第二部 三章

第22話 ネーネ族の村

「さあ、この先がネーネ族の村だ」


 ゼロが木と木の間を指差す。


 歩き続けてニ十分ほどした頃だろうか。

 目の前に村が見えて来た。


「おー」

「すごい」


 アヤメとミーミルは同時に感嘆の声を漏らす。


 村といっても、少し開けた広場のような場所があるだけだった。

 地面に家は見当たらない。


 何故なら家が建っているのは木の上だったからだ。

 木製の質素な家だが、造りはしっかりしている。


「これが憧れのツリーハウスか」


 ミーミルが目をキラキラと輝かせる。

『木の上にある家』というのはロマンの塊なのは確かだ。


 子供の頃にツリーハウスに憧れた人は多いだろう。

 アヤメとミーミルも憧れた人間の一人である。


 二人が子供の頃にチャレンジしたが、木の幹に段ボールの箱を引っかけて収まるのが精いっぱいであった。


 もちろん親に怒られた。


「すごいなぁー」


 木の上に十軒近くの家が並んで建っているのを見ると、感嘆の声しか出てこない。

 家を支えられるような、巨大な木が大量にあるからこそ出来る芸当だ。


「先に長老に話しておく」


 イカルガは翼を広げると、宙に舞う。

 そのまま羽ばたきながら、少し大きめの家へと飛んで行った。


「私も先に行っていますね」


 ミョルドも木霊触を伸ばすと、木の上へと上がっていく。

 木の家に上がるのに梯子らしき物は見つからなかった。


「……これどうやって上がるんですか?」

「普通に上がればよかろう」


 アヤメの質問に、ゼロは木霊触を出す。

 ゼロは触手を粘着させると、近くの木に上がる。


「アベル殿は木霊触を使った事は?」


 パークスも手から触手を出現させる。


「使った事はないですが……やってみましょう。木霊触アルファロ・ライン


 アベルの手が薄く緑色に光ると、透明の触手が伸び出てきた。


「使い方にコツがあります。自分が着地したい位置より少し上に粘着させてから、収縮させます。そして着地点に足がつく少し前くらいで触手を消してください。消さないと勢いが殺されず、そのまま木に叩きつけられます」

「なるほど」


 アベルは家が建っている辺りに触手を飛ばす。

 使った事のない法術だったが、見よう見まねだ。


 ぐっと引き戻すと、思っている以上のスピードで引っ張り上げられた。


「っ、おっ」


 アベルは慌てて触手を消す。

 勢いが落ち、何とか木の枝に着地できた。


「おお……一発で」


 パークスはアベルの法術センスの良さに驚く。


「パークス様が最初にやった時は木に直撃でしたね」

「その話はやめろ」


 パークスは部下を睨んだ。


「ヒェーッ。先に行きます!」


 睨まれた部下はわざとらしく悲鳴を上げると、木の上へ逃げていく。


「全く……」


 パークスは深いため息をつくと、ミーミルとアヤメを見た。

 二人は木の上にいる兵士達を見ながらボンヤリとしている。


「どうされました?」

「……」


 アヤメとミーミルは顔を見合わせる。


「その――なぁ?」

「うん」

「ああ、気にせず先に上がって頂ければ」


「いや、実は先に行けないのだ」

「え?」


「その――何というか、法術――というやつは……」


 ミーミルの煮え切らない言葉にパークスは首を傾げる。


「実は法術ってやつ、使えないんだよね」


 アヤメが申し訳なさそうに言う。


「え!?」


 パークスは思いもよらない言葉に、目を見開いた。


「何かの冗談ですか?」

「いやー、冗談でもないんだな、これが」

「すっかり使い方を忘れてしまって」

「法術というのは、お二人が考案された技術と歴史書にも――本当ですか?」


 そう。

 知っている。


 オルデミアから受けた日々の授業で、法術というのは、かつての剣皇と閃皇が発明、考案したものであると聞いていた。


 この世界には魔法というものが存在していた。


 だが魔法というのは、ごく一部の適性を持っている生物しか扱えなかった。

 魔法を使うには魔力を体に貯める魔力容量マナ・キャパシティと、魔力を体に通す魔力経路マナ・ラインが必要となる。


 そして人間には、その魔力容量が存在しなかったのである。


 蛇口はあるが、水の溜まらない穴の空いたタンクに繋げられているようなものだ。

 それではどう頑張っても水は出ない。


 そこで閃皇と剣皇は魔力容量を、自分の身体からではなく、別の存在から魔力を貸し与えて貰う方法を見つけたのである。

 自分の体力を上位存在に与える代わりに、魔力を分けて貰う法を編み出した。


 それが法術。


 魔法とは、また違うアプローチで完成させた魔術体系である。


 だが二人は法術を使えなかった。

 どれだけ挑戦しても効果が発動しない。

 オルデミアにも、その理由は分からなかった。

 

