第43話 ファンとの遭遇。そして――。

「それで、どうしてここに来た?」


 オルデミアは単刀直入に聞く。


「いえ、実はお二人にお会いしたかったのです。父から復活されたと聞いて、いてもたってもいられなくなりました。なので突然ですが、父にお二人を迎えに行きたいと伝えたら、快く許可を頂きまして」

「そういう事か」


 パークスも剣術を学んでいるのだ。

 剣の道を征く者にとって、剣皇の存在はやはり大きい。

 その中でもパークスは、剣皇の熱狂的なファンであった。


「驚かせて済みません。でも本当にいてもたってもいられなくてですね。街から全力で走って来ました」

「う、うむ……」


 パークスの熱気に押されながら、オルデミアは馬車を見る。

 パークスは知っているのだろうか。

 剣皇が亜人種であるという事を。

 だが少年のように輝くパークスの瞳を目の当たりにしては、断る事もできない。


「あちらの馬車のいらっしゃる。粗相のないようにな」

「い、行っても? 行ってもいいですか?」

「先に私が声をかける。そこで待っていろ」

「は、はい!」


 パークスは直立不動のまま固まった。


「団長、緊張しすぎ」

「そうだな!」


 やはり直立不動のままだった。

 オルデミアは馬車に近づくと、中に声をかける。


「閃皇様、剣皇様、会いたいと言っている者がおります。普通に対応すれば大丈夫です。出来ますね?」

「たぶん」


 中から何とも不安な声が帰ってきたが、オルデミアは馬車の扉を開いた。


「っと」


 中からミーミルとアヤメが出て来る。


「お初にお目にかかります! ジェイド家の三男をしております、第三ジェイド騎士団団長パークス・ジェイドと申します! 本日はお日柄も良く、大変ありがとうございます!」

「お、おう……?」

「は、はぁ」


 凄い勢いで近づいてきたパークスの熱気に当てられながら、ミーミルとアヤメは首を傾げた。


「隊長、緊張しすぎで滅茶苦茶になってますよ」

「そうか! そうなのか? 今、私は何と自己紹介した?」


 何だか変わった人かもしれない、とミーミルは思った。


 身長も高く、肩幅も広いが表情に厳しさは感じられない。

 幼さや可愛さすら感じる。

 恐らく内面の優しさが顔に出て来ているのだろう。

 鍛えられた体とかなりアンバランスに見えるが。


「剣皇様、よ、よろしければ握手を」

「え? あ、はい」


 ミーミルは近寄ってパークスに右手を差し出す。

 その途端、ガッと凄い勢いでパークスは右手を両手で握った。


「おお……柔らかい。柔らかいですね」

「団長、言い方がヤバいです」


「ええと、固くないのですね。剣皇と言われる程なので、もっと固い手をされているかと」

「さ、最近復活したので。そんなもんです」


 パークスはミーミルから名残惜しそうに手を離すと、アヤメに向き直る。


「こちらの方が、閃皇様ですか?」

「デルフィオス・アルトナです。よろしくお願いします」


 アヤメはぺこりと頭を下げる。


「こ、こちらの方こそよろしくお願い致します!」


 パークスは腰が折れんばかりに頭を下げる。

 それでアヤメは、またうっかり頭を下げてしまった事に気が付いた。

 癖というものはなかなかに治らないものだ。


「あの、握手をしてもよろしいでしょうか」

「あ、はい」


 アヤメは手を差し出す。

 パークスは腰を低くして、アヤメと握手する。


「思っていたより遥かに小さいですね」

「団長! 言い方!」


「伝承では背の低い成人女性と聞いていたのですが、まるで幼子のようですね。やはり復活の関係で何か問題が?」

「そうですね。でも大丈夫です。中身はちゃんと大人ですので」


 ――大丈夫という事にしておいてやろう、と意味を込めてアヤメはオルデミアに視線を送る。

 オルデミアはスッと視線を逸らした。


 その視線の先にカナビスとトトラクがいた。

 二人は何故か嬉しそうに『中身は大人……!』『中身は大人……!』と呟いている。


 その二人をエーギルが凄い勢いで睨んでいた。


「パークス、それくらいにしておけ。これから休憩を取る予定なのだ。お二人は馬車に三時間近く乗っていたのだからな」

「そんなに乗っていたのですか。長旅、お疲れ様です。では我々もご一緒に休憩を頂いてよろしいでしょうか? この先は危険地域ですので」

「はい」


 ミーミルとアヤメは頷く。

 何だかよく分からないがOKだろう。


「分かった。では部下にもそう伝えよう」


 オルデミアはアベルとエーギルにハンドサインを伝える。

 それは『警戒を解け』の意味だった。

 いくら何でもパークスが刺客という事は無いだろう。


「しかしアレだな。不思議な騎士団だな」


 ミーミルが小声でオルデミアに伝える。


「確かに」


 アヤメもミーミルの言わんとする事を察し、頷く。


「何だ? 何か変な所があったか?」


 二人が何を言おうとしているのか察せず、オルデミアは首を傾げる。


「変っていうか……変か?」

「まあこの世界では初めてだと思う」

「何がだ?」


「いやぁ、亜人種を見て何とも思わないんだなぁ……って」

「中央の兵でも最初、ミーミル見た時は『何で亜人種なんだ?』って言ってたじゃない? なのに亜人種に苦しめられてる南部の兵が、何でミーミルに嫌悪感を示さないのかな」


 優しそうなパークスだけなら分かるが、部下もそうだった。

 亜人種に向けられる嫌悪の視線を一切、感じなかったのだ。


「……ううむ」


 確かにオルデミアが不安視していたパークスと剣皇との出会いも問題は無かった。

 だが帝国では亜人種は嫌われている。

 それは間違いない事実だ。

 南部地域で亜人種と衝突する機会の多いマキシウスの軍なら、なおさらである。


 もしかしたら何か重大な理由が隠されているのかもしれない。

 オルデミアは考えたが、答えを導き出せなかった。


「まあ、友好的ならそれでいいけど」

「そうだな」


 一方でアヤメとミーミルは気楽なものであった。

 

