第44話 溶ける力


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ねこです。

あけましておめでとうございます。


あけましてが遅くなって申し訳ありません。

本日より更新していきます。

今年もよろしくおねがいします。



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「危ない!」

「ぬわあっ!?」


 アヤメはマキシウスを抱えると、走る。

 走って避けた地面に薄緑のブレードが突き刺さった。


「おら、頑張って走れよ!」


 ミーミルをうっかり殺してしまったニアは、標的をアヤメとマキシウスに定めていた。

 今度はうっかり殺さないように、じっくりいたぶるつもりなのだろう。


 巨体のオッサンを抱えて走る幼女というとんでもないビジュアルだが、この際、気にしてはいられない。

 アヤメはマキシウスをお姫様だっこしたまま、巨木の陰に隠れた。


木王大剣レスタ・クレイモア


 背中の毛が逆立つような感覚を覚えたアヤメはマキシウスと一緒に伏せる。


 隠れていた巨木が何の前触れもなく、切断された。

 轟音と共に木が倒れる。


 ニアは木で創られた巨大な剣の切っ先をアヤメに向けた。


「隠れても無駄だ。お前にできるのは走り続ける事だけだぞ」


 ニアはそう言って、自分の周囲に薄緑のブレードを発生させる。


「……!」


 アヤメはマキシウスを抱えると走った。

 とにかく今は逃げるしかない。


「せ、閃皇様、何故……」


 抱えられるマキシウスは困惑していた。


 皇帝を暗殺しようとしていた事実は全て知られている。

 間違いなくジェイド家は無くなり、マキシウスも国家反逆罪で死刑となる。

 ここで助けた所で、結果は変わらないのだ。


 だからアヤメにマキシウスを守る理由など無いはずだった。


「いっ」


 アヤメが短く声を上げた。

 避けそこなったブレードがアヤメの足を掠めたのだ。


 いくら閃皇といえど、百キロ近い体重のマキシウスを抱えれいれば回避も難しくなる。


「せん……いえ、アヤメ様、どうして私の事を」

「どうしてって! どういう! こと!?」


 アヤメは飛来するブレードを避けながら叫ぶ。


「何故、私を助けるのです」

「何故って言われても」


 アヤメは困った顔をした。

 マキシウスには困った顔をされる意味が分からない。


「私は貴女を殺そうとしたのですよ」

「んー、まあ、そうだけど」


「私は貴女に殺されても、おかしくは」

「そうだけど!」


 アヤメは飛んで木の上に乗る。


「――なぁっ!?」


 マキシウスは目を見張る。


 信じられない脚力だった。

 自分を抱えたまま、これほどのジャンプ力を発揮できるとは――。


 幼い頃から体を鍛えてきた自分だからよく分かる。

 身体の筋力量と、発揮されている運動量が理に適っていない。


 この小さな体の中に、どれほどの力が漲っているのか想像もつかなかった。


「木の上に逃げても無駄だ」


 射出されるブレードがアヤメの立っていた枝を切り飛ばす。

 空中に放り出されるアヤメとマキシウス。


 地面までは家の高さほどある。

 落ち所が悪ければ、即死する高さだ。


「う、うおおおお!?」


 マキシウスは思わず声を上げる。


「んぐ」


 その着地の衝撃を一呼吸で済ませると、アヤメは即座に飛んだ。

 数瞬前までアヤメがいた落下点にブレードが何本も突き刺さる。


「あ、クソ! やったと思ったのに! すばしっこい奴だな!」


 ブレードを避けられたニアが悔しそうな表情を浮かべる。


 だが、その表情には余裕があった。


 人質は未だニアの手の中にある。


 アヤメは一切、反撃を許されず、ただ逃げる事しかできなかった。

 しかも遠くには逃げられない。

 ニアの近くで攻撃を避け続けねばならなかった。



 それがニアの提案した『人質救出ゲーム』である。


 

 理不尽なゲームに異を唱えたマキシウスは、真っ先に殺されかけた。

 それをアヤメが救い、今に至る。


 どう考えても神護者が人質を見逃すとは思えなかった。

 このままでは、この場にいる全員が殺される。

 

 マキシウスは俯いてから、顔を上げると意を決してアヤメに進言した。

 

