第一部 四章

第41話 南部領への旅立ち

 翌朝、南部領地へと向かう準備が整った。


「今日は流石に朝飯イベントはやらないよな?」


 ミーミルは服や道具を纏めながら、アヤメに話す。


「時間ないから自分のを作るので精いっぱいだよ」

「ならいいんだが――」



 

「――って言ってたよな? 俺の記憶がおかしいのかな?」

「だってこんな待たれてたら仕方ないし!」


 アヤメは料理を作りながら叫ぶ。

 簡単なサンドイッチでも作ろうとしたら、すでに食堂には兵士達が待機していた。


 アヤメが食堂に入った瞬間に『おおー!』と感嘆のため息が漏れ、『今日から閃皇様が帰ってくるまでお預けだ』やら『今日こそ絶対に食べてみせる』と兵士の意気込みが食堂に木霊する。

 そんな状況でアヤメが「今日は無しです! 解散!」と言える訳がなかった。


「マジで時間ないから三食だけな?」


 ミーミルの言葉に隣に座っていたオルデミアも頷く。

 今回の移動にはオルデミアもついて来る。

 ただしジェイドタウンに滞在できるのはニ、三日程度だ。

 それ以上の滞在は第一騎士団の活動に影響が出る為、不可能であった。

 二人を南部に置き去りにするのは非常に不安だったが、中央にいるよりは安全なはずだ。


「閃皇様、食事を作って下さるのは有難いのですが、マキシウス様もお待ちですので」


 アベルは控えめながらも釘を刺す。

 オルデミアよりメインの護衛で付いてくれるのはアベルと、その部下のアカ隊だった。

 アベル達はオルデミアが帰った後も、護衛として一緒にいてくれる。


「できた! 運んで!」

「かしこまりました」


 コカワが慣れた手つきで皿を机に運んでいく。

 机にはすでにジャンケン大会を勝ち抜いた三人の英雄が着席しており、皇帝の手料理を今か今かと待ちわびていた。


「やった! 家族に自慢できるぞ!」

「美味い。泣きそうだ」


 兵士達は大喜びで食事を口に運ぶ。

 幸運な兵士達の後ろで、あぶれた兵士達が恨めしそうに、その様子を見ている。

 そしてほんの一瞬だけ、アヤメの方を見るのだ。


 チラリ、チラリと。


「……」

「閃皇様、時間がないのです」


 察したオルデミアがアヤメに釘を刺す。


「……あ、と」

「閃皇様」

「後、二食――」


 ミーミルがアヤメを口を素早く塞ぐ。


「もがー!」

「コカワさん! そこの作りかけの料理をパンに挟んで持ってきて! オルデミア! 今すぐ出発する! コイツはもう駄目だ!」


 ミーミルは抵抗するアヤメを引きずりながら食堂から出て行った。



 

「もう少し時間あったと思うんだけどなぁ」

「時間にルーズなのは許されない。上司が出勤する三十分前に出勤するのは当然の事だ」

「それはそれで何かおかしい気がする」


 アヤメとミーミルはジェイドタウン行きの馬車に乗りながら話していた。

 外装は黒と金で厳かに装飾されているが、塗装の下は弓や槍も通さない鋼鉄製だ。

 さすがに皇帝用だけあって堅牢に作られている。

 窓もあるが、これもガラスのような脆いものではなく、固く透明な鉱石から切り出した石板が、はめ込まれているらしい。

 室内はクッションの効いた椅子が置かれており、揺れ自体も少ない。

 馬車というのはかなり揺れるものだと聞いていたが、相当な工夫がされているのだろう。


「ジェイドタウンまでは半日だっけ」

「オルデミアはそう言ってた気がする」


 馬車の中にいるのはアヤメとミーミルだけだった。

 オルデミアが率いる第一騎士団のアカ隊とクロ隊が外を固めている。

 選ばれた騎士だけがついてきているらしいが、それでも百人近い。

 これくらいの人数がいれば、移動中に『露骨にアピールしている皇帝の馬車に仕掛けてくる謎の盗賊団』が襲ってきたりもしないだろう、という事だ。


「いやー、ほんと修羅の国だな」

「昔の人ってみんなこんな感じだったのかな」

「まあ皇帝となりゃ、こんなもんだったのかもしれんな」


 そう言ってミーミルは窮屈そうに体を捻った。


「しかし外に出るからって、この服は着なければならなかったのか」


 ミーミルとアヤメは、ドレスを着せられていた。

 ミーミルは黒の落ち着いた雰囲気のドレス。

 アヤメはフリルがついた可愛らしい子供用のドレス。

 皇帝が外に出るならば、これくらいのちゃんとした恰好は必須らしい。


「旅に出るんだから、もうちょっとラフな格好でいいっしょ」

「たぶん、そういう時に豪華な恰好をするのが金持ちや権力者って奴なんだと思う」

「おのれハイソサエティめ。いずれ復讐を――っていうか、俺が今ハイソサエティか? なら別にいいのか。まあいいか」


 ミーミルは自己完結すると、馬車の椅子に横になる。


「寝るの」

「猫成分が入ったせいか、ちょっと暇が出来ると眠くなるんだよ。飯の時には起きるから」


 ミーミルはそう言い残し、目を閉じた。


「ほんと猫みたい」


 アヤメは呆れながら馬車の窓から外を眺める。

 巨大な城を擁する帝都は、すでに遠く離れつつあった。


 

 帝都は予想以上に大きな都市だった。

 城を中心に、綺麗な円状に発展しており、最初からしっかりと計画されて作られている街だという印象だった。

 道もしっかりと舗装してあり、家も煉瓦造りのしっかりとした建物が多い。

 特に城に近い程、大きく美しい邸宅が立ち並んでいた。

 城から離れるにつれて、商店や住宅が多くなっていく。


 人々は概ね、平和そうな生活をしていた。

 ただ外壁に近づくにつれ、戦災によって浮浪者となっている人々が、ちらほらと見受けられた。

 まだ帝都にまで戦火は及んではいないが、戦争の影響は確実にこの国を蝕んでいる。


 帝都はそんなイメージだった。


「わー、一面の麦……麦かな? よく分かんない植物畑」


 帝都を抜けてしばらく走ると、帝都の人々を支えていると思われる穀倉地帯に入った。

 あれが食堂で見た事がある謎の穀物だろう。

 緑色の草で、実が出来るとすぐに刈り取る。

 そして天日干しを行ってから脱穀すると、細長い米みたいな実が採れるらしい。

 植物の名前は――ササミ麦とかいう鶏肉ぽい名前だったはず。


「しかし見渡す限りの麦だ」


 限りなく畑が続いている。

 たまにちらほらと人の姿が見えるが、何事かとこちらを見るくらいだ。


 あれだけの都市を支えるなら、これくらいは必要なのかもしれない。

 麦だけでなく、違う植物の畑もあるがアレは野菜とかそういうのだろう。


「……畑ばっかりだなー」

 

 畑だけの風景は、そこから二時間、続いた。

 その後は牧草地風景が一時間、続く事となる。



――――――――――――



ササミ麦=帝国の胃袋を支える主食。粉にしてパンにしたり、そのまま蒸して食べたりする。

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