37話 力押しこそ正義

 エルフのいる側の森に続く道は、細い獣道のようなものでそこを半円状にバリケードを築いて塞いでいた。


 さらに大楯を持たせた兵を配備し、交代制で防備を敷いている。試しとばかりに矢を射込んでみるが、盾の表面すら貫けずに弾き返された。




「やはり竜の鱗を貼り付けてますね」


 偵察に出ていたエルフが報告してくる。ちなみに矢を射込んでみるよう提案したのは爺ちゃんだ。いざ、実際の攻撃の段で、どの程度の効果があるかわからなくては作戦も立てられないからな。




 盾兵はそれ以外の武装はハードレザーの軽装だ。盾自体がそれなりの重量になっているので、そうでもしないと長時間の任務は難しいということだろう。


 もちろん盾と盾の間に隙間はある。エルフの射手であれば、そこを射抜くことも可能だろう。だけど、いざ戦闘となればその隙間は動く。かといって面制圧ができるほどの手数もない。


 さらに竜の鱗であれば魔法に対する耐性もそれなりにある。コスト度外視で、こっちの弱点を突く嫌らしい戦術だ。いや、相手の弱点を突くのは常道か。




「さて、どうしたものかの」


 爺ちゃんの表情は晴れない。物量で圧倒して、さらに装備も整えている。これで指揮官が無能でなければ打つ手がない。


 いや、無くはない。俺が斬り込み、ナージャが広範囲魔法で攻撃を仕掛ける。これで大体いけるだろう。


 問題は、守護者を刺激しない程度の力というのが読めないことだ。前回の戦闘の結果、眠りが浅くなっていることも考えられる。そして、目覚めた後のことが全く想像がつかない。


 あれ? これって詰んでないか?




「半円状のバリケードに邪魔されて、突っこんだら袋叩きか。なかなかに嫌らしい陣形じゃ」


「飛び道具も効果が薄いとなると……うーん」


「竜の鱗には魔法も効果が薄いですね」


 うん、今まで俺が想定した結果を改めて口に出している。こういう情報共有って意外と大事だ。思い込みで動くとまずろくなことがない。


「そういえば、盾兵の後方に見慣れない武器を持った兵がいまして……」


 話を聞くとさらにまずいことが分かった。クロスボウだ。


 クロスボウの利点は、弓を引いた状態で維持できることだ。どんな射手でも弓を引いて放つので、狙いを定めたり、放つまでの時間がどうしても長くとれない。


 しかしクロスボウならば、いったんボルトをセットしてしまえばあとは引き金を引くだけ。それこそいくらでも射撃体制を維持できる。


 さらに弓に比べて狙いがつけやすい、取り回しがしやすい利点もある。欠点は構造が複雑なので、数を用意するにはそれなりのコストがかかることと、連射がむずかしいことだ。また故障も多い。


 コストさえ気にしなければ、数を揃えれば手数はある程度補える。射撃のうまい人間を射手として、その射手に装填役の兵を付ければ、さらに盾兵の背後に隠れることで防御力の向上も図れるだろう。




 例えば、矢が飛んできた場所にだいたいあの辺りと目測だけつけて一斉射撃をかける。それだけで、木の上にいる射手は身動きが取れずに討たれるだろう。


 潜伏している射手を攻撃する手段もある。ただのバリケードが要塞に変わった瞬間だ。




「……アレクよ。すまん、何とかしてくれ」


 爺ちゃんは早々にさじを投げた。俺でもそうしたいな。


「わかった、何とかしてみる」


「後ろは任せて!」


 ナージャが手をぎゅっと握りしめ、気合を入れてくれた。なんかいけそうな気がするあたり俺も単純なものだ。


「うむ、良いぞナージャよ。そうやってアレクを上手く転がすのじゃ」


 爺ちゃん、あんた誰の味方だよ?


