第43話 切り札

 羽が空に舞った。

 

「イカルガ!?」


 ミョルドが叫ぶ。


 白煙を上げながら、イカルガが空から堕ちてきた。


 ニニャが走って、イカルガの落下地点に走る。

 ニニャの力ならば、落下する人も問題なく受け止められた。


「イカルガさ――」


 呼びかけようとして、ニニャは声を詰まらせる。

 イカルガの翼が、片方無くなっているのに気づいたからだ。


「……油断……した」


 そう言ってイカルガは苦悶の表情を浮かべる。


 シドの消化液。

 危うく直撃する所だったが、ギリギリの所で直撃だけは避けられた。

 しかし、その消化液はイカルガの翼を溶かしていた。

 

 シドの消化液は確かに強力だが、ここまでの威力は無い。

 食らってもすぐに治療すれば皮膚が爛れるくらいで済む。


 だが銀色の亜種――シルバーシドが吐く酸は、通常のシドより遥かに強力になっていた。


 まともに受ければ数秒で骨しか残らない程に。


 

「何だ、これは……」


 パークスは自分の目を疑った。

 村に押し寄せるシルバーシドの群れを見ながら掠れた声で呟く。


 とても何とかできる数ではない。

 ざっと見ただけで数十の数がいる。

 村の周囲から聞こえる歩行音からして百近くはいるのではないだろうか。


「パ、パークス様、ど、どう……されますか」


 狼狽えながら、部下の一人がパークスの指示を仰ぐ。


「こんな――どうすれば」


 

 パークスの部下は三人。

 後はアベルだけだ。


 五人しかいない。

 その五人で銀色のシド百匹を倒す。


 どう考えても不可能である。

 もはや作戦どうこうのレベルではない。


 ただ蹂躙されるだけだ。

 

「とにかく撤退を」

「パークス殿」


 いきなりアベルがパークスの肩を両手で、力強く掴んだ。

 まるで、この場から逃げようとするパークスを押しとどめるかのようだった。


「ネーネ族の方々は集団戦に慣れていません。我々が率先して指揮をすべきです」

「し、しかし、この戦力差では」


「ネーネ族の数は三十を越えます。相手は虫。完璧に部隊を動かせば撃退できます」


 パークスはマキシウスから用兵術や軍略も学んでいる。

 それゆえに三倍以上の戦力差を覆すのが、どれ程に難しいかも理解していた。

 有利な状況ならば可能ではあるが、現状では有利な点は何一つとして見つからない。


「……私よりアベル殿の方が」


 アベルはパークスを正面から見据える。


「ネーネ族との友好を築いてきた貴方でなければ出来ない事です。貴方なら、私よりもネーネ族の力量を把握しているはずです。今から私が把握するには時間が足りません。パークス殿ならば、効率的な用兵ができるはずです」


 確かにパークスならばネーネ族、一人一人が出来る事は把握している。

 法術が得意な人、弓が得意な人、剣術が得意な人。

 少し考えれば誰をどこに配置すれば効率的に戦えるかは見えてくる。


「……私にできるだろうか」

「絶対にできます。貴方はマキシウス様から直接の教えを受けた、我が帝国の未来を担う将軍の一人となるのですから」


 そんな風に考えた事は一度もなかった。

 父の存在が大きすぎて、自分がやがては将軍になるとは思ってもいなかった。


 だがアベルの言う通りだ。

 父は不滅の存在ではない。

 必ず、いなくなる。


 そうなればジェイド家を担っていくのは兄や自分なのだ。


「パークス様、部隊編成をお願いします」


 アベルはそう言って、頭を下げる。

 部下もパークスに真っ直ぐな視線を向けてきた。

 

 パークスは深呼吸すると、考え始めた。




 そしてしばらく考えると、一つの作戦を話し始めた。




「まずネーネ族の皆を木の上に。 地上戦は不利だ。高所で戦う」

「ですが、あのシドは空を飛んでいます。高い所で戦っても同じなのでは?」


 ミョルドがパークスに疑問を投げかける。


 シルバーシドあらゆる点でシドとは一線を画す魔物だ。

 空を飛び、高所の敵に弱いとされる、唯一の弱点を克服した完全な魔物。



 ――のように見える。



「アレはただ、飛んでいるだけだ」


 しかし結局の所、シドなのだ。

 身体形状はシドのままで、飛ぶのに適した重量でも形状でも無い。


 強化された身体能力によって、ごり押しで空を飛んでいるだけ。

 その飛行速度は地上のシドより遥かに鈍い。

 

