしてなし崩し的に戦勝パレードとやらに参加することになったようだ。




 帝国軍の敗走と、龍王の降臨。そして新たに神龍王バハムートの称号を継ぐ者が現れた。この情報というか噂というか、いっそ流言じゃね? は大陸の隅々まで恐るべき速さで広まっていったのである。

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