第42話 少しずつ道を踏み外す騎士団長

「よし、この辺りで食事にしよう」

「全軍停止! 休憩にするぞ!」


 オルデミアの命令で行進が止まる。


 穀倉地帯を抜けた辺りで、すでに部隊は南部地域に入っていた。

 牧草地地帯を抜け、少し進むと現神の森がある。

 その森を避けて通り、さらに進めばジェイドタウンだ。

 森の中を通るのは自殺行為なので、森は迂回していくが、それでも現神の影響で周囲には木が多くなってくる。

 視界が悪くなる前に一度、休憩は取っておきたかった。

 刺客に襲われるのもあるが、現神に近ければ近い程に魔物の生息数も増えてくる。

 長く立ち止まれば、それだけ危険になる。

 現神の森周辺は、なるべく一気に過ぎ去ってしまいたかった。


 オルデミアはアヤメとミーミルのいる馬車に近づく。

 あの馬車は防音性も高い。

 外の声は中に届いていないだろう。


「失礼します」


 一応一声かけ、ノックをしてから鍵で馬車の扉を開く。

 アヤメとミーミルは椅子の上で眠っていた。


「大人しいと思ったら、眠っていたか」


 ミーミルの寝顔は見慣れたものだが、アヤメの寝顔は初めて見るかもしれない。

 オルデミアはアヤメを起こそうと近づく。


「……ううむ」


 思わず唸ってしまった。


 とても気持ちよさそうに眠っている。

 何故か起こす事に罪悪感を覚える程に。


 オルデミアは人差し指でアヤメの頬をつつく。

 衝動的につついてしまった自分に驚くオルデミア。


 アヤメの頬はぷにぷにしていた。

 何度でも触りたくなるような柔らかさだ。


 もう一度、オルデミアはアヤメの頬をつつく。

 今度はつつくというより、押し込んでからぐにぐにと動かしてみた。


「……む~」


 アヤメが小さく声を漏らすと、右腕で目を隠す。

 今度は柔らかそうな二の腕がさらけ出される。

 オルデミアは二の腕をぷに




「 こ れ 」




 オルデミアの後頭部にもさっとしたモノが当たった。


「! !? !!」


 オルデミアは驚いて立ち上がり、振り向いた。


「これ、そこの騎士団長。何をしていますか?」


 そこには横になったミーミルが、くわっと目を見開いていた。

 寝転がったまま、ドレスの裾からはみ出る尻尾でオルデミアの頭を叩く。


「何をしているのです、か?」


 尻尾で叩く。


「い、いや……その、アヤメを起こそうと」

「ほっぺつんつんと二の腕ぷにぷにで、ぐっすりと寝ている子供が起きます、か?」


 叩く。


「……う、うむ……起きないかも……しれんな」

「幼女にイタズラはいけません、よ。そういうのお姉さん関心しません、ね」


 二連撃。


「い、イタズラなど! 悪意があった訳ではない。柔らかそうだな、と思っただけで」

「いやー、オルデミアさんはロリコンだったかー。見た目からは想像も出来なかったわ」

「違う! 私の好みは、こう清楚で、お淑やかな! 大人の女性だ!」


「むー、何を騒いでんの?」


 騒いでいるせいでアヤメが起きた。


「オルデミアの好みの女性を聞き出してた。な、オルデミア!」


 オルデミアは無言で目を閉じている。


「ふぅん……」


 アヤメは目を擦ってから背伸びした。


「あー、寝ちゃってた。もう着いた?」

「あ、ああ……いや、まだこれからだ。食事休憩と取ろうと思っている。もうすぐ危険地帯に入る。そうなれば長居は出来なくなってしまうからな」

「例の現神の森ってやつ?」

「そうだな。あの辺りは魔物も多い。出来る限り――」


「オルデミア団長! いらっしゃいますか!」


 突然、馬車の外から声がかかった。

 かなり慌てているような声色だ。


「何だ?」


 オルデミアは馬車から外へと出る。

 外にはアベル隊長がいた。


「向こうから騎兵らしきものが接近しております!」

「数はどれくらいだ」

「おおよそ三十から四十かと」


 刺客かと思ったが、それにしては数が少ない。