 

「――さてと、出発するか」


 オルデミアは気を引き締める。

 ここから先は『現神の森』――危険な地域だ。

 現神の影響で魔物が多い上に、亜人種の生息地もある。

 調査されている亜人種の縄張りから、かなり離れた位置を通るが、それでも亜人種と鉢合わせないとは限らない。

 亜人種と鉢合わせした場合、多くの犠牲が出る可能性もある。


「では、馬車へどうぞ。閃光様、剣皇様」


「パークス、今度また試合してみない?」

「対人戦は苦手なので……」

「んなの慣れだって。私も最初は緊張したけど、何回かやってるうちに慣れるんだって」


「マグヌス、パークスさんが困ってるでしょ」

「えー、と、デ……デルフィオスも全然対人してくれないんだよ。戦うのが苦手とか何とか言うんだけどさ。そういう要素も楽しんでこそだと、私は思うんだよね」

「バッファーがアタッカーに勝てる訳ないし」


 アヤメは小声で呟く。


「いや、行けるんだってそれが。・みかんちゃん・さんのPVP動画見た事ないだろ」

「ピーブイピードウガ?」

「ああ、ええと、こっちの話でね……ま、何でもチャレンジって事」


「閃皇様、剣皇様。よろしいですか」


 口を挟んできたオルデミアの口調はややキツめだった。


「ここから先は危険地帯です。仲良くするのはよろしいですが、しばらくは気を引き締めて頂きたく思います」

「あっ、はい。すみません」


 アヤメとミーミルは頭を下げる。


「頭まで下げなくてもいいのです。少し気をつけて欲しいだけですので」


 オルデミアは『この二人は何でこんな事ある毎に頭を下げるのか』と思いながらアヤメとミーミルを制した。


「自分も、浮足立っていました。英雄のお二人が目の前にいる事と、こんなにも打ち解けやすい方だとは思ってもみなかったので」


 パークスも頭を下げる。


「いい、気をつけて貰えばな。パークスには今更言うまでもないだろうが」


 このまま、あんなユルい話を続けていれば、さすがに皇帝のイメージと差が出過ぎる。

 伝承上は一応『厳格』であるという設定なのだ。

 近年の研究結果では伝承より庶民的だったらしいが、これはまだ一般には漏らしていない。

 英雄とはやはり厳格であるからこそ、カリスマ性が現れるのだから。


「いやー、それにしてもパークスが持って来た料理、美味かったよ。こっちは野菜が美味いのな。野菜が美味いって久しぶりに思ったよ」

「農業が盛んな土地ですので。ですが、その、よろしかったのですか」

「何が?」

「一緒に食事というのは、その皇帝様と、身分の」


 二人はパークス達と一緒に昼食をとっていた。

 パークスと、ではなくパークスの部下である一般兵と一緒にだ。

 それはオルデミアやアベル、エーギルにとっては見慣れた風景になりつつあった。


 しかしパークス達にとっては当然、普通では絶対にあり得ない事である。


「気にしない! また街についたら一緒にご飯でも行こう!」


 そう言ってミーミルはパークスの肩を叩く。


「美味しい店あったら教えてね。勉強になるので」


 そう言ってアヤメはパークスに微笑みかける。


「――ありがとうございます」


 パークスはそう言って深く、深くお辞儀をする。

 それにどんな想いが込められているか、ミーミルとアヤメは余り深く分かっていなかった。

 というかオルデミアに教えて貰ったはずだが忘れていた。


 

 街に着いたら、まずは厳格さや文化について、もう一度しっかりと教え込まねば。

 オルデミアは二人を見て、そう固く誓うのであった。

 



 

 

「ここを本当に通るのか?」

「間違いない。メイドから聞き出したルートだ」


 現神の森に数名の男が潜んでいた。

 服は森に溶け込む迷彩柄で、亜人種の嫌がる香を焚きしめてある。

 この装備ならば短時間なら、現神の森でも活動できるだろう。


「よし、準備はいいな」

「ああ」


 男の一人が、懐から笛を取り出した。

 ある魔物の鳴き声に似せた音の出る特殊な笛である。

 周辺の調査で、すぐ近くに対象の魔物がいるのは確認している。


 後は、馬車が近づいてくるタイミングで吹く。

 音に呼び寄せられ、魔物が現れる。

 それで終わりだ。


 

 しばらく待つと、馬影が遠目に見えた。

 鋼鉄の馬車を騎兵達が取り囲んでいる。

 アレで間違いない。


「さすがに緊張するな。皇帝をやるってのは」

「そう言っても本物かどうかも分からんのだろう? ただの影武者かもしれん」

「影武者ならいいがな。あの騎士団長の語りの可能性だってある」

「むしろその可能性の方が高いさ。だって何千年前に死んだ人間の魂なんざ、呼び戻せる訳がないだろう?」

「違いない」


 そう言って男は笛を吹いた。





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