第11話 現皇帝との謁見

「ミゥン様は我が国の皇帝だ。今からその方に会ってもらう」

「そんな無茶な」

「正気じゃないです」


 アヤメとミーミルは同時に不満を漏らした。

 その辺の一般兵ですら騙せていない風だったのに、国の主を騙すなど不可能だ。


「言っていなかったが、ここは謁見控室だ。もう諦めてくれ」


 城壁を破壊したその後。


 地面に転がっていた文官は意識が希薄になっており、何を言っても頷くだけの人になっていた。

 とりあえず謝ってからオルデミアは、後の始末を頼んだ。


 それから中央城に移動し、通された部屋がこの部屋だった。


 豪華で広い応接間だと思ってはいたが、皇帝との謁見準備中とは思っていなかった。

 他に誰もいない部屋なので、気軽に不満を呟けるのが唯一の救いだ。


「もっと準備が必要ですよ。色々と時間が無さすぎです」

「それは分かっているのだが、自分にもどうしようもないのだ……。報告をしたら真っ先に会いたいと言い出してな」

「そりゃまあ分かりますけど、そこを何とか」

「無理なのだ。ミゥン様の命令は絶対なのでな……」


 そういってオルデミアは肩を落とす。

 そのリアクションからして、どうやら日ごろからかなり皇帝には振り回されているようだった。


「怖そうな皇帝だな……」

「ううむ……」

「てかやっぱ城壁の件、怒られるか? まさか死刑にならないよな?」

「知らない」


 ミーミルはさっきから二言目には城壁の心配をしていた。

 常に胃の辺りを抑えている。

 こんな狂った体になっても、ちゃんと心労で胃は痛くなるようであった。


「とにかくミゥン様の要望にはしっかりと応えてやってくれ」

「ああ、そういうのは得意。要は『できるできないじゃない。やるんだ』でしょ?」

「得意なのか……ま、まあ、それならいいのだが」

「皇帝様ですけど、どういう風に呼べば?」

「ミゥン様でいい。何故か皇帝と呼ばれるのは余り好きではないらしい」


 それを聞いたアヤメは顔をしかめる。

 どうにも気難しそうな相手だ。

 一つ間違えば大事になる可能性が出て来た。


 嫌な予感しかしない。


「じゃあ」


 アヤメが言いかけた所で、部屋がノックされた。


「失礼します」


 豪華な鎧を身に纏った兵士が応接室に入って来た。

 さっき訓練所で見た兵士とは、明らかに装備の質が違う。

 皇帝の近衛兵という感じだろうか。


「ミゥン様の準備が出来ました。奥でお待ちです」

「――よし。じゃあ行きましょうか、英雄殿」


 オルデミアはすでに演技モードに入っていた。

 だが当の二人は全く心の準備ができておらず


「ふぁい」


 と答えるのが精一杯であった。


 

