第12話 足りないのは身長

「これはアヤメ様――という事はミーミル様とパークスも?」


 レガリアも、こっちの姿に気づくと席へ近づいてきた。


「レガリア兄さん?」

「やっぱりパークスもいたか。それに――ええと」


 レガリアはアベルを見ながら首を傾げる。


「アベル・シェラトンです。初めてお目にかかります。レガリア・ジェイド様」


 アベルはそう言って頭を下げる。


「シェラトン――というと中央で古くから続く武家の名家ですね。こちらこそお会いできて光栄です」


 レガリアも頭を下げる。


「今では衰退し、名家であったのも昔の話です」

「この時代、どんな貴族でも衰退しておりますよ。ですが、それは経済的な衰退というだけです。その血や歴史は何ら衰退しておりません」

「時期ジェイド家当主にそう言われるとは、光栄の極みです」


 何だか貴族の会話っぽい。


 少し関心しながら、アヤメはレガリアの横にいた女性を見る。

 露出の高いドレスをまとった艶のある美しい女性だった。

 どこかしら漂う気品は、その辺の村娘には出せないものであった。

 もしかすると、この女性も貴族なのだろうか?


 その女性の手をレガリアは優しく握る。


「済まない、エルフィール。今日のデートはここまでだ」

「そんな……これからが楽しみでしたのに」


「では今ここで楽しみを与えてあげよう」


 そう言うとレガリアはいきなり女性の唇に口づけをした。

 羽毛のように柔らかなキスであった。


「れ、レガリア様」

「次はもっと深い楽しみを約束するよ」


「こんな所で――恥ずかしいですわ」

「恥ずかしい事など何もないさ。私と君の愛は、周りに左右されるような半端なモノではない。そうだろう?」

「レガリア様――」


 女性は頬を染めながら、うっとりとレガリアを見つめる。


「名残惜しいが、また会おう。必ず連絡する」

「分かりました。それではまた……」


 女性はそう言い残し、店から出て行った。


「……」

「……」


 ミーミルとアヤメはレモンを齧ったような表情をしていた。

 歯が浮くどころか弾け飛びそうな言葉の応酬に耐えられなかったのだ。


「そんな顔をしないで下さい。こういうのが好きなロマンチストの女性もいるのです」


 二人を見てレガリアは苦笑する。


「また新しい女性ですか」

「うむ。今度の女性は北部領でレザーネ鉱の採掘権を持つソーディーズ家の長女だ」


 パークスの言葉に悪びれる様子もなく、レガリアは席に座った。


「長男がどうもよろしくないようでな。長女にパイプを作っておこうと思っていた。あの様子なら後、二・三回くらいで堕ちるな。いや、もう堕ちているか」


 レガリアは不敵な笑みを浮かべながら言う。


「ほどほどにお願いしますね……」

「何を言う。全く足りないくらいだ。父上も、ジオも、お前も、こういう根回しや駆け引きをしなさすぎる。武力だけで世の中どうにかなると思ったら大間違いだぞ」


「とか言って趣味も入っているでしょう」

「その通り。だからこそ上手くできるのだよ」


 レガリアはバーテンダーに酒を頼む。

 聞いた事の無い酒の種類だった。


「だがまさかパークスとアベル殿が、閃皇様と剣皇様を口説いているとは」

「無茶苦茶言わないで下さい!」「とんでもありません!」


 パークスとアベルが慌てて弁解する。


「まあ、こんな美しく、可愛らしい女性たちならば仕方ない――とは思いますがね」


 当たり前だが、そう褒められてもミーミルとアヤメは苦笑いしか返せなかった。


 やがて席に酒が運ばれてくる。


「クリスタニアです」


 透明な、泡立つ酒だった。

 丁寧に磨かれた細長いグラスと相まって、とても美しく見える。


「美味しそう」


 それを見てミーミルが呟く。


「皆さんはミラージュがお好きなのですか?」


 テーブルの上にあるのはミラージュが三杯。


「料理も同じようですが」


 卵ササミが四皿。


「あー、パークスがこれしかメニュー知らないみたいなんだ」

「ミーミル様、それは秘密で――!」


 レガリアが狼狽するパークスを、じっとりとした目で見る。


「どうやら女性のエスコート方法を叩きこまねばならないようだな」


 レガリアはそういうとバーテンダーに、とっておきの注文を始めた。



 

