第9話 威力がおかしい
「んにゃあ!」
その瞬間、地面に倒れていたミーミルが、がばっと体を起こした。
アヤメは上がりかけた舞台から転げ落ちる。
「はー。びっくりした」
ミーミルはそう言って耳の裏を掻きながら立ち上がる。
兵士達がミーミルの様子を見て、完全に硬直する。
兵士だけでなく、アベル隊長も、文官も、目の前で起きた事実を受け入れられずに、等しく硬直していた。
誰がどう見ても致命傷のはずであった。
アベル隊長が使った光王刃は、剣に光の魔力を乗せ、触れたものに光の魔力を炸裂させる強力な自己強化魔法だ。
耐久度の低い金属製の鎧程度なら、簡単に吹き飛ばして中の人間にダメージを与えられる。
直撃を生身の人間が受ければ、ただでは済まない。
「そっか、斬られるとあんな感じになるんだ」
ミーミルはそう言って地面に転がっていた木剣を拾う。
「ミー……みーたところ剣帝は無事っぽいかな!?」
立ち上がったミーミルに、アヤメが声をかける。
ミーミルは狼狽しているアヤメに笑顔で、
「ちょっと痛かったなぁ」と返した。
その言葉を聞いた文官は顔を引きつらせる。
少なくとも笑顔でちょっと痛かった、で済むような攻撃ではない。
光王刃を抜きにしても、石をも切り裂くレフナイト製の剣で斬られたのだ。
アベル隊長の技量ならば、人ならば簡単に両断できるであろう。
「け、剣帝様? 無事なのですか」
斬られた現場を見ていなかったオルデミアが、最も早く硬直から脱していた。
「無事よ?」
「それならば……良かったのですが」
「うん。ちょっと目が覚めたかもねぇ」
ミーミルはぺろり、と舌なめずりすると木剣を構えなおした。
「じゃあちょっと試してみますか」
ミーミルはアベル隊長を見据えると『リ・バース』のスキルを発動させた。
アヤメが出来るなら自分も出来るはずだ。
ミーミルの職業はドゥームスレイヤーと言う。
流浪のソードマンが、王や民を護るナイトに転職したものの、魔の力により道を踏み外し、誰かを護るための盾を捨てた、堕ちた騎士。
魔の力を体に宿し、人という枠を超越した魔人。
ひとたび戦場に立てば悪夢をもたらす恐怖の存在――という設定だ。
そうしてミーミルは木剣を担ぐように構えると、体に力をこめた。
木剣が濃い紫色の紫電をまとう。
と同時に、ギリギリと空気が軋むような異音がし始めた。
突如、暴風が吹き荒れ始める。
その闘技場限定で巻き起こった風は、ミーミルから吹いていた。
そのモーションとエフェクトには見覚えがあった。
膨大な魔力を圧縮、扇状の範囲に黒の衝撃を放ち、範囲内全ての敵にダメージを与える。
消費MP129。
威力2876。
射程700。
そう。
『射程700』だ。
「ミッ……マグッ……馬鹿!?」
アヤメの歌が射程1000。
その効果範囲は、この広大な城の全域をカバーする程だった。
じゃあ射程700の効果範囲は?
そして威力2876がこの世界でどれくらいの威力を持つのか?
それは分からない。
分からないが――。
「ウワアアアアア!!」
「ヒィイイイイイ!」
あちこちで悲鳴が上がる。
闘技場の近くにい兵士達が、吹き荒れる暴風でしりもちをついたり、地面に倒れた。
観客だった兵士より近くにいた、例の文官は真っ先に地面を転がっていったらしく、どこにも姿が見えない。
もう少し状況が悪くなければ『ざまぁ』くらい思えたかもしれないが、残念ながらそれどころではなかった。
アベル隊長は強化魔法のおかげか、誰より最も近くにいるはずなのに、飛ばされないように耐えている。
だが飛ばされていないだけで、膝をつき、まともに動けるような状態ではなかった。
しかしまだスキルは発動すらしていない。
準備段階でこれだ。
発動したらどうなるのか。
間違いなく『ちょっと痛い』では済まない。
アヤメは足元に転がっていた盾を拾う。
そして同時に唄を発動させた。
「yuu kyuu towa muni ima ami ima hirogariiiiiii!!」
アヤメを中心に、金色の光が迸る。
その光は周囲の人々の体に金色の膜を生成した。
ほぼ、それと同時にミーミルのスキルが発動する。
「#魔人閃空断__まじんせんくうだん__#」
黒い何かがミーミルの木剣から発射される。
発射された瞬間に、木剣は衝撃に耐えきれず粉々に粉砕された。
だが黒い奔流は止まらない。
闘技場の床を飲み込み、射程内のすべての人間を残らず飲み込み、さらには城壁までも飲み込む。
音は後から来た。
爆音と共に、地面が抉れ、広場にあったあらゆるものが吹き飛ばされる。
近くにあった木人はバラバラに砕かれ、矢を受けていた盾は残らず宙に舞う。
人の悲鳴すらかき消された。
土煙で視界はゼロ。
上空に巻き上げられた瓦礫が、地面にバラバラと落下する。
一抱えもありそうな石が地面にぶつかり、真っ二つに割れた。
「……」
スキルを放ったミーミルは、完全に硬直していた。
威力がおかしい。
――――――――――――
『
スキル分類 魔人刀スキル
消費MP 129
効果範囲 700
威力 2876
クールタイム 16
効果 膨大な魔力を圧縮、扇状の範囲に黒の衝撃を放ち、範囲内全ての敵にダメージを与える。
備考 黒い波動が扇状に広がる
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