第13話 全開ミーミル

「それでは夕食まで、この部屋でおくつろぎ下さい」


 謁見を終えた二人は、メイドに連れられ、客室へと通されていた。

 客室は高校の教室を二つ分、融合させたくらいの広さだった。

 中の装飾品や調度品は、アンティーク・小物類に詳しくない二人でも、明らかな高級品である事が見てとれる。


 だが二人はそんな事はどうでも良かった。


「メイド……」

「メイド……」


 メイド喫茶にいるようなコスプレファッションメイドではない。

 職業としての、本物メイドだ。

 恐らく日本で一般人が目にかかる事は無い存在。


「何かご入り用でしたら、そちらの結線石をお使い下さい」

「メイド……」

「……何かございますか?」

「握手して下さい」


 とりあえずアヤメが最初に思いついたのはそれだった。


「は、はぁ」


 メイドさんは困惑しながらアヤメの手を握る。

 その手は少しざらついていて、家事を本職とする仕事人の手であると感じさせる。

 やはり本物のメイドだ。

 アヤメは満足そうに、はふぅーとため息をついた。


「携帯ないから写真も撮れない」


 ミーミルは悔しそうだった。


 メイドさんは地味な外見ではあったが、着飾れば間違いなく美人の女性だった。

 深緑のような長くまとめられた緑の髪と、琥珀色の瞳にはどことなく気品が漂っていた。

 しっかりと様々な作法を習得しているのであろう。

 その気品ある美しさは撮った画像からでも必ず伝わる、そう思わせる程であった。


 今この手にスマホが無いのがとても辛い。


「他に何かありましたら、出来る限りご要望にお応えさせて頂きます」

「出来る限り!」


 ミーミルは目を輝かせると、アヤメに耳打ちする。


「なあ、どこまで行けると思う? 夜伽を命じるで通じると思うか? とりあえずおっぱいくらい揉ませて貰えるよな?」

「この猫下衆いよぉ」

「何言ってんだ! お前それでも男かよ! メイドは男のロマンだろ! 男の要望に何でも答えてくれそうな従順で、それでいて優しく接してくれる、夢の」


「もう男じゃない」




 ミーミルは静かになった。

 輝いていた目は、一瞬で泥のように深く濁っている。

 立ったまま死んだようだ。




「あの?」


 メイドさんが不思議そうな顔をして、こちらを見ている。


「大丈夫です。特に問題ありません」

「かしこまりました。それでは失礼致します」


 メイドさんはそう言い残すと、部屋から出て行った。


「しまった。名前きくの忘れてたなぁ」


 アヤメは失敗したと思いながら、部屋を改めて見渡す。

 とても豪華な部屋だった。

 ここはリビングらしく、さらに部屋の奥には三つの扉があった。

 奥にある窓際の扉に近づき、ゆっくりと開いて中を覗く。


 奥は寝室だった。

 自分の部屋のベッドを三倍くらいにした大きさのベッドが置いてある。


 さらに真ん中の扉を開く。

 中には空の風呂がある――恐らく浴室だろう。

 これも自分の家の風呂の三倍くらいの大きさがある。


 最後の扉を開くと、そこはトイレだった。

 さすがに便器は三倍の大きさ――という訳ではないが、部屋の広さは三倍くらいある。

 便器が小さく感じて、所在なさげに感じるほどであった。


 こうやって部屋の中を色々と調べるのは、旅行に来た時みたいで楽しい。


「ミーミル、すごいよ。完全にVIP待遇だよ!」


 そう言ってアヤメは飛び跳ねる。

 ミーミルはそんなアヤメを見ながらぼんやりとしていた。


 まるで修学旅行に来たテンションの上がってる小学生のようだ。

 中身は男だと分かっていても、外見と声さえ可愛ければ、それなりに可愛く見えるものだなぁ、とミーミルは何となく思った。


「さてと、次は……」


 部屋の探索は終わったので、次は置いてある物を調べる事にした。


 まず一番、気になっていたのはさっきメイドが指差した「結線石」なる物体だ。

 メイドの口調からして、恐らく連絡用に使う物体なのだろうが、見た目は六角形で青色の透明な石でしかない。

 本当なら使い方を聞きたい所だったが、ありふれたアイテムの場合『何故知らないのか』という事になりかねない。


 アヤメは机の上に置いてあった結線石を拾う。


「むっ、意外と柔らかい!」


 石だと言っていたが、硬いものではなかった。

 シリコン製くらいの硬さで、握るとグニグニとした触感が返ってくる。

 そして二、三回くらいグニグニすると石が薄らと青く光り出した。


「光り出した」

『何か御用ですか』


 石からさっきのメイドの声が聞こえてきた。

 なるほど、こういう風になっているのか!


「お、おー。えー」


 いきなり繋がってしまったので、何の心の準備もできていなかった。


『? どうかなさいましたか。閃皇様』

「えーあー。お名前を聞いてないと思いました」

『私の名前ですか?』

「あっ、はい」

『コカワです』

「コカワさんですか。これから宜しくお願いします」

『……宜しくお願いします』

「……」

『……』


 不味い。

 通話の終わらせ方が分からない。

 もう一度握ればいいのか?