 

 レガリアが参加して、一時間が経った。

 

「だから私は思う訳ですよ。パークスを中心として、ジェイド家を回していくべきだと」

「おー、パークスすげー評価いいじゃん」


「兄さんの方がいいに決まってるじゃないですか」

「俺はあれだ。パークスを盾にして、裏でのんびりやりたいのだ」


「兄さん、父上が聞いたら激怒しますよ」

「次男に産まれたかったなー。親父のプレッシャーが半端ないんだ。領主の威厳とか文武を身につけろとか」


「それは分かります。とても分かりますよ」

「分かってくれるか長男アベル」

「分かりますよ長男です」


 アヤメ以外は、酒が回って泥酔していた。


 一応、会話は成り立っているが、かなり危険水準である。

 漏れなく目が濁っていた。

 しかし酒を飲む事に慣れていそうなレガリアが、こうも泥酔するとは。

 店の雰囲気のおかげでミーミルが躍り出していないのが救いだった。


「すみませんー。お水くださいー」

「アヤメ様、水など水臭いですよ。すみません、水っぽいクリスタニアをアヤメ様に」

「飲めないです」

「マスター、よろしく」


 レガリアの耳には、まともにアヤメの声が届いていない。


「かしこまりました。クリスタニアですね」


 もはや水も頼ませて貰えない状況である。


 すぐにクリスタニアが運ばれてくる。

 アヤメはクリスタニアを受け取ると、ミーミルの前に置いた。


「あれ? これ頼んだっけ?」

「ちょっと前に頼んだよ」

「えー……あー? まあいいか。うまいし」


 ミーミルはそう言ってクリスタニアを飲む。


 アヤメはとりあえずお茶を飲みながら、四人をどう運ぶか考えていた。


 このままだと全員が立てなくなりそうである。

 ミーミルだけなら肩を貸しつつ何とか引きずっていけそうだが、大人四人は厳しい。


 恐らく力で強引に引っ張っていける、とは思う。


 だが幼女が、大人一人と亜人種とジェイド家の長男、三男を引きずるのは、ビジュアル的にかなりの問題がある。

 しかもこの辺りは人気のない場所ではなく、夜中まで明るい歓楽街なのだ。

 人目を避けるのは不可能である。


「アヤメ様、飲んでいますか?」


 パークスが聞いてくる。


「飲んでます」

「誰ですか子供に酒を飲ませたのは」


 アベルが怒りだした。


「飲んでいません」

「実はジェイドタウンでは、五歳からお酒を飲んでもいいという法律が今しがた制定されまして。これでアヤメ様も自由に酒が飲めるという事なのです」


 レガリアがいきなり法律を作り始める。


「皇帝権限で却下します」

「それよりアヤメにはミルクが必要だよな。このままじゃ小さいままだ。背だけじゃなく他の所も大きくならない。それはとても悲しい」


 ミーミルは腕組みをし、その腕に豊満なおっぱいを乗せながら、アヤメを見下す。


「すみませんー。ミルク下さいー」

「こっちもおかわりを」「おかわり」「おかわり」「おかわ……ウップ」


 収集がつくか心配になってきた。


「いやー、実はレガリアの事を誤解していた。貴族っぽい奴だと思ってたんだが違うんだな」

「あれは実は仮面なのですよ」

「さすが」

「さすがでしょう」


 ミーミルとレガリアは笑いながら、運ばれて来た酒で乾杯をした。

 これで五回目くらいの乾杯のはずである。


「私も剣皇様や閃皇様が、こんなにフランクな方とは思っていませんでした。皇帝というのは四大貴族からしても、一つ上の世界にいる方だと教えられていたのです。そんな方と同じ食卓に並べるなど、本当に光栄な事です」

