第23話 長老との出会い
パークスは両手に、けものっ娘を抱きながら――。
いや、両肩をけものっ娘(?)に固められながら、木の上へと送り出されていった。
「それより私はどうしよっかなぁ」
アヤメは木の上を睨む。
木を登るのは恐らく不可能なので、誰かに持ち上げて貰うしかない。
「ごめん、私も頼んでいい?」
アヤメはとりあえず近場にいた兵士に言う。
「わかりまし」
「畏まりました!」
アヤメが話しかけた兵士が突き飛ばされて吹き飛ぶ。
代わりにブラストソードの人が凄い勢いで割り込んできた。
「う、うん。まあ、誰でもいいんだけど。大丈夫?」
地面に倒れた兵士はうつ伏せのまま動かない。
「私は法術の扱いに長けております。私が作戦を行うのが最も適任かと」
「そ、そっか。じゃあ、任せる……」
「では触ってもいいでしょうか」
「触る?」
「どうお持ちすれば宜しいでしょうか」
「うーん、適当に?」
「…………」
そう言うと、ブラストソードの人はいきなり黙り込んでしまった。
しばらく沈黙が辺りを支配する。
アヤメとブラストソードの人、地面にうつ伏せの兵士以外は、もう木の上に上がってしまっているので、とても静かになった。
「…………」
「…………」
「…………………」
「あの、こっちから持ち方を指示した方がいい?」
「いえ! 今、ベストな抱き方と重心を考えているのです! 少々お待ち下さい!」
「適当でいいのに」
「閃皇様に触れるなど一生に……いえ! 閃皇様に何かあってからでは遅いのです!」
この高さから落ちた所で、恐らくダメージも何もないと思うけど……。
が、それを言った所で信用されないだろう。
アヤメは大人しくブラストソードの人が答えを出すまで待つ事にした。
そうして、さらに数分が経った頃。
顔を上げると、兵士は答えを導き出した。
「……これしか考えられません」
「はい」
「アヤメ様、私と向かい合って胸にしがみついて下さい。手を背に回し、足は腰に回して貰ってですね。顔は私の胸にしっかり押し付けて固定します。もちろん邪魔なプレートメイルは外します。つけていると、ゴツゴツしますからね。そして私が右手で触手を出し、左手でアヤメ様を優しく抱きしめ固定します。これが最も重心が安定します。ではお願いします」
「今、すごい早口だったので、ゆっくり喋って下さい」
「説明では分かり辛いでしょう。何事も習うより慣れよと言います。という事で、まずは私に抱きついて下さい。それから順を追って説明します。プレートメイルは脱ぎました。これでゴツゴツしないはずです。ではどうぞ」
「何か息が荒いけど、もしかして緊張してたり、疲れてる? 緊張してるなら――」
「完全に元気です。何も問題ありません。早く」
「そ、れなら、まあ……」
兵士の物凄い勢いに押されて、アヤメはゆっくりと近づく。
問題ないとは言っていたが、何だか目が血走っているし、息が荒い。
何だか気味が悪いなぁ、と思いながらもアヤメは兵士に手を伸ばす。
ブラストソードの人は、目の前に迫るアヤメに触れられるのを今か、今かと待つ。
その動きは緩慢で余りにじれったく、もういっそ押し倒してしまおうか。
という獰猛な衝動が溢れるか溢れないかのギリギリであった。
「何をやっている」
その犯罪行為を遮ったのは全く別の存在だった。
ばさり、と羽をはためかせ、降りて来たのはイカルガだ。
遅いアヤメを心配して迎えに来てくれたのである。
「あ、イカルガさん」
「どうした? 皆、もう長老の家にいるぞ」
「上がるのに、ちょっと手間取っていて」
「乗せてやろうか?」
「え?」
「背に乗せて飛んでやろう」
「はい!! お願いします!!!!」
この世界に来て、最も大きな声が出たかもしれない。
アヤメはイカルガに駆け寄る。
「では腰辺りにしがみつくといい。手を離すなよ」
「はい!!」
アヤメは目を輝かせながら、イカルガの腰にぴょん、としがみつく。
「んがあああああああああはぐうううあおおお」
ブラストソードの人は発狂すると、イカルガに襲い掛かった。
突き飛ばす為に、全力でタックルする。
「少し待て」
イカルガは片手一本でタックルを払いのける。
力のベクトルをずらされ、ブラストソードの人は地面に頭から突っ込んだ。
「背に乗せるのは一人が限界だ。そんなに勢いよく来られても困るぞ」
「頭から地面に突っ込んだけど」
「ここは苔のお陰で全面クッションのようなものだ。あの程度の勢いで地面に突っ込んだ所で、せいぜい擦り傷くらいしかできんさ」
