第10話 大惨事

 威力がおかしいのだ。


 魔人閃空断は……ドゥームスレイヤーの初歩のスキルである。

 一番最初に覚えるスキルで、ゲーム内では同レベルの魔物のHPを半分も削れない。


 弱めの範囲攻撃のはずで。


 対人戦ではほぼ使えないスキルのはずで。


 それがこんな事になるなんて――。


 ミーミルの目にはしっかりと、消滅していく地面と城壁。

 そして黒の波動に飲み込まれていく多くの兵士達の姿が映っていた。


 生きているはずがない。


 ミーミルは茫然と、扇状に抉り取られた闘技場に立ち尽くしていた。

 何百という人間を殺してしまったのだ。

 そして土煙がゆっくりと晴れていく。

 覆い隠すベールが無くなり、否応なくミーミルの目に惨状が飛び込んできた。


 綺麗に削り取られた地面。

 あちこちに散らばる城壁の破片と思われる瓦礫。

 そして巨大な穴が穿たれた城壁。

 辺りには倒れ伏す兵士達。


 最も至近距離で直撃を食らったアベル隊長は、地面に仰向けに倒れこんでいた。


「…………あれ?」


 よく見るとアベル隊長は全く傷ついていなかった。

 着ていた鎧に土埃は積もっているが、鎧自体には傷すら入っていない。


「何で無傷……もしかして人には効果ないのか?」

「そんな訳ない」


 すぐ後ろからかかった声に、ミーミルは振り向く。

 振り向くと金色のオーラに包まれたアヤメが立っていた。


「じゃあ何で……ああ!? あああ! なるほどぉ!」


 アヤメが纏っている黄金の膜に、ミーミルは心当たりがあった。



 二次職であるバードが、歌によって世界に溢れる魔力の理を味方に付ける者とするならば。

 唄で世界の理すら書き換える、世界に変革をもたらす者。


 それがアヤメの三次職業、レボリューショナリーだ。


 三次職が覚えるスキルはどれも非常に強力なものばかりではあるが、その中でも覚醒スキルと呼ばれる三次職上位スキルは、特に異常な効果を持つ。

 アヤメが使ったのは、そのうちの一つだ。


 一度使うと、20分もの間、再使用する事が出来ず、さらに膨大なMPを消費する。

 その代わり、発動すればパーティ全員が20秒間だけ完全無敵になる。

 その間は文字通り無敵であり、全ての状態異常・ダメージを無視できる。


 

 消費MP1580。

 射程1000。

 次元を捻じ曲げ、外部からの影響を他次元へと受け流すフィールドを張る。

『フォーリナーの神域結界』だ。


 

「アヤメ、ぐっじょぶ!」

「ぐっじょぶ じゃないよー???」


 ジャンプしたアヤメは、盾の角でミーミルの頭を殴る。


「ぎぃにゃあ」

「馬鹿じゃないの! 馬鹿じゃないの!? 正直みんな死んだと思ったわ! 世界の終わりかと思ったわ! よく発動したわ唄が!」

「た……大変申し訳ございません」


 頭を押さえてうずくまったまま、小声で謝るミーミル。


 アヤメも唄がちゃんと発動する自信がなかった。

 レボリューショナリーの前の職業、バードから覚える移動速度を上げる歌や、防御力を上げる歌、身体回復力を上げる歌。

 この辺りの『魔ノ歌』はまだ常識の範囲内だが、レボリューショナリーが使う『神侵シノ唄』には現実ではありえない効果がかなり多い。


 特にフォーリナーの神域結界の効果である『無敵』というのが、現実世界で具体的にどう発動するのか、さっぱり予想がつかなかった。

 かといって他の歌で防御力や回復力を引き上げた程度で、あの『魔人閃空断』を凌げるとは思えなかったのだ。

 深く考える時間も無かったので、無敵効果が発動する事に賭けて唄を使ったのだが、どうやら博打には勝てたらしい。


「もうちょっとで大量殺人犯だわ。数百人殺しなんてシリアルキラーもびっくりだわ。歴史に残るわ。よりによって何で範囲スキル撃った」

「なんか、こう、血が沸き立ってしまって。派手なの一発と」


 ミーミルはにゃはは、と笑う。

 アヤメはため息をついて頭を抱えた。


 そう。

 こいつは、そうだった。

 