「意外とフツーなんだって、皇帝も。フツーだよ」


 勝手にミーミルが皇帝像を塗り替えているがいいのだろうか。


「それはアヤメ様とミーミル様が特別なのです……すごい方です……すごい……」


 アベルは深く何度も頷きながら二人を称える。


「確かにお二人は特別ですよ。最初にお二人に出会った時は、一般兵士とも分け隔てなく、食事を一緒にして下さいました。一緒に、食事をです」


 パークスは何故か自慢げにエピソードを語った。


「親父は部下と一緒に食事はしないよなぁ。あれは良くない」

「司令官としての威厳を保っているのでは」

「確かに威厳は大事だが、それとお高く止まるのは違う。そんな司令官に命を賭ける兵士がいるか? いや、いないだろう。いざとなったら逃げる兵士になってしまうに違いない」

「ふーむ」「確かに兄さんの言う通りかもしれませんが……」


 アベルとパークスは考え込む。

 お互いに司令官としての職務があるので、思う所があるのだろう。


「別に飯くらい一緒に食べたらいいんだよな。ほら、唐揚げ」


 ミーミルは両手に持ったフォークに唐揚げを突き刺し、アベルとパークスに差し出す。


「あ、あの自分で食べられますので」「それはさすがに良くないかと」


「ほら、あーんって」

「アベル、パークス、大人しく口を開くのだ。栄誉であるぞ。栄誉のあーんである」


 なにそれ、と思いながらもアヤメは突っ込まず見学する。

 そっちの方が面白そうだからだ。


「で、では」


 アベルとパークスは覚悟を決めて口を開く。


「あー、ん」


 ミーミルは二人の口に唐揚げを突っ込んで、フォークを引き抜いた。


 アベルとパークスは神妙な顔をしながら口を動かす。

 酔った勢いに身を任せたが、謎の背徳感が二人を襲っていたからだ。


 伝説の剣皇に『あーん』をしてもらう……。


 いいのだろうか。

 倫理に反しているような気すらした。 


「良く食べた。褒めて遣わす。残って冷えた唐揚げの画期的な処理方法を見つけた」


 そう言うとミーミルはテーブルに突っ伏した。


「ちょっとミーミル」

「ねむい」


 眠いと言い出したら、いつものパターンから考えると本当の限界である。

 そろそろ吐いても困るので、店を出ねばならない。


「ミーミルがちょっと限界っぽい」

「限界ですか」

「のめるー。まだのめるー。かんぞう破れるまでのむー」

「こう言い出したら限界なのです。もう何を言っているのか自分でも分かっていません」

「だったらそろそろ出た方が――」


 パークスが立ち上がるが、ふらついてテーブルに手をつく。


「……床が柔らかいです」


「アベル立てる?」

「何のこれしき」


 アベルは立ち上がろうとして、膝をテーブルの角にぶつけた。


「ふんっぐ!」

「仕方ない弟と長男だな」


 レガリアは問題なく立ち上がる。

 意外としっかりしているようだった。

 さすがに飲みなれているのだろう。


「ではミーミル様、肩に掴まって下さい。私の部屋に行きましょう」

「まだのむー」


「では私の部屋でゆっくりと飲みましょう」

「待って。私がミーミルは連れて行きます」


 たいへん嫌な予感がしたのでアヤメはミーミルの肩を持つ。

 レガリアが残念そうな顔をしたが無視した。


「ほら、立って――」


 アヤメはミーミルを起こそうとする。

 だが、そこで重大な問題に気が付いた。




 

 ――肩を貸そうにも身長が足りない!

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