第40話 恐るべき神
「精霊は我々の目に見えない。精霊王も我々の目に見えない。純粋なエネルギー体であるその二つは、体を持っていないのだ。だがそれらより上位の存在は、その強力なエネルギーを可視化できる程に圧縮し、形を成している。それが精霊王を統べる存在。現神だ」
「うつつがみ――」
「現神は、目に見える。そして直接、世界に影響を及ぼす」
「神が見える、って何か凄いね」
「そんな感想を聞いたのは初めてだな。現神は恐るべき存在だ。世界で現神の恐怖を知らぬ者はいないだろう」
「邪神みたいな感じ?」
「邪神――という訳でもない。正直な所、余りに遠大な存在で、把握しきれていないのが現状なのだ。少なくとも数百万年前から、世界には存在しているはずだ。砂漠の遺跡から、その存在を示唆する遺物が出土している。その文明は現神に滅ぼされたようだが」
「やっぱり邪神なんじゃ……」
「だが砂漠を森に変えるのも、やはり現神であるのだ。会話も可能だし、人に力を貸したという話もある」
「……?」
「何というか――行き当たりばったりなのだ。何を考えているのか分からん。現神の性質を明確に表現しているお伽話がある。読んでみろ」
オルデミアは本のページを開く。
アヤメはそこを読んでみた。
――――――――――――
むかしむかしのことです。
さばくにかこまれた国がありました。
水がなく、困ったおうさまは雨がふるように 天におねがいをしました。
するとある日、とつぜん雨がふってきました。
「どうだ。雨をふらしてやったぞ。これで国はだいじょうぶだ」
そういって天からうつつかみが笑いながらおりてきたのです。
おうさまはたいそうよろこび、うつつかみにお礼をいいました。
かみさまは、まんぞくそうにすると、国を去りました。
ところが雨がやみません。
やがてさばくの国は川にしずみました。
それから数百年たって、またうつつかみが国にようすを見にやってきました。
そして大きな川を見て、こう言いました。
「雨を降らせたのに、国をなくすとは、なにごとだ」
うつつかみは怒り、周りの国にあらしを起こし、かんけいのない周りの国をめちゃくちゃにしてしまいました。
めちゃくちゃになった国のおうさまたちは、かなしみました。
そしてみんなで、あらしが収まるように天にいのりました。
うつつかみはねがいをききいれ、怒りをしずめました。
「わかった。もうこんな事はやめにしよう」
うつつかみは反省し、その地を去りました。
すると雨がふらなくなりました。
周りの国は全てさばくになりました。
おしまい
――――――――――――
「狂ってる」
「実話だ。遥か西のエリアナ砂漠には、その時の国の残骸が今も残っている」
「これが実話!」
「こういう風に現神というのは、通常の生物では測り切れない価値観で生きている。世間一般的には、精霊王のように信仰や尊敬の対象ではなく、畏怖や忌避すべき物という扱いになる事が多い。基本的に関わるとロクな事にならないのだ」
こんな存在が実在しているなんて。
架空の存在ならいいが、現実に存在していると洒落にならない。
この世界の人々は例えるなら『意思を持った気まぐれな核爆弾』に怯えながら過ごしているのだ。
「倒そう――とかならなかった?」
天敵とも言える存在のはずだ。
そして生きているなら殺せるはずである。
世界が違ったとしても、何とかして対抗しようと思うのが、人の常だとアヤメは思った。
「うむ……実は倒した事があるらしい」
「! だったら!」
「かつて世界の半分を支配した王国があった。その王国は傍若無人な現神を倒す為に、そしてさらなる発展を遂げる為に、現神に戦いを挑んだという。そして数えきれない程の犠牲を出し、多くの英雄たちの活躍によって、二十年という長い戦いの末に勝利し、現神をついに打ち取ったのだ」
「凄い」
「その一年後、倒した現神がどこからともなく復活。怒り狂った現神に王国は再度攻撃を受け、完全に滅んだ」
「……」
「それで我々、人々は知ったのだ。現神を殺しても、何の意味もないのだと。死力を尽くして戦い勝ったとしても、一年経つと勝手に復活する存在相手に、まともにぶつかっても無意味だと」
無茶苦茶だった。
リスクとリターンが釣り合っていなさすぎる。
正しく相手するだけ無駄だ。
「それで、結局どうしたの?」
「どうしようもない。ただ逃げるだけだ。現神にはテリトリーがあり、他の現神がいる近くに現神は近寄ろうとしない習性がある。その習性を利用して、比較的大人しい現神の近くで人々は発展を遂げている」
そう言ってオルデミアは帝国の地図を描いた。
「南部領地が蛮族の地と呼ばれているのは知っているな」
「うん」
「南部領地には、おおよそだが半径数百キロに及ぶ広大な森林が存在する。その森林地帯を蛮族の地と呼ぶのだが、本来の呼び名は『現神の森』と言う」
「森の中に、現神が住んでるって事?」
「というか森そのものだな。森の木々は眠っている現神の背に生えていると言われている」
「は?」