「……アヤメ様、私を放って逃げるのです」

「できない」


 アヤメは即答する。


「それが一番です」


 それが一番だった。

 神護者に対抗できるのは、剣皇か閃皇しか存在しないだろう。

 剣皇がいなくなった今、もはや閃皇に希望を託すしかないのだ。


「できない」


 避けながら、アヤメは首を振る。

 傷つきながらも、意思を曲げようとはしない。


「しかしこの状況では!」

「わたしが! 今、一番大事なのは!」


 アヤメはマキシウスを抱えながら、こう叫んだ。




「友達のお父さんを守る事だから!!」



 

 その言葉に、マキシウスはまるで雷に打たれたような衝撃を受けた。

 今まで読んだ、どの書物に書いていた言葉より、マキシウスの心に響いた。


 マキシウスの身体から、力が抜ける。

 長い間、マキシウスの体を強張らせていた硬く、太い芯。

 それが柔らかく、溶けていくような気がした。

 

「そろそろ足の一本でも貰うか」


 そう言うとニアは、木の槍を生み出す。


木王導槍レスタ・ファランク


 ニアは槍を振りかぶって投げる。


 当たれば巨大な岩も粉砕する程の破壊力の法術爆破を起こす槍だ。


 ただ、当たればの話である。

 マキシウスを抱えているとはいえ、アヤメには十分に回避できる速度だった。

 アヤメは地を蹴り、槍から逃れる。

 

 ――が、空中で槍が突然、アヤメの方に向きを変えた。

 

「――え!?」


 槍が追尾してきたのだ。

 突然の事に、アヤメの反応が遅れる。

 足に槍の先端が触れる。


 

 爆音と共に、アヤメとマキシウスが吹き飛ばされた。



 マキシウスは爆風で地面を転がる。


 かなり勢い良く転がったが、地面を覆う柔らかな苔のおかげでダメージは無かった。

 しかし耳が爆音で麻痺している。

 マキシウスは耳を抑えながら体を起こした。

 

「う……ぐ……」

 

 最初に目に入って来たのは砂煙。

 次に足を抑えて地面に横たわるアヤメだった。


「アヤメ様!?」


 マキシウスは慌ててアヤメの元に駆け寄る。



 足は――あった。


 

 無くなってはいない。


 だが、アヤメは両手で太ももを抑えていた。

 その表情は苦痛に歪んでいる。


「大丈夫ですか!?」


 アヤメは走れそうにない。

 こんな所でアヤメを死なせる訳にはいかない。


 マキシウスはアヤメを抱きかかえようとする。


「おっと、動くなよ。串刺しになりたくはないだろ?」


 それをニアが制した。

 ニアの手には、さっきと同じ槍が握られている。


「やっぱりそこの倒れてる奴と同じで、頑丈なんだな。まさかどこも吹っ飛ばないとは思ってなかったぜ。正直、自信を無くしかけるレベルだわ」


 ニアはそう呟くと、空中に槍を放り投げる。

 その槍は空中で静止すると、アヤメにぴたりと穂先を向けた。


「でもその様子なら、もう三発も打ち込めば死ぬだろ」


 ニアの両手に二本の槍が出現する。

 それは独りでにニアの手から離れると、空中に並ぶ。



 さっきの威力の槍が、三発も……。


 

 マキシウスの身体を絶望が蝕みかける。

 だがマキシウスは拳を握りしめ、自分を蝕みつつあった絶望をふり払う。


 駄目だ。

 閃皇だけは死なす訳にはいかない。


 マキシウスは、その体でアヤメに覆いかぶさった。

 

「マキシウス!? 駄目、離れて!」


 倒れていたアヤメが驚いたように叫ぶ。


「わ、我が身が……滅びようとも……」


 マキシウスは目を硬くつぶりながら、最後の口上を言おうとした。


 だが、上手く出てこない。

 まさか今日、死ぬとは思っていなかったのだ。

 まだやり残した事は沢山ある。


 抑えようと思っているのに、意思とは関係なく体が震える。

 死を前にすると、自分がこんなにも脆弱であるとは思ってもみなかった。

 

「ハハッ、庇う意味あんのかソレで?」


 そう言ってニアは槍を操作する。

 その全てがマキシウスの背に向けられた。


 直撃すれば一溜りもない。

 マキシウスが庇った所で、なんの意味も持たないだろう。

 二人とも消し飛ぶ。


 ――それでも、マキシウスは震えながら。


 身を挺してアヤメを守った。



『木王導』

「……待てやコラ」

 

 背からいきなりかかった声に、法術を中断して振り向くニア。



 そこには肩を抑え、ふらつきながら立つ影。

 猫耳は力なく垂れていたが、それでも前を向いている。



「まだ終わってねぇからな」



 ミーミルだった。

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