「それでは、こちらへどうぞ」


 応接室の奥にあった扉が、近衛兵によって開け放たれる。

 その先は王の間であった。

 床には赤く長い絨毯が引かれ、高い吹き抜けと大きな窓によって開放感のある空間となっている。


「広い……本当にロールプレイングのお城みたい」

「静かに」


 思わず声を漏らすアヤメをオルデミアが小声で叱る。

 絨毯の横には近衛兵達がずらりと並んでいた。


 奥には王座が二つ。

 だが、どちらにも誰も座っていない。


「皇――ミゥン様はどこに?」

「……」


 オルデミアは何とも言えない苦い表情をしていた。

 良く見ると王座の横に老人が一人、立っている。

 だがどう見ても皇帝という雰囲気ではない。

 服装がさっきみた文官より豪華ではないし、王冠も――この世界に王冠があるのかどうかは分からないが、王冠もかぶっていなかった。

 とりあえず二人は先を歩くオルデミアの後についていく。


「カカロ様、ミゥン様はまだ――?」

「今、リリィが迎えに行っておる」


 カカロと呼ばれた老人は疲労を濃く滲ませた声で答えた。

 少し無精気味な白い口髭と、顔に深く刻まれた皺がより疲労感を際立たせている。


「して、そちらにおられるのが……?」

「はい。閃皇様と、剣皇様です」

「なるほど……。噂には聞いておったが……」


 カカロの目が止まるのは、やはりミーミルだった。


 その目は嫌悪感までは感じないものの、厳しいものである事は変わりない。

 やはりこの国で亜人種は相当な嫌われ者のようだ。

 城内で通りすがったあらゆる人間に、ミーミルは等しく睨まれていた事からも伺える。


 猫耳猫尻尾の良さが分からないなんて損してるなぁ、とアヤメは思った。


「お二人が転生されたというのは確実に間違いないのだな」

「はい。それに相応しい力を持っておられます」

「ふむ……」


 それを聞いたカカロは思案を始めた。


「特に剣皇様は外部城壁を破壊する程の力を持っておられます」

「その件の報告はすでに入っておる。正直、この目で見るまで信じられん。あの外部城壁をただの一人の人間が破るなど」

「マジで弁償大丈夫だよね? 大丈夫だよね?」

「黙ってた方がいい場面と思う」


 ミーミルは亜人種が嫌われている事より、城壁弁償の方が遥かに心配だった。


「そうでした。壁の修復には――」

「すでに外部城壁修復の手配はしておる。敵国に伝わるまでには修復できるであろう。まあ修復できるまでに帝都が堕ちる事もあるまいが」

「さすがカカロ様です」

「褒めんでいい。それが仕事じゃからの」


 カカロはそう言って笑った。

 どうやらこの人は大臣のようなものらしい。


「――と、申し訳ない。自己紹介がまだでしたの」


 アヤメの不思議そうな目に気付いたのだろう。

 カカロはアヤメとミーミルに向き直って、深々と頭を下げた。


「わしの名前はカカロ・ミティッジ。この帝国の大臣をしております。お二方は――」

「わ、私の方がマグヌス・アルトナです」

「そして私がデルフィオス・アルトナです」

「ふむ……そんなに緊張されなくてもよろしいのでは? なにせ元とはいえ、皇帝なのですから。気にせず皇帝らしく、堂々としていればよろしいのです」


「……あーえー」

「むー」


 その堂々とした態度が、どうすればいいのか分からない。

 この世界の王族が、どういう風に威張っているのか見当もつかない。


 実際ミーミルがチャレンジして、例の文官に「は?」と言われたのは記憶に新しい。

 アヤメはオルデミアの方に視線を送ってみるが、オルデミアは言葉を発せない。

 その顔からは血の気が引いている。


 カカロは非常に優秀な人間だ。

 ここで助言の一つでも送れば、一瞬で見抜かれてしまうだろう。

 オルデミアは助言どころか微動だにできなかった。


「何て言うかその……」

「ねぇ」


 二人は顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。

 そんなオルデミアの心情を知らず、アヤメとミーミルは「オルデミア助言はよはよ」とひたすら思っていた。


 そして、その微妙な空気を打ち破ったのは意外にもカカロだった。


「なるほど、はっはっはっ」


 もじもじする二人を見ていたカカロは、急に笑い出したのだ。


 今度こそバレた!


 アヤメはそう思った。


「いやはや、研究の通りですな。お伝えしておりませんでしたが、お二方は古い伝承に『荘厳で格式の高い大英雄』として描かれておるのです。ですが近年、歴史学者の研究によると剣皇様と閃皇様は、平民の出で、自らを不必要に飾り立てる事を嫌ったそうで。そんなお方に皇帝らしく堂々とすれば良い、と言うのが間違いでしたな。これは大変、失礼致しました」


 そう言ったカカロの目は、僅かに緩んでいた。


 どうやら対応は正解だったらしい。

 ここで偉そうな態度でも取れば、間違いなく偽物であると看破されていたであろう。


 いや、もしかして試されていたのかもしれない。

 頭のいい人なら、かまかけに気付いていたかもしれなかったが、さっぱり気付かなかった。

 危なかった……とアヤメは心の中で胸を撫で下ろす。


「それにしても遅いですな。ミゥン様は」


 少し血の気が引いてる風のオルデミアは話題を変える。

 何で助言をくれなかった、と恨み事を思い浮かべていたアヤメは心の中で謝りながら、オルデミアの話題に乗る。


「そう、ね。何か忙しい感じ?」


 慣れない女言葉を使いながら。


「いえ、恐らく――」



「ぎゃーん!」



 オルデミアの言葉を遮るように、女性の悲鳴が玉座の間に響き渡った。



――――――――――――



カカロ・ミティッジ=帝国の大臣(内政の中心人物)


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