第11話 懐かしの再会

 武器屋から歩いて十数分ほどの路地に、その店はあった。

 地下に続く見るからに怪しげな階段を降り、ドアを開く。


 だが中はごろつきのたまり場ではなく、とても静かな空間だった。

 光度を落とした照明と、センスの良いスマートな調度品が並んでいる。


 カウンターにはグラスを磨いているバーテンダーがいた。

 日本のバーテンダーのようにスーツではないが、黒を基調とした細身の服を着ている。

 オールバックで固めた白髪交じりの黒髪と短く切りそろえられた髭が渋い。


 若い女性の店員もいる。

 その女性も男性のバーテンダーと同じ形の服を着ていた。


「お、大人の雰囲気だな」

「そ、そだね」


 店内に客は数人しかおらず、皆が静かに酒を嗜んでいる。

 チェーン店の居酒屋にしか行った事のないアヤメとミーミルは、店の雰囲気に少し圧倒されてしまう。

 こういう店は、もっと大人になってから行くと思っていた。


「どうぞ」


 パークスが席に案内してくれる。

 店の奥に一部屋だけある個室だった。


「ここなら誰の目も気にせず飲めるので、たまに利用しているのです」

「よくこんな店見つけたな」


 ミーミルは店内を眺めながら呟く。


 案内されなければ絶対に見つからないような店である。

 表に看板すら出ておらず、ドアを開くまでは民家の地下室だと思っていた。


「実はレガリア兄さんに教えて貰ったんですけどね」

「あの人かぁ」


 それなら納得できる、とアヤメは思った。


 視察の時に話しただけだったが、コミュ力も高く、イケメンだった。

 ジェイド家の長男であり、マキシウスが引退した後は、後継ぎとして南部領を統治するのだ。


 相当、女性にモテるに違いない。


「そう言えばレガリアさんって、もう結婚してるの?」

「いえ、それがまだなのです。もうしてもいい年なんですが……。あの、兄の事を余り悪く言うのは良くないのですが、レガリア兄さんは女癖が……」


 パークスは言い淀む。


 モテるのだが、モテすぎるのだろう。

 何となく分かる気がした。


「とりあえず何か頼むか。メニューは?」

「無いです」

「ハードル高い店だな……」


 ミーミルは眉間に皺を寄せる。


「じゃあ常連のパークスに頼むしかないか。任せた」

「私もこういう店は初めてなので……パークス様、お願いします」


 アベルも外食を良くするタイプではない。

 何か特別な事でもない限り、兵士用の食堂で済ますのが定番であった。


「え、ええと……マスター」


 パークスはしどろもどろになりながら、バーテンダーに声をかける。


「ご注文でしょうか?」

「ミラージュを三つと、キンコウティーを一つ」

「かしこまりました」


 聞いた事のない飲み物だ。

 注文を受けたバーテンダーは、グラスに酒瓶から少しずつ酒を注いでいく。

 少し入れてはまた別の酒を入れる。

 恐らくカクテルのようなものなのだろう。


「食事は注文できるのか?」

「いつも卵ササミを頼んでいます」

「じゃあ人数分?」


「ええと……マスター」

「はい」


「卵ササミを四人分お願いします」

「かしこまりました」


 注文を聞いたバーテンダーが返事をする前に、女性店員がフライパンに向かっていた。

 酒は男性が、料理は女性がするように分担しているのだろう。


「卵ササミって何?」

「ササミ麦をダシで炒めて、薄く焼いた卵を上に被せたものです。ここの名物です」


 アヤメの脳裏にはオムライスが浮かんだ。

 美味しそうだ。


「他にはどんな料理があるんだ?」

「……」


 ミーミルの質問に、パークスは何故か無言になる。


「どした?」

「じ、実はそれしか兄に教えて貰っていなくて……」


「え?」


「ミラージュと卵ササミがある事しか知らないのです。他のメニューはさっぱり」

「ええ……? じゃあ今まで何回か来た時はどうしてたんだ?」


「ミラージュと卵ササミばかりをひたすら」

「おおう。マジか」


 しばらく待つと飲み物が運ばれて来た。


「ミラージュです」

「……おお」


 ミーミルは思わず声を漏らす。

 グラスに入った透き通った青い液体は、きらきらと輝いていた。

 細かい光る粒子のようなものが入っている。

 とても美しいカクテルだった。


「すごい綺麗で美味しそう。飲めないけど」

「じゃあさっそく」


 ミーミルはカクテルを一口含む。


