7話 覚醒
トロールが南北に現れたという知らせは、冒険者をはじめ、俺たちの士気をへし折りかけた。
「くそ! なんでこんなことに……」
それでも俺は矢を放つことをやめなかった。俺が諦めたらだれがナージャを守る?
約束したんだ。何があっても守るって。
「うろたえるな! トロールの弱点は火だ! 火炎魔法を使えるやつを前に出せ!」
ゴンザレスさんの指揮に従って、魔法使いが前に出てくる。
「「集え、焦熱の光よ! 貫け紅蓮の矢よ! フレアアロー!!」」
タイミングを合わせての詠唱で、弾幕のように炎の矢が飛んでゆく。それはトロールの顔面を中心に着弾し、ひるませることに成功した。
合図とともに門を開く。冒険者の一隊が出撃した。
「ぬおおおおおおおおおおおおおりゃああああああああ!!!」
ゴンザレスさんが大剣を振りかざし、トロールに叩きつける。そしてそのまま横にスライドする。後続の槍使いが五月雨のように刺突を叩き込み、さらにダメージを重ねる。
「とどめだあああああああ!!」
全身の筋肉をたわめ、ひねる。そこで溜めた力を一気に遠心力に替えて一閃した剣先はトロールの首を深く切り裂いた。
断末魔を上げてトロールが倒れる。
その光景にこちらの士気が大いに盛り上がる。それが気にくわなかったのか、背後に控えていたひときわ大きな亜人……ゴブリンともオークともいえない、変異種というやつか……が再び雄たけびを上げた。
ここまで柵に頼って優位に戦えていたのは、相手が飛び道具を持たないことだ。柵に取りついて動きを止めるところを、矢を射込み、槍で突いて一方的に攻撃ができていた。
だが、今の咆哮で再び風向きが変わった。ゴブリンメイジの一団が現れ、柵に向けて火球を放ってきたのだ。
「まずい!」
俺は慌てて櫓から駆け下りた。矢が尽きかけていたこともあるが、柵が破られたら守りが崩壊する。
一部の柵が燃えはじめた。こうなってはここで敵を食い止めるにも限界がある。
「下がれ! 館まで下がるんじゃ!」
ジーク爺さんの呼び声に、戦っていた村人と冒険者たちは一斉にありったけの矢を放つと、後ろも見ずに退却を始めた。
「きゃあっ!」
聞き慣れた声の悲鳴だ。反射的に声の聞こえた方を振り向くと、そこには愛しの妻がいた。
なんでだ、なんでナージャがここにいる? その疑問はすぐに氷解した。逃げ遅れた子供をかばっていたのだ。
棍棒を振り回すゴブリンに襲われ、きっちりと蹴り飛ばしていた。その姿に安どするも、それは一瞬のことで、その背後からオークが現れたのだ。
「危ない!」
俺はとっさにナージャの前に割って入った。
「アレク!」
オークは槍を振り下ろしてきた。冒険者の誰かが落としたものだろうか。とっさに横にステップして避ける。
オークのバカ力で叩きつけられた槍は鈍い音を立てて穂先が折れた。俺は剣をオークの手首めがけて振り下ろす。
狙い通り剣先がオークの指を断ち切った。痛みにオークがひるむところで、剣先を顔面目掛けて突き出す。
運よくオークの目を貫き、見当違いの方向を向いて暴れ出した。
俺はそのままナージャをかばいつつ村長の館を目指して走る。
「ナージャ、無茶だ!」
「ごめん、だけど……」
ナージャは近所の子供を抱きかかえていた。オークの姿を見て気絶していたので、かえって楽だった。
周囲からはモンスターの咆哮が聞こえてくる。ナージャの手を引いて走った。
「見えた!」
「もう少しね!」
村長の館の周囲には冒険者が集まり、防戦の態勢を整えている。そしてまずいものも同時に見つけた。トロールとオークが北から迫っている。
「後ろだ! トロールとオークがいる!」
その一瞬、意識がそれたのがまずかった。トロールの投げた大き目の石が、こっちに飛んできているのに気づくのが遅れた。
思わずナージャを背後にかばう。俺の肩から側頭部にかけて衝撃が弾けて、俺は意識を失った。
「ふむ、久々にお目にかかる」
どこかで見たことのある顔だった。黒髪をオールバックに撫でつけ、紅い瞳をこちらに向けている。目線は一つ。片方の目は眼帯に覆われていた。
「えっと、どちら様でしょうか?」
「ふん、覚えておらぬか。それも仕方あるまい」
「……すいません」
「まあ、よい。アレクと言ったか。貴様に問う」
「なんでしょう?」
「ふん、気の抜けた返事だ。そんなことでナージャを守り切れるのかね?」
ナージャを呼び捨てにするこの人は何者だろうか?
「当り前だ! ナージャは俺が守る!」
「その細腕でかね? せいぜいゴブリンを数体倒せたらいい方だろうが?」
「それでもだ! 俺は誓ったんだ!」
「それは、誰に対してだね?」
「……え?」
……わからない。ナージャを守ると誓った。けどそれは誰に対してだ?
「ふん、契約は果たさねばならん。我に対してあれだけの啖呵を切ったのだからな」
何が何だかわからなかった。けど、この人からはなぜか懐かしさを感じた。
パキッと乾いた音が響く。目の前の男が指を打ち鳴らした。
目の前の男が黒い靄に包まれる。その靄が晴れた瞬間、目の前には巨大な龍がいた。
不思議と恐怖は感じない。先ほど感じた懐かしさと、ナージャと一緒にいるときのような安ど感を感じる。
龍が口を開いた。予想通りと言うべきか、その声は先ほどの男の声だった。
「封印を解く。できれば、こうならない方が貴様のためだったのだろうがな」
「ナージャを守るためならなんだって差し出す」
「誓いゆえにか?」
「違う。ナージャは俺のすべてだ。愛しているんだ!」
「……よかろう。我が左目を対価として差し出した時よりこの定めは決まっていたのだろうよ」
龍の顔が微笑んだように見えた。口元をゆがめただけだったのかもしれないが。それでも、普通に見れば恐怖の対象でしかないはずなのに、なぜか暖かさを感じた。
「……娘を頼むぞ、婿殿」
「え?」
龍の目が光り、俺の体内で何かが脈打ち始めた。そのまま、俺は再び意識を失った。
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