『リ・バース』にいた時は、とにかく対人戦が好きで、暇があればギルドメンバーとしのぎを削っていた。

 特にプレイヤーキル――PK関連の荒事が好きで、どこかのフィールドでPKの情報を得ると、狩りを放り出してでも、ちょっかいをかけるという暇人である。

 ギルドのメンバーからは『キチ猫』と呼ばれていた程であった。

 日ごろの鬱憤を対人で晴らすとか何とか聞いた事があるが、理由は詳しく聞いていない。


 何か闇を感じたので。


「……とりあえず謝ろう。謝って済む問題かどうか分かんないけど」


 アヤメは崩壊した城壁を見あげながら呟いた。

 マンション一棟を丸ごと吹き飛ばしたくらいの大穴が開いている。

 修復にどれだけのお金と時間がかかるのか想像もつかない。


「ゼニーなら一杯あるよ。10ギガゼニーはあるよ。私の全財産だよ」

「ゲーム通貨なんか使えそうにないけど」

「やっぱ無理か……まさか体で払えとか言われないよな?」


 アヤメはちらっとミーミルの体を見る。

 黙っていれば豊満な肉体を持った猫耳美少女だ。


「ありえなくもないね」

「嫌すぎる。女性の立場ってクソ怖い」


 ミーミルは青ざめてガクガクと震えだした。


「……お二人」


 横からかかった声に、アヤメとミーミルは振り向く。

 そこにはまるで魂が抜かれたかのような表情で立ち尽くすオルデミアがいた。


「……あ。あの。すみませんでした!」


 ミーミルは舞台から飛び降りると、オルデミアに駆け寄る。


「まさかこんな事になるとは思ってなくて! 城壁になんていうか大穴が」


 アヤメも舞台から飛び降りて、オルデミアに謝る。


「べ、弁償できるかどうか分かりませんが、体で払うのだけは勘弁を」

「そういうのは言うと藪蛇になるから!」

「お金なら一杯あります! 多分!」

「……」


 二人が何を言っても、オルデミアは茫然と立ち尽くしたままであった。

 見た所、怪我はしていないようだが……。


「オルデミアさん? 聞こえてます?」

「大丈夫ですか?」

「……ああ」


 オルデミアは掠れた声で返事した。

 耳や目がやられているのか、とでも思ったがそうでもないようだった。


「それで、あの。大変申し訳ありません」

「申し訳ありませんでした」


 二人はとりあえず頭を下げる。

 そんな二人を目に映しながら、オルデミアは言葉を返す事ができなかった。

 

 英雄を呼び出したはずだ。

 かつて名を馳せた伝説の英雄。

 一声で兵は奮い立ち、無限の力を得た。

 素手で岩を砕き、木の剣で鋼を断った。

 伝承にはそう記されている。


 だが今、目の前で起きた事は伝承どころの話ではない。


 建国以来、一度も破れた事のない帝国城の壁。

 かつて200年前に数百人の敵国魔道士が放った多重合成攻城魔法ですら、壁に亀裂を入れる事が出来ただけ。

 その亀裂が出来た経緯は、今も歴史の授業で習う。


 そんな城壁がただの木の剣で。


 たった一人の人間が放った一撃で、消し飛んだのだ。



 そしてそんな一撃を、歌うだけで無効化する少女。

 爆風で飛ばされた兵士はもちろん、黒の波動に巻き込まれた兵士も無傷だ。

 オルデミアも至近距離で爆圧を受けたはずなのだ。


 だが恐るべき破壊が起きたのは自分の周りのみ。

 周りで木材で出来た頑丈な人形が粉々に砕け散っているのに、オルデミア自身は、そよ風も感じなかった。

 もはやそれは声で兵が奮い立つ精神的鼓舞、というレベルではない。


 物理現象が完全に捻じ曲げられている。


 

 完全に人間の領域を超えていた。

 私達は一体、何を、呼び出してしまったのだ?


 

「あ、これ……」


 手に握りしめていた木剣をオルデミアに見せる。


「と、とりあえずお返しします」


 ミーミルの手には焼け焦げた木剣の柄だけが残っていた。



――――――――――――



『フォーリナーの神域結界』


スキル分類 神侵シノ唄

消費MP 1580

効果範囲 1000

効果時間 20

クールタイム 二十分

効果 次元を捻じ曲げ、外部からの影響を他次元へと受け流すフィールドを張る。

備考 金色の膜が展開される。


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