 アヤメは石をグニグニする。

 すると光がゆっくりと消えていった。


「こうやって使うんだ……。勉強になった」


 アヤメは結線石を机に置くと、窓へと向かった。

 この部屋は中央城の上層に位置しており、窓からの眺めはかなりいいはずだ。


 だが窓には格子がはまっており、開く事はできなかった。

 仕方なく格子の間から、外を見る。

 崩壊した城壁が見える。

 どうやら窓は南側に面しているらしい。

 下を見るのを止め、空を見上げる。



 夕闇が広がる空には、沈みゆく二つの小さな恒星と、緑色の巨大な惑星、真っ赤で巨大な惑星がぽっかりと浮かんでいた。



「…………」


 精神的に余り良くないので、アヤメは外を見るのをやめる。


 アヤメはため息をつくと、近くにあった椅子に座った。

 ふかふかの柔らかな感触。

 この感触は現実のものなのだろうか。


「よし、お約束やっとこうかな」


 アヤメは自分のほっぺたをぎゅむっ、と抓る。

 問題なく痛い。

 もちろん痛みで目が覚める――何て事もない。

 今更ながらの確認だが、やはり現実なのだ。

 自分のほっぺたの幼女らしいプニプニ感も、やはり現実なのだ。


「今更か! 俺はとっくの昔に現実だと認めておるわ」


 戦闘不能状態からいつの間にか復活していたミーミルが言う。


「とっくの昔って、どの段階で?」

「お前に胸揉まれた時」

「なるほど」


 確かに、あの時点で痛いって言ってたなぁ、とアヤメは思い出す。

 二人はソファーに座ると、一息ついた。


「さてと……とりあえず、どうしたらいいもんかねぇ」

「うーん……どうしようか……」

「国の為に何かやる……か」


 目標が漠然とし過ぎている。

 二人はしばらく無言で考えたが、やはり何も思いつかなかった。


「ていうかよく考えたら、この無意味な考え事って本日二回目じゃね?」

「うむー、二回目だね」


 やはり無能二人で考えても埒があかないのだ。

 ならばやる事は一つであった。


 アヤメは結線石を掴む。

 程なく石は光り始めた。


『はい、コカワで御座います』

「オルデミアさんと連絡取れます?」

『申し訳ありません。オルデミア様はただいま出かけております』

「ギャー」


 分からない事は分かる人間に聞くのが早い。

 が、いなければどうしようもない。

 やる事がいきなり頓挫し、アヤメはその場に崩れ落ちた。


 その隙を突き、ミーミルはアヤメが持っている石を奪うと、石に話しかける。


「だったらコカワさん。部屋に戻ってきてくれない?」

『? かしこまりました。用事が終わってからになりますが、よろしいでしょうか?』

「え? 何言ってんの?」

「時間かかりそう?」

『いえ、それほど時間はかからないでしょう』

「何を言ってんの!?」

「静かに。俺にいい考えがあるんだ」


 そういってミーミルは笑顔をアヤメに返す。


 その言葉と笑顔に、アヤメは総毛立った。

 過去の経験から、100%の確率で事態が悪くなる前触れだ。


「それ絶対ダメなやつ! やめて!」


 アヤメはミーミルの石をひったくる。

 だが通信はすでに切れていた。


「何する気なの!」

「アヤメなんか女の子っぽい喋り方だな。どうした?」

「なんかよくわかんないけど、なんかそうなってきた! 外見に心が引っ張られてるかも!」

「あーネカマプレイでよくあるやつね」

「……わたし……じゃなくて俺大丈夫なの……なのか?」


 アヤメはそういって頭を抱えて蹲る。

 その姿は本当に子供がしゃがんで可愛く頭を抱えているように――というか子供そのものなのだが、可愛く見えた。


「不思議と声と外見も相まって、お前が可愛く見えてきたんだが」


「えっ、キモい」

「ヤバいな。幼女にキモいって言われるの、割と精神に来るわ」


「そんな事より、どうするつもりだよ!?」

「簡単な事。コカワさんに、この世界の事を色々教えて貰うのだ」

「絶対ダメじゃん!」

「あと純粋にメイドともう少し話がしたい」

「そっちメインじゃん!」


「大丈夫だ。安心しろ。上手くやってみせるさ」


 そう言ってミーミルはガッツポーズを取る。

 具体的にどう上手くやるか言わないミーミルに、アヤメは更なる不安を募らせる。

 何の説得力も無い。


「剣皇様、閃皇様、いらっしゃいますか?」


 外の扉がコカワにノックされる。


「もう来た!」

「はい、空いてますよぉー」


 ミーミルは能天気な声で返事する。

 その危機感の無さにアヤメは増々不安になる。


「本当に大丈夫だよね? 信じるよ? 信じるからね!?」

「俺を信じろ! 鍵はかかってないんで、どうぞ!」

 ミーミルはそう言って素晴らしい笑顔でメイドを迎える。


「失礼致します」

 ミーミルの言葉で、ゆっくりと扉が開き、コカワが部屋に入って来た。



「失礼します。私も少しお話をさせて頂けますか?」

 さらにリリィ騎士団長が部屋に入って来た。



「失礼しますね! 面白そうなのでついてきました!」

 おまけにミゥン皇帝も入って来た。



「これはもうダメかも分からんね」

 真っ青な顔でそう呟くミーミルにアヤメは殴りかかった。



――――――――――――



結線石=この世界の電話のようなもの。

    グニグニで貯まったエネルギーにより声を飛ばす。

    ただしつがいの石にしか繋がらない。(要は無線糸電話)

    つがいの石は増やせるが

    一人に話したくてもつがい全員に繋がってしまう不便仕様。


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