 見た目通りすっきりと爽やかな飲み口だった。

 甘すぎる酒は苦手なのだが、甘さも控えめでミーミル好みだ。


「美味しい」

「そうでしょう。とりあえずこれを女性に勧めておけば間違いないと言われまして」


 確かに女性でも飲みやすい酒だろう。

 だが度数は強い。

 飲みやすいからといって勢いよく行くと大変な事になるタイプの酒だ。


「では私も頂きます」


 アベルもミラージュを口にする。

 一口飲み終えたアベルは、ほぅ――と感嘆のため息をつく。


「上品な味ですね。とても美味しいです。普段はシユウを嗜む程度なので」


 シユウはこの世界における一般的な酒だった。

 ジェイドタウンに来た時に飲み会をやったが、あの時に飲んでいたのがシユウだ。


 ササミ麦を発酵させて作った酒で、日本のビールに近い。

 ただ日本で飲むビールより味は薄く、炭酸も弱い。

 ただアルコール度数はビールと変わらないので、やはり勢いよく飲むと大変な事になる。


 というのは先日、実証済みである。


「お待たせしました。卵ササミです」


 机の上に皿が四つ並ぶ。


「わーやっぱりオムライスだ」


 アヤメが目を輝かせる。


 どう見てもオムライスだ。

 まさか異世界でオムライスに出会えるとは思っていなかった。

 懐かしの再会である。


「見た目そのまんまだ。やっぱ、どっかで共通点ってのはあるもんなんだろうな」


 ミーミルも少し嬉しそうだった。


「頂きます」


 アヤメはスプーンを取ると、薄く焼いた半熟の卵をすくう。

 卵の下から出て来たのはケチャップライス――ではなかった。

 細かく刻んだ野菜と肉を混ぜて炒めたササミ麦だ。


「あー、ケチャップはさすがにないか」

「オムチャーハン……って感じ」

「けちゃっぷ?」「おむらいす?」


 アベルとパークスは聞いた事のない単語に首を傾げる。


「えーっと、昔はそういうのがあったんだよ。昔は」


 適当な事を言って誤魔化しながら、卵ササミを頬張るミーミル。


「うんうん」


 アヤメも頷きながら卵ササミを口に入れる。


 その瞬間、アヤメはカッと目を見開いた。



 ――美味しい。



 ササミ麦は米より粘度が低く、蒸すより炒めるのに向いている食材であった。

 ただ炒めるとパサパサになってしまうのだが、それを半熟卵のジューシーさが上手く打ち消しベストマッチしている。


 また麦に染みこんでいるダシが美味い。

 鳥をベースに煮出したと思われる、あっさりとしたダシだ。

 そのあっさりした麦飯の中に潜む、脂分の多い刻んだ濃い味付けの肉が非常に良いアクセントになっている。


 中毒性のある味だ。

 気を抜くと無心でかきこんでしまいそうになる。


「うまいうまい」


 すでにミーミルは無心でかきこんでいた。


「お口に合ったようで、良かったです」


 ミーミルはパークスに向かって親指を立てる。

 こんな喜んで貰えば案内した甲斐があったというものだ。


「ミーミル、もうちょっと落ち着いて食べようね」


 アヤメは、ミーミルに注意しながらも卵ササミを、もぎゅもぎゅと口一杯に頬張った。

 美味しいものを食べると幸せな気分になる。



(こういう事は思ってはいけないのかもしれないが……かわいいなぁ)

(見ていて幸せな気分になる……)



 アベルとパークスは二人を見ながら、そう思った。


 気取らない素直な女性の反応は、二人にはとても純粋で新鮮に見えたし、子供が美味しいそうにご飯を食べている姿は、見ていて幸せな気分になった。

 一気に食べ過ぎると勿体ない、とまで思ったミーミルはミラージュを飲んで一息つく。


「ふー。レガリアさんはいい店知ってるなぁ」

「兄はよく遊び歩いているので」

「確かに遊び歩いてそう」


 パークスの言葉にミーミルは納得する。


 一方アヤメは何とかマスターにレシピを教えて貰えないだろうか、と思っていた。

 料理の情報が無いかと調理場――カウンターに視線を走らせる。


 丁度そのタイミングで客が二人、店に入って来た。


「今日は結構混んでいるな。奥の席も埋まってるか」


 男女の二人組だった。


 男性はアヤメ達が座っている席を見ながら呟く。

 その男性と視線が合う。


「あっ」

「!」


 薄暗い店内ではあったが、見間違えるはずもない。



 そこにいたのはレガリアだった。

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