「無論、かわいい孫嫁に決まっておる」


「嫁」という単語にナージャが湯気を吹く。くねくねし始める。俺の嫁さんってことにそんな喜んでもらえるなら、夫として恥ずかしいところは見せられないな。


「ふむ、いっぱしの男の顔じゃな」


「好きな女にいいところを見せるために体を張るのってさ、悪くないよね」


「うはははははは! 我が孫ながら良い男じゃな。やってこい!」


「ああ、出る!」


 拳を突き出し親指を立てて見せた。古来から伝わる幸運を祈るおまじないだ。互いにおまじないを交わし魔力を開放する。


 どうせさっきから矢を射込んだり攻撃魔法を打ち込んだりしているのだ。今更奇襲は意味がない。




「うおおおおおおおお!!!」


 雄たけびを上げる。ただの大声ではなく、これに魔力を載せてやることで、味方を鼓舞し、敵を威嚇する。


 扇の中央にいる敵兵目掛け、後方から投げ槍が飛んできた。紅い魔力をまとった穂先が竜の盾を貫き、敵兵を倒す。爺ちゃんのドヤ顔が浮かぶようだ。「まだまだ先陣は譲らんぞ!」後ろから届いた大声に少し力づけられた。


 盾の強度をよく知り、恃んでいた敵兵に動揺が走る。その一瞬を見逃さずに距離を詰める。




「グラム!」


 剣の銘を口に出す。同時に魔力を走らせる。幾多の竜の血を吸いあげた魔剣は、竜の身体を感知したのか、細かく振動を始める。


 もとはニーズヘッグを討つために呪いがかかっていたという。しかし、彼の龍の右眼を貫き、その力を奪った時点で、復讐はなされたことになったのか、それとも膨大過ぎる龍の力が呪いを上書きしたのか。そこらへんはわからない。ただ、ドラゴンを討つということに特化した剣となっていた。




「スラッシュ!」


 剣技の基本技、横薙ぎの斬撃を放つと、複数の盾兵が体を上下に分割され息絶える。


 盾の後ろから手槍を突き出してくるが、龍の鱗にそんなものは通用しない。ことごとく弾かれる結果に終わった。竜の骨や牙を加工してあるような、一兵卒に持たせるには高価すぎる武具だ。




「うわあああああああああああああ!!!」「ぎゃあああああ!」「ひるむな!」「クソ、クソ!」「死ね!」


 怒号と悲鳴が交錯し、すでに10を超える死体が散乱した。それでも盾兵は互いの間を埋め、隊列を崩さない。


「重複詠唱四重奏キャストクアドラプルエナジーボルト!」


 背後からナージャが魔法の矢を降らせる。最初の雨あられと叩き込まれた分は弾かれていた。竜の鱗は伊達ではないということだ。


 だから、4本の魔法の矢を束ねた。それは威力を単純に上げるだけでなく、回転させることで貫通力をも底上げすることになった。


 狙われた兵は少しは心得があったのか、魔力を盾に流して抵抗を試みるが……キーンと澄んだ音と共に盾は砕かれ、その兵は跡形も残さず爆散する。


 盾兵とクロスボウの兵を蹴散らしたあたりで、後ろからエルフの弓兵たちが山なりに矢を放った。陣形が乱れたために、防御力が低下しており、盾の隙間をかいくぐって敵兵を射抜く。


 さらに頭上から降りそそぐ格好になったことで、クロスボウを持った兵もバタバタと倒れて行く。




「いまじゃ! わしに続け!」


 敵兵が算を乱し始めているころ合いで、爺ちゃんとエルフの戦士たちが突入してきた。


「えーっと……しろきつばさよー、なんじがいとし……ごを? まもりたまえー! やーっ!」


 なんかたどたどしい呪文と急速に集約される魔力。エイルが指先を戦士たちに向けると、その魔力は彼らを覆った。ちなみに、エイルの周辺にはエルフの女性たちが完全武装で立っている。ついでにフェイはエイルの騎獣よろしく、手綱をつけられていた。いや、フェイも含めてあんたらが束になった以上の力をうちの娘が持ってるんですけどね? まあ、ありがたいからいいけどさ。




 エイルの作り上げた防壁はクロスボウの矢をそらし、槍の穂先を弾いた。さらに武器を覆い、簡易ながらも龍の力を付与された状態となっている。




 うん、普通に戦えば苦戦間違いないけど、ドラゴンが3人もいれば……鎧袖一触ってやつだな。なんかちょっとよさげな装備に身を包んだ戦士を唐竹割りに真っ二つにすると、敵はついに潰走した。




「隊長がやられた!」「竜殺しが一撃とかなんなんだ!?」「エルフの守護者は化け物か!?」




 別にエルフの守護者になった覚えはないんだけど、立場上はそうなんだろうなあ。などと逃げて行く敵兵を見ていると……背後に凄まじい力の流れを感じた。それは世界樹の方角からだった。

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