 ミョルドの言う通り、高所に逃れればシドは空を飛んで来るだろう。

 だがそれだけだ。


 その巨体ゆえ、樹上への着地は困難を極める。

 現神の森の木は巨大だ。

 だがその枝は人が歩くには十分だが、巨体のシドが歩くには細すぎる。

 もし不安定な足場へ無理に着地しようとすれば、即座に下へ落とせば良い。


「それから、木の盾を大量に作ってくれ。ネーネ族ならば法術ですぐに作れるはずだ。それでシドの酸を防ぐ」

「木の盾だと、すぐに駄目になってしまいます」

「それでいい」


 そうなると危険なのは射出される遠距離攻撃の酸だけだ。


 それには酸を受ける前衛と、宙に浮くシドをけん制し撃墜する後衛を配置する。

 前衛は簡易の木材盾を使えば、十分に酸攻撃から身を護れるはずだ。


 これが矢ならば、この戦略は使えないだろう。

 薄い板を盾にしても貫通するだけである。


 だが酸は薄い板を貫通するのにも時間がかかる。

 数秒持てば、それで十分だ。

 その数秒で木の盾を使い捨て、別の盾で受ける。


 そして必要な木材は幾らでも手に入るだろう。

 ここは巨木の上なのだから。

 

「籠城してひたすら時間を稼ぐ。そうすれば勝てる」


 パークスが考えた作戦は、籠城作戦であった。

 だがミョルドとアベルには悪手に思えた。


「時間を稼いでも、シドは倒せません。それともシドが諦めて帰るまで待つのですか?」

「その通りです。ジリ貧になるだけかと」


 何故、待てば勝てるのか?

 理由が分からないミョルドとアベルはパークスに疑問を呈する。


「いや、時間を稼げば、絶対に倒せる」


 パークスはハッキリと答えた。

 ミョルドはパークスの言葉の意味を理解できず、眉をひそめる。

 どうして時間を稼ぐと、あのシルバーシドの群れを倒せるのか、分からなかった。



「来るからだ」



 パークスはミョルドに笑みを浮かべる。



 絶望的な状況で、絶対にやってはいけない事がある。


 それは相手を実力以上に大きく見たり、自分を実力以下に小さく見る事だ。


 そうする事で、足が、心が、動かなくなってしまう。

 絶望的が、絶望へと確定する。

 本当なら助かっていたかもしれないのに、助からなくなる。


 あらゆる手を尽くしても駄目な事は、確かに世の中に存在する。

 だが手を尽くしたからこそ、繋がる事も確かに世の中に存在するのだ。

 だから手を尽くしていないと思える間は、絶対に歩みを止めるな。

 

 自分を苦しめていたはずの、父の教え。

 それが、この場にいる誰よりもパークスの思考を加速させていた。


 

「――なるほど! そういう事ですか!」


 

 そして一言を聞いたアベルはパークスの言わんとする事が、やっと理解できた。


 根っからの軍人であるがゆえ、シルバーシドを倒す事にだけ意識が向かっていたのだ。

 パークスならばネーネ族、一人一人の戦闘能力を把握している。

 それに基づき編成した部隊を完璧に動かし、何とか戦力差を覆して倒す事が最善。


 そう考えていた。



 だが、それは間違いだった。

 

 そもそもシルバーシドを倒す必要は無かったのだ。


 やはりパークスに指揮を任せて良かった。

 自分ではその考えに至らなかっただろう。



 

 時間を稼げば、必ず来るではないか。




 剣の一振りであらゆるものをなぎ倒し、歌うだけで世の理を書き換える。

 ただ一手で、全てをひっくり返す二人。

 神をも殺す究極の切り札。




 『剣皇』と『閃皇』が。

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