34話 再会
「お爺ちゃん、おひげ痛いよー」
さっきまでキリリと吊り上がっていた目は、目じりが急下降していた。頬の筋肉は緩み切りなんというか、見る影もない。
「そうか、エイルというのか。可愛いのう可愛いのう」
10年ぶりに見た祖父の顔は、記憶にある通りで、いつも厳しい表情を浮かべていたはずが、いろいろと崩壊していた。
感動的な再会の場面のはずなんだが、爺ちゃんはデレデレになっているし、エイルが気の抜けた声を上げている。
フェイは……油断なく周囲を警戒していた。さすが我が眷属。
「主殿。あとでブラッシングを所望します」
うむ、お前が頼りだよ。ブラッシングくらいお安い御用だ。
「アクセルおじいちゃん……」
「……ナージャか?」
「ええ、ナージャです」
「まあ、わかってはおったが、孫が人間やめたとなるとちと忸怩たるものがあるのう」
「……俺が一番大事なのはナージャとエイルを守ることだ」
「アレク……」
「ふむ、まあ良い。お主らがおらんかったら今頃はわしはここで倒れ、結界も破られていたであろうからな」
「爺ちゃん……」
「大きくなったな、アレクよ。で、ついにナージャに手を出したか」
「手を出したって……間違ってはないけど」
「ふふふ、こんな美人に育って、お前のことを好きだって迫られたら、なあ」
「う、うん。けど俺はナージャが美人だから好きなんじゃなくて、ナージャだから好きで、嫁さんになってもらったんだ」
「うふふ、にゅふふふふふう」
うん、ナージャがトリップを始めた。「まま……早めに帰ってきてね」
エイルも対応が手なれている。なんだかなあ。
俺はいきさつを爺ちゃんに話した。ニーズヘッグの力をもらったこと。王国と帝国の間に不穏な動きがあること。村が襲われたことなどだ。
「奴らの狙いはニーズヘッグの眼と心臓であろうなあ。とはいえども、帝国でも一二を争う使い手は、そこで真っ二つになって転がっておるが、の」
「だよね、お義父さんの心臓の力を欠片なりとも扱おうとしたら、相当な実力がないと」
「こやつの剣に埋め込まれておってな、まあ、苦戦させられたわい」
「というか、あれ致命傷だったよね? エイルの治癒魔法が常識外れじゃなかったら……」
「ん、ああ、これがあるからの」
「それって……エルフの秘薬?」
「ほう、ナージャは物知りじゃな」
これを奥歯に仕込んであったらしい。かみ砕けばその効力で傷は癒える。死ぬほどのダメージを受けたのも実は一度や二度ではないらしかった。
そうこうしているうちにエルフたちが戻ってきた。爺ちゃんのそばに強大な魔力の持ち主が多数いるとの事で、慌てて戻ってきたらしい。
というか、例えば、爺ちゃんが強大な魔力の持ち主に囲まれているとなれば、下手すれば巻き添えだ。だがその危険を顧みず救援に戻ってきたということで、俺たちはエルフたちと話しあうことができると思った。
なにしろ、人間を見下してまともに会話が成立しないと有名だからなあ。たまに変わり者のエルフがいて、人間の町などにやってくるが、たいていはトラブルを起こす、らしい。
「アクセル殿。ご無事でしたか……」
エルフの青年は弓を背に駆け寄ってきた。爺ちゃんが無傷なのを見て、俺たちをとりあえず味方と判断したのだろう。
「おう、今日も何とか命を拾ったわい。すまんのう」
「いえ、貴殿がいなければ、我らは何度全滅しているやら……」
エルフを捕らえて奴隷にする人間も多いと聞く。彼らは見目麗しく、弓の名手である。さらに聖霊魔法の使い手も多い。
そうなれば、傍に置くもよし、護衛とするもよし、非合法な手段であってもエルフの奴隷を欲する連中は多いというわけだ。
さらに帝国では、人族以外の立場が弱い。世界樹を資源としてとらえている部分を差し引いても、エルフの人狩りであると考えるのが妥当だろう。
「とりあえず、今日は村に泊まるがいい」
そう言って、エルフたちを引き連れて歩き出した。森の奥へ向かうようだ。
エルフたちは一言も話さない。無駄を嫌うという民族性そのままだな。
「俺、爺ちゃんを連れ戻しに来たんだけど……」
「ふむ、その心根は嬉しいがな。ここの問題が解決せぬ限りわしは動かんぞ?」
「問題の一つは、多分解決できる。俺がその力を預かる」
「……無傷の左眼を取り込んでも、そなたは人としての姿と心を保っておるな」
「ああ、ねじ伏せた」
ぽかんとした爺ちゃんは、少したってから喉の奥から絞り出すように言葉を発した。
「……なんじゃと?」
「飲み込まれそうになったけどね、俺がいなくなったら誰がナージャを守るんだよ?」
「くくく、お前も言うようになったのう。……わしのせいか?」
「ナージャを守るってこと? 俺がやりたいからやってる。ナージャに何かあったら……」
ナージャのことになると俺は理性が若干危うくなる。今回も魔力が漏れ出しているようで、周囲のエルフの足取りが怪しくなっている。
「あまり脅かしてやるな。フレースヴェルグ様の血を浴びたわしにもきついぞ……まったく、ニーズヘッグめ、孫をこんなふうにするとは」
何やらブツブツ言っているが、その姿がまるで古い友人と笑顔で口喧嘩をしているように見えた。
「もう一つの問題は……村に着いてからじゃな」
ニーズヘッグが理性を失わなければ。などと想像するのは簡単だ。けど、過去は決して変えることはできない。だから今を懸命に生きるのだろう。
龍の心臓のかけらはナージャが持っていた。剣はそれ相応の名剣だったのだろうが、龍の力に長くさらされていたためか、宝玉を抜くとすぐに崩れていった。
血縁関係のあるナージャが持てば、心臓の魔力も暴走しないだろうと考えたが、どうやら正解だったようだ。
こうして俺たちはエルフの隠れ里にたどり着いたのだった。
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