第31話 答えは目の前に在る

 ミーミルがブルートゥースを倒す三十分前。


 

 アヤメとセツカ、リッカは家で遊んでいた。


「アヤメちゃんすごい」

「……きれい」


 アヤメは昨日、見せていたシャボン玉を飛ばすエモーションを見せる。


 セツカとリッカは大喜びであった。

 これだけで喜ぶならば、他にも色々と見せたくなる。


「こういうのもあるよ」


 アヤメは去年のイベントで手に入れたボールを取り出す。


 アヤメはボールを地面に軽くぶつけると、ボールは天井近くまで跳ね上がった。


「すごい」

「わあー」

「やってみる?」


 アヤメはボールをキャッチすると、二人に渡す。


「うん!」


 セツカはボールを持つと、感触を確かめ始めた。


「なんだか柔らかいけど、跳ね返ってくるね」

「中に空気が入ってて」

「くうき?」


「えーと、風霊みたいなのが詰め込まれてる感じかな」

「法術使ってないのに、とじこめられるんだねー」


 超常現象じゃなくて物理現象だから、法術を使わなくても誰でも作れる物。


 と説明しようとしたが、恐らく通じないだろう。


 セツカは床にボールをぶつけて、弾むのを楽しんでいた。

 どうやら気に入ってくれたようだ。


「……お姉ちゃん、わたしも」

「ちょっと待って」

「わたしも……」


 悲しそうにしているリッカに、アヤメはもう一個ボールを取り出す。


「はい」

「あ……ありがとう」


 リッカは嬉しそうに笑顔を浮かべる。

 その笑顔を見ると、アヤメも一緒に笑ってしまう。


 二人はしばらくの間、ボールをついて遊んでいた。

 アヤメも二人の遊びに混じって、ボールの使い方を教える。


 ボールの使い方に慣れてくると、いつの間にかボールのぶつけ合いに変わってきた。


「えい!」

「ひっ」


 セツカのボールを怯えながら避けるリッカ。


「てやー」


 アヤメはセツカに向かってボールを投げる。

 ボールがセツカの顔に当たった。


「ぎゅう。やったなー!」


 セツカがアヤメにボールを投げてくる。


「あまい」


 アヤメは伏せてボールを回避する。


 そのアヤメにリッカがボールをぽん、と当てた。


「当たった」

「ま……まさかリッカにやられるなんて」


 アヤメはばたりと地面に伸びる。


「アヤメちゃん倒したー」

「わーい」

「ぐぬぬ……むねん」


 アヤメは地面に突っ伏したまま、その動きを止める。




 ……。



 

 ――アレッ。




 何をやっているんだっけ?

 

 ふと頭の中が冷静になった。


 わたし――ではなく、俺は何をやっているのか。


 身体に性別だけでなく、精神年齢すら引きずられている事に気づくアヤメ。


 そもそも何故、狩りに行かなかったのか。

 狩りなんか現代日本では中々に味わえない経験である。

 昔の自分ならば、間違いなくそちらを優先していたはずだ。


 いかん。


 自分を保たなければ。

 まるで目に見えぬ奈落に足を取られたような感覚がして、背筋が寒くなる。

 

