第36話 やっと気づく猫

「……」


 出来るかどうか分からない。


 実際の所。

 ミーミルは殺人を犯した事はない。


 今まで殺したのは獣や虫ばかりだ。

 人は殺していない。


 もちろん殺しまではしなくとも、人と戦った経験はある。

 だが全て試合形式であり、人質を取られた状態での戦闘経験はない。

 試合形式の戦闘と、人質を救出しながらの戦闘というのは、全く違うものだという事は感覚で理解できた。


 ミーミルは深呼吸し、気持ちを落ち着ける。


「じゃあどうすればいい」

「作戦を立てましょう。まずは戦力の分析からです」


 パークスは努めて冷静に、ミーミルに言った。


「――仮に父だとした場合、護衛にいるのは父の近衛兵でしょう。とても強く、並みの兵士では歯が立ちません。ですので、アベル殿と私、ミーミル様が向かうのがベストかと思います」

「その強いってのは、どれくらい強いんだ?」


「そうですね。私とアベル殿ならば、十分に倒せる相手だとは思います」

「そうか。それなら――」


「パークス殿、人を斬れるのですか?」

「――」


 アベルの言葉に、今度はパークスが声を詰まらせる。

 パークスは人相手だと、木刀での打ち込みすら出来ない人間であった。


「ああ……そうか。そうだったな」

「厳しいようですが、パークス殿は戦力に入れるべきではありません」

「だったらアベルと私の二人で行くしかないか」


 二人で六人をどうにか出来るのだろうか。

 もう少し数が必要のような気がする。


「いえ、部下を同行させましょう。それならば人数の上では対等になれます」

「人質がいる相手を制圧する場合、数で一気に反撃の暇すら与えないべきなのですが、今の兵力では難しいですからね……。数だけでも揃えたい所です」

 

「少しいいか?」


 パークスとアベルの相談に、ゼロが入ってきた。


「どうしました?」

「手が足りんのならば、ネーネ族から人を出せばよいだろう」


「そうです! 神護者様の言う通りですよ。イカルガと私も行きます」


 ゼロの名案にミョルドは目を輝かせる。


 だがアベルは首を振った。

 

「いえ、これは我々、帝国側の問題です。ネーネ族の方に手を出して貰う訳にはいきません」

「そんな事を言ってる場合ではないのではないか?」


 イカルガの言葉にアベルは、やはり首を振った。


「何より立場的に問題があるのです。もし事の犯人がマキシウス様だった場合、亜人種がマキシウス様の処断に関わる事になります。それは後々に遺恨を残してしまうでしょう。帝国の人間は、帝国の人間が裁かねば」


 アベルの言葉に、パークスは手を握りしめる。


 自分の父親が皇帝を攫った。

 しかしそれを裁く事は自分には出来ない。

 目の前で勝手に進んでいく出来事を、ただ見つめる事しか出来ないのだ。


 そんな事で良いのか。

 それで民を護れる良き領主になれるのだろうか。


 決してそうは思えない。


 今こそ、覚悟を決めるべき時だ。

 それが親が相手だとしても。


 

「ミーミル様、私も行きます」


 パークスはミーミルを正面から見据えると、はっきりと言った。


「必ずお役に立ちます。ですから――」

「いや、止めろ。絶対に参加するな」


 ミーミルはパークスの言葉を遮る。


「なっ、何故です!?」

「何故って……駄目だろ」

 

 もしかしたら父親を処刑しなければならないかもしれない。

 そんな事に息子を加担させていいのか?


 駄目に決まっている。

 

 ミーミルがパークスを止めた理由は、現代人らしい、ごく普通の感覚だった。


「父親殺しなんて、確実にトラウマもんだ。そんなの参加させられるか」

「いえ、身内だからこそ……」


「ていうか、そんなシーン見たくないわ。悲しすぎるだろ。アベルもそう思わないか?」

「……そう、思います」


 アベルは頷く。

 パークスが父親を手にかけるシーンを見たいか、と言われると確実に見たくはない。


 当たり前の感覚だが、他国との戦争を続けてきた帝国兵士が長く忘れていた感覚だった。


 多くの帝国兵士は帝国の為に、ずっと訓練し、戦ってきた。

 だが、それは元を正せば、身近な人を幸せにする為だ。

 身近な人を殺す為に強くなったのではない。



 少なくともパークスは、父親の期待に応えたくて強くなったのだから。


 

「そういう辛いのは無しにしよう。どんな決着がついても、最後は笑えた方がいいだろ。それならパークスだけは行ったら駄目だ」

「……」


「留守番。皇帝命令」

「――はい」


 パークスは頷く。


「しかし、そうなるとどうすれば――」


 アベルが考え込む。


「では私が手伝おう」


 ゼロが笑みを浮かべる。


「いえ、亜人種の方には」

「私は神護者だ。亜人種とは切り離された存在。ならば神域に入った不届き者を誅したとすれば、言い訳も立とう」


 確かに人間でも亜人種でもない第三者が手を下せば、問題は起き辛いだろう。

 多分、強いっぽいし。


 ミーミルはゼロと最初に出会った時を思い出す。


 初めて出会った時は、現神触に近いレベルだと思った。

 アヤメもミーミルも警戒したくらいだ。

 人型の生き物としては、間違いなくオルデミアやマキシウスより遥かに強いだろう。


 あの頃は、まさかこんな訳の分からない事になるとは思ってもみなかった。

 色々とありすぎて整理が追い付かない。

 人種やら政治が絡んでサッパリだ。

 いっそゴリ押しで解決できればいいのに。


 そもそもアヤメが行方不明になるのが悪いのだ。

 基本スペックは、この世界の人間より遥かに高いのに、どうして後れを取っているのか。


 まあ現神触くらい強い相手なら後れを取るかもしれないが、マキシウスはそんな強くない。

 この森で現神触くらい強い奴なんてせいぜい――。




 ……。




 …………!!


 

 

「どうだ? 悪くない提案だと思うが」

「確かに、そうですね……」


 ゼロの提案に頷くパークス。



 

「……………」




 そんな中ミーミルの動きが完全に止まっていた。

 ゼロを見つめたまま、ピクリとも動かない。


「どうされました? ミーミル様」


 動きを止めたミーミルに、アベルが耳打ちする。


「いや、何でも?」


 ミーミルの目が泳いでいる。

 明らかに何か隠していた。


「んー、よし! じゃあ神護者様にお手伝い願おう! それで決定!」


 ミーミルはいきなり声を張り上げる。

 いきなり様子が変わったミーミルにアベルが首を傾げる。


「じゃあゼロさんと一緒に二人で行くわ」

「えっ!? 私は?」


 いきなり同行部隊から外されたアベルが目を白黒させる。


「留守番! 皇帝命令で!」

「な、納得できません! ミーミル様とゼロ様だけでは――」


「大丈夫! ゼロさんが強い! 問題なし! 援護だけしてりゃいいだろ!」

「……まあ、それでいいなら。私は構わんが」


 急に様子がおかしくなったミーミルにゼロも首を傾げながらも、頷いてくれた。


「よし! すぐ行こうゼロさん! のんびりしてる暇なんか無い!」

「――ああ。分かった」


 ミーミルは、そう言い残すと疾風のように家から飛び出した。

 地面に難なく着地すると、北へと走る。


 ゼロもすぐに、その後を追う。



 アベルとパークスが声をかける暇すら無かった。



「一体どうしたのだ。ミーミル様は」

「さ、さあ……」



 残された二人はあっという間に森の奥へと消えていくミーミルとゼロの後姿を見ながら、また首を捻るのであった。


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