「使えない――という事などあるのですか」


 確かに才能によって、得意な法術や苦手な法術といった個人差は出る。

 だが全く使えないというのは、聞いた事が無い。


「木霊触!」


 ミーミルは叫んだ。

 何も起きない。


 初歩の精霊に力を借りる法術ならば、ちゃんとした発声とイメージトレーニングさえすれば簡単に発動できる――。


「木霊触」


 アヤメの手からも何も出ない。



 ――はずなのに、実際に何も起こらないのだ。


「どういう事ですか」

「実はこっちが聞きたい」

「完全に謎なのです」


「う、ううん。一度死んだ事で、何らかの繋がりが切れてしまったとか? 例えば世界か……現神か……?」


 パークスは顎に手をやり、考えこんでしまう。

 

 アヤメやミーミルに何故、法術が使えないのか。

 パークスやオルデミアには考えても分からないだろう。

 だがアヤメとミーミルには理由が分かっていた。


 

 二人はこの世界の人間ではない。

 世界との繋がりや現神との繋がりも何も無い。


 突然、降って湧いたイレギュラーである。

 そんなイレギュラーに対応する『法』など、存在する訳がないのだ。



「うーん、どうやって上がるかね」


 家の高さはおおよそ五メートルの所にある。


 ミーミルは恐らくジャンプで届くだろうが、アヤメは届かない可能性がある。

 それは例の城壁を登るイベントで予習済みだ。

 いざとなったらアヤメだけ貫手で木に指を突き刺しながら上がってもいい。


 だがそれがビジュアル的にヤバいのも予習済みであった。


「あの……私が引き上げましょうか?」


 パークスが控えめに言う。


「重量オーバーで触手切れたりしないか?」

「大丈夫ですよ。あの触手は見た目より遥かに強靭です。女性一人の重量程度、どうという事はありません」

「よし、なら頼む!」


 ミーミルは両手を挙げてバンザイした。


「……?」

「ん? どう持つ?」

「えっ、あ、いえ! そうではなく!」


 パークスは自分が木の上に上がってから、ミーミルに触手をくっつけて引き上げるつもりであった。

 そしてミーミルの方は自分を抱えたまま、パークスが上に上がるのだと思っていた。


「背中におぶさった方がいいか」


 ミーミルはパークスに近寄る。


「いえ……そうではなく、ですね」


 パークスはミーミルから一歩、離れる。


 触手をくっつけて引き上げるのは無礼だろうか?

 背中に乗せて一緒に上がった方が良いのではないか?


 だが、そうなると。


 先日の闘技場で見た色々な光景がフラッシュバックし、パークスの脳内に葛藤が生まれる。


「どした、パークス?」


 ミーミルはさらに一歩、近づく。

 考える時間が一歩、縮まる。

 パークスをさらなる葛藤の渦が飲み込む。

 

 そして、その葛藤を遮ったのは全く別の人間であった。



「パークス様、どうされました?」


 木の上から、ミョルドが降りて来た。


「あ、ああ……ミョルド」

「随分と遅いので心配しましたよ。何かあったのではないかと」

「特に何も……ないよ」


 そう言ってパークスはミョルドに笑みを浮かべる。

 その笑みがいつもと違って、僅かにぎこちないのにミョルドは気づいていた。


「私がちょっとモタついてたせいなんだ。法術がどうも苦手で……」


 ミーミルがパークスのフォローをする。


「さ、パークス早く引き上げてくれ。みんな待ってるし」


 そう言ってミーミルはパークスの腕に抱きつく。


「――っ!!」


 パークスは顔を真っ赤にする。


 その反応で、ミョルドは理解した。


 

 恐らく、この女性こそが、パークスの婚約相手なのではないか? と。



「なるほど。そういう事ですか……」


 ミョルドは誰にも聞こえないような小声で呟く。


 婚約者が亜人種とは思ってもいなかった。

 それなら自分にも、十分に可能性があるのではないか?


 愛人ではなく、本妻になれる可能性が。


 ミョルドは俄然やる気になった。


「パークス様は触手の扱いがお上手ではありませんから、私もお手伝いしますわ」


 ミョルドはそう言ってパークスの反対側の腕に抱きつく。


「りょ、りょ、両手が塞がっていては」

「大丈夫ですよ。私は『二人同時』でも、問題ありませんから」


 ミョルドはそう言ってミーミルに意味深な笑みを浮かべる。

 その笑みにミーミルは笑顔を返す。




「やっぱうさ耳カワイイなー」と考えながら。

 

 

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