「それなら良かった」
「では飛ぶぞ。しっかり掴まっていろ」
イカルガは羽を羽ばたかせる。
ぶおん、と風がアヤメの金色の髪をなびかせた。
足が地面から離れる。
地面がみるみる遠くなっていく。
「わぁー!!」
アヤメは空を飛んでいた。
飛行機でもハンググライダーでも何でもいい。
いつかこんな風に、何かを使って空を飛んでみたい。
幼い頃の夢の一つが叶った瞬間だった。
だがそれも長くは続かない。
イカルガは長老の家まで滑空すると、着地する。
ほんの十数秒ほどの空中散歩であった。
「よし、降りていいぞ」
アヤメの足はすでに地についている。
だが動こうとしない。
「どうした?」
「――もうちょっと飛んで欲しい」
アヤメはイカルガにしがみついたまま、呟くように言う。
「ふ、また今度な」
イカルガは微かに笑みを浮かべると、幼い子をあやすように、アヤメの頭を優しく撫でた。
「んー……」
アヤメは不満げに唸りながら、イカルガの腰から手を離した。
「聞き分けの良い子だ」
イカルガはアヤメの頭を、さらに撫でる。
女性の手とは思えない硬い感触のする手のひらだったが、アヤメには不思議と心地よく感じられた。
きっと女性ながらに、この手で村を護って来たのだろう。
「いかん。村の子供のようにしてしまったが、良かったのか」
頭を撫でていたイカルガが、いきなり手を離す。
「え?」
「アヤメもアイリス帝国の切り札なのだろう? 見た目は子供だが、それなりの地位がある者ではないのか」
「大丈夫だよ。力があるだけで、平民と一緒だと思って貰えば」
「そうなのか。ではアヤメと呼び捨てでも大丈夫だな?」
「うん。みんなはかしこまってるけど、気にしなくていいよー」
二人は談笑しながら、長老の家へと入って行く。
「がああああああああああ反則ああああっらあああああ」
下で兵士が何か叫んでいたが、そんな二人の耳には入らなかった。
「遅いぞ。何やってたんだ?」
長老の家に入ると、すでにミーミル達は一人の亜人種を中心に並んでいた。
真ん中にいるのは一人の老女。
眼鏡をかけ、顔には深い皺が刻まれている。
茶色の兎耳を備えているが、その毛並みには白髪が混じっていた。
おそらくこの人が、ネーネ族の長老なのだろう。
「おお、可愛らしい子じゃな」
老女はアヤメを見ると顔を綻ばせた。
「こんにちは。アヤメと言います。よろしくお願いします」
アヤメは老女に向かって頭を下げる。
「挨拶もきちんと出来ておる。きっと親の躾が良かったのじゃろう」
そう言って老女は、横にいる二人をちらりと見る。
「……」
老女の横には、二人の子供がいた。
短く切り揃えられた黒く艶やかな髪の毛。
亜人種の証とも言える尻尾と丸く広い耳。
その長い尻尾は股の間に挟まれている。
透明な湖水のように淡い青の瞳が印象的だった。
「見慣れない人が多いから、びっくりしているんです」
「……」
ミョルドの言葉にも、子供たちは無言だった。
その表情には怯えの色を濃く滲ませている。
「大丈夫、怖くないぞぉー」
ミーミルは子供たちに、おどけた風に笑いかける。
それを見た子供たちは老女の後ろに素早く隠れてしまった。
「これ、セツカ、リッカ。ちゃんと挨拶しなさい」
だがセツカとリッカと呼ばれた幼女達は動こうとしない。
顔が固い。
ミーミルが話しかけたせいで、さらに怯えてしまったようだ。
「何で俺は毎回こうなんだ?」
ミーミルは悲痛な顔をしながらアヤメに言った。
昔からミーミルは子供に何故か恐れられる。
初対面で絶対に懐かれない。
下手すれば泣かれる。
アヤメはセツカとリッカを見る。
二人はアヤメの視線に気づき、警戒しながらアヤメを見る。
アヤメは二人に向かって笑いかけた。
セツカとリッカは老女の陰に隠れる。
だがミーミルとは違って、少し雰囲気が柔らかくなったようだった。
隠れながらもアヤメの様子を、じっと伺っている。
「申し訳ありませぬ。二人はいつも、こうなのです。お気を悪くなさらず……」
「いえ、慣れてるんで。ハハッ」
老女のフォローにミーミルは乾いた笑いを浮かべた。
「では揃ったようなので始めましょうか」
悲しみに暮れるミーミルの気を紛らわせるかのように、パークスが明るく声を張る。
そうして人と亜人種との命運を握る会議が、始まった。
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