「あの場所が気に入っているのか、文献によると現神はあそこから数千年は動いていない。つまり何千年も安定した土地、という事だ。あの場に現神がいるから他の現神は帝国領域に現れないのだ」
「ちょ、ちょっと待って。現神ってそんなデカいの!?」
「木の現神『テラー』は巨大だ。人と同じくらいの現神もいるし、小動物くらいの現神もいるらしい。まあ大きさに関しては好き勝手変化できるという説もある」
スケールが大きすぎて、段々と訳が分からなくなってきた。
ミーミルはとっくに熟睡していて、話についていっていない。
アヤメも頭が少し痛くなる程だ。
「ま、まあ何千年も動かないくらいに大人しいなら安心なのかな……」
「そうでもないのが、また難点なのだがな……」
オルデミアは黒板に書いていた現神の下に矢印を描き、矢印の先に『現神触』と書いた。
「うつつかみさわり。これは現神に気まぐれで力を与えられた生物だ」
「現神の配下――みたいな?」
「配下という訳でもない。本当に現神は気まぐれでな。何となく目についた生物に、自分の力を分け与える事がある。分け与えた後は、完全に放置だ。作るだけで、自分で面倒を見るつもりは無い」
「何て迷惑な」
「当然、現神の強力な力に生物が耐えられるはずもない。与えられた生物は異形化し、ただの化け物と化す。元の生物とは別種の生き物になってしまうのだ。しかも現神触は、たいていが狂暴化している」
「め、迷惑過ぎる」
「さらに面倒な事に、こいつ等は他現神の縄張りでも平気に侵入してくる上に、とんでもなく強い。軍を率いて戦ったとしても、追い返すので精いっぱいだ。いくつもの村が、突然現れた現神触に滅ぼされている」
「何か弱点とかは?」
「無いな……。遭遇しない事を願うしかない。まあ絶対数が少ないので、死ぬまで一度も見た事のない人間が殆どだ。あちこちを行商する商人は、稀に見る事もあるようだが、それも十年に一度見るかどうからしいな。近寄らず刺激しなければやり過ごせると聞く」
思っていたより、かなり殺伐とした異世界のようだ。
戦う事が意味を成さないのは、かなり厳しい。
しかもその相手が神だなんて。
「そういう途轍もなく面倒な存在が現神という訳だ。恵みをもたらす事もあるが、同様に滅びももたらす。現神を上手に利用しながら、人々は発展してきたのだ」
「なるほどー」
「長くなったが、現神は知らない者がいない存在だからな。出来る限り教えておきたかった」
「勉強になりました」
「それならば良かったのだが」
オルデミアはミーミルを見る。
ミーミルは突っ伏していたのが辛かったのか、顔を横に向けて寝ていた。
口から涎が流れ出て、机に広がっている。
「辛い食べ物を口に突っ込んでやりたい」
アヤメは素直な気持ちを言った。
「部屋に何かあったかもしれない。探して来よう」
「うん。お願い。耐久テストにもなるし」
これで辛さは状態異常に入るかどうかが調べられる。
もし抵抗が発生するなら、状態異常に入るはずだ。
身体的状態異常なのか、精神的状態異常なのか。
ゲームではナウシュカ族が身体状態異常耐性が高く、聖霊族エタニアは精神状態異常耐性が高くなっている。
ミーミルは毒や麻痺には強く、アヤメは精神操作や幻惑に強い。
では辛さはどちらに入るのか?
身体状態異常なのか、精神状態異常なのか?
そもそも状態異常に入るのか、入らないのか?
「部屋に好物のレキシンハーブのソースがあった」
オルデミアが赤い液体が満たされた小瓶を持ち、部屋に戻って来た。
レキシンハーブは料理で使った事がある。
唐辛子のように辛みを出す為に使うハーブだ。
ただ料理で使った時は粉末で、液体ではなかった。
「料理に数滴垂らせば、辛みが効いて美味くなる。私は辛めの料理が好きでな」
「じゃあ今度、そのソース使ってご飯作ってあげよっか?」
「う……う……む……。頼む」
アヤメの言葉に、オルデミアは何故か顔を少し赤くしながら頷いた。
これは毒見ではない。
毒見という建前は存在しない。
純粋に『料理を作って貰う』のが目的だ。
年端もいかない子供に、ごく普通にご飯を作ってもらうなど、本当にいいのか?
という葛藤があった事にアヤメは気づかなかった。
「じゃあ今日の所はとりあえず」
アヤメはレキシンハーブソースをオルデミアから受け取る。
蓋を開き、ミーミルのだらしなく開いた口にソースを振りかけた。
「言うのを忘れていたが、それは粉末より濃縮されているから慣れてないとキツいぞ」
「へー」
「ニャッ……? ニャッ! ニャッ!!!!!」
突如ミーミルが奇声を上げ、縦に跳ねた。
どうやら辛さは状態異常扱いではないっぽい。
これで一つ謎が解けた。
何事もこうやって一歩一歩、足場を固めていくのだ。
場所が違っても、世界が違っていても、結局は一緒なのだろう。
天井に突き刺さったまま動かないミーミルを見ながら、アヤメはそう思った。
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