 こちらが歩兵で向こうが騎兵ならば危険だが、こちらも騎兵である。

 しかも奇襲でもない。

 ちゃんと正面からぶつかれば数の上で負ける可能性は低いだろう。


「敵意――はなさそうだが、警戒はしておけ」

「分かりました」

「どしたアベル? 何ごと?」


 アヤメとミーミルも馬車から降りて来る。


「まだ詳しくは分かりません。まだ馬車の中に隠れていて下さい」

「む……そっか」


 アベルの言葉で二人は大人しく馬車に戻って行った。


「向こうです」


 アベルが指差す方向に確かに騎兵が三十騎ほどいた。

 まだかなり遠いが、こちらへ真っ直ぐ向かって来ている。

 オルデミアはじっと目を凝らす。

 すると騎兵の先頭にいた兵士が旗を掲げた。



 緑地にクロスした剣の旗――あれはジェイド家の家紋だ。



「あれは……マキシウス様の兵か」

「何だ。安心しました」

「うむ……」


 完全に安心していいものか。

 あれはただの囮で、他に本隊が潜んでいる可能性もある。


 いや、自分の兵で閃皇と剣皇を直接攻撃すれば、さすがに問題になる。

 ならば問題が漏れないように、皆殺しにすれば――。


 いや、自分の兵に『仲間を殺せ』など命令はできないはず。

 南部領の兵士とは関係も良好のはずだし、合同訓練での顔見知りもいるはずだ。


 それなら完全に安心して――いいのか?


 暗殺によって守るべきものを失った経験のあるオルデミアは疑心暗鬼に囚われていた。

 そうこうしている間に、マキシウスの騎兵隊は近づいて来る。


「とりあえず警戒は解くな。私は迎えが来るという話を一切、聞いていないからな」

「そうですか。分かりました。兵にはそう伝えておきます」


 マキシウスから誰かを迎えに寄越す、という話は聞いていない。

 それが疑心暗鬼の原因だった。


 騎兵隊はすぐ近くまで迫っていた。

 近づくにつれ馬の速度を落としてくれたので、とりあえずは安心といった所か。

 オルデミア達は密集せず、何が起きても対応できるように、やや開いた形で待ち受ける。


 やがて騎兵隊はオルデミア達の前で止まった。

 他の騎兵より少し豪華な鎧をまとった騎兵が前に出る。

 そして兜を脱ぎ、叫んだ。


「オルデミア団長はいらっしゃいますか!? 私はパークス・ジェイド! 第三ジェイド騎士団の隊長です!」

「……ん……おお!」


 兜を脱いだ、その顔にオルデミアは見覚えがあった。

 マキシウスの三男坊だ。

 久しぶりに会ったので、少し顔つきは変わっているが間違いない。


「おお、パークス、元気だったか」

「オルデミア団長、お久しぶりです!」


 パークスは馬から飛び降りると、オルデミアに駆け寄る。

 パークスには何度も剣の稽古をつけていて、師弟の関係に近い。

 本来なら平民出の騎士団長でしかないオルデミアより、四大貴族の三男であるパークスの方が立場は上なのだが、二人の間にそんな事は関係無かった。


「変わっていないな。剣の修行は上手くいっているのか」

「すみません。さっぱりですね」


 そう言ってパークスは苦笑いをする。

 パークスはマキシウスの息子だけあって、体格に恵まれていた。

 剣の才能もあった。

 しかしながら戦いの才能はある方ではなかった。


「木人が相手なら凄いんですが、人との戦いになると恐ろしいくらい剣が鈍ります。もっと思い切ってくれればいいのですがね」


 パークスの部下が笑いながら言う。


「だって打たれたら痛いだろう」

「そりゃ痛いですが、そういうもんです」


 騎兵たちが笑う。


 

 パークスは優しすぎる。

 戦いには向いていない。

 その代わりに部下には好かれていた。



――――――――――――



パークス・ジェイド=マキシウスの息子。三男。剣の才能はあるが、戦いの才能が無い。

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