「アヤメちゃん、大丈夫?」

「しんでないよね?」

「あ、大丈夫。生きてる生きてる」


 地面に伸びていたアヤメは起き上がる。


「ボール遊びやる?」

「あ、えっと――べ、別の事しようか」

「何? 何か新しいの出してくれる?」

「そうだねぇ」


 アヤメは今年のイベントで配布されたキャンディを取り出す。


 食べると一時間、獲得経験値が+5%されるキャンディだ。

 この世界でどのような効果があるかは分からないが、害にはならないだろう。


「これ何?」

「キャンディっていうお菓子」

「……お菓子?」


 アヤメは何個か取り出したキャンディの包み紙を開く。

 キャンディの中身は色とりどりであった。

 そう言えばゲーム内のフレーバーテキストに『百種類の味がある』と書いてあった気がする。


「わあー。宝石みたい」

「……きれい。食べられるの?」

「ちょっと待ってね」


 一応だが、毒見をしておく。

 アヤメは赤いキャンディを口に入れる。


 優しい甘さと、懐かしいイチゴの香りが鼻腔をくすぐった。



 この世界では、もう二度と味わえない味。



「アヤメちゃん、何か泣きそう?」

「なかないで」


 リッカの目があっという間に潤んでいく。


「あ、大丈夫! すごくおいしくて涙がでそうなだけだから! 二人も食べてみて? 噛まずに口の中で溶かして食べるんだよ」

「うん」


 二人はキャンディを選び、口に運んだ。


「あまい。不思議な香り」

「おいしい」


 二人はキャンディを口の中でコロコロと転がしながら、幸せそうな表情をする。


「おいしいねぇ」


 アヤメも幸せな気分になった。

 三人は地面に座り込んで、キャンディを味わった。


「アヤメちゃんはすごいね」

「すごいね」


 セツカとリッカがアヤメを褒める。


「そんな事ないよ。外から持ってきてるだけだから」

「色々、知ってるし」

「ククリアお婆ちゃんみたい」

「そうかなぁ」


 褒められているのだろうが、お婆ちゃんと呼ばれるのは何とも微妙な気分だった。

 まだ子供だというのに。


「……」

「……」


 そして急にセツカとリッカが黙り込んだ。


 騒がしい二人――いや一人がいきなり大人しくなると変な感じがする。


「どうかした?」


「うん、今日の朝にリッカと相談したんだけど」

「……だれにも言わないってやくそくしてくれる?」


「うん?」


 二人の話が見えず首を傾げるアヤメ。



「やくそく」

「やくそく」



 そう言ってセツカとリッカは指の先を爪でつついた。

 その指先からは、微かに血が滲む。


「何を――」

「ネーネ族のやくそく。とてもだいじなやくそくをする時にするの」

「こうやって指から出た自分の血と相手の血を混ぜるのよ。アヤメちゃんもやって」

 

 何だろう。


 何か二人に秘密があるのだろうか。

 子供の秘密だから、そう大したことはないはずだ。


 なのに、静かに燃えるような決意を感じさせるのはどうした事だろう。


 セツカとリッカの湖水のような青い瞳は、真剣そのものだった。


「……分かった」


 アヤメは『イロリナの星』を取り出す。

 誰でもレベル1から持てる、美しい装飾のされた短剣。


 歌で戦うアヤメが唯一、リ・バース内で装備できる武器シリーズだった。

 強化はされていないが武器威力は500ある。

 これならば超強化されている自分の身体でも傷つけられるだろう。


「――っ」


 指先を刃物で刺すのは勇気が必要だった。

 少しだけ躊躇ってから、先端で自分の指をさす。


 痛みは殆どなかった。

 だが、小さく血の珠が指先に浮かび上がる。


「どうすればいいの?」

「指をくっつけるだけ」


 アヤメはセツカとリッカの差し出された指に、自分の指をくっつける。

 三人は指をくっつけあっていたが、しばらくして指を離した。


「本当は難しい言葉をいっぱい言うんだけど、よくわからないから簡単で」


 そう言ってセツカは笑みを浮かべる。


「これでやくそくおわり!」


 リッカも笑みを浮かべる。



 

 するといきなり、セツカとリッカは上着をたくし上げた。




「えっ!? ちょっ――」


 セツカとリッカのお腹が外気に晒される。

 二人は恥ずかしそうにしながら、アヤメに一歩近づく。


「アヤメちゃん、みて」

「……みて」


「待って、おかしい。何か狂った」


 アヤメは顔を赤くしながら目をつぶる。


 いきなり世界がおかしくなった。

 前にどこかで同じような事に出会った気がするが、思い出せないし思い出したくない。


「みて」

「申し訳ありませんが見る理由をお願いします」


 アヤメは目を手で塞ぎながら敬語で対応する。


「アヤメちゃんに見てほしいの」

「わたしはえっと、その、なんというかロリ百合姉妹丼という業の深い趣味は無くてですね」




「病気かもしれないの」

 

「…………」


 浮ついていた気分が醒めていく。


 アヤメは手を降ろす。

 ゆっくりと目を開いた。


 お腹を晒した二人。

 よく見ると、二人のお腹は下に行くほどに柔らかな毛に包まれている。


 しかも下腹部に切れ込みが入っていた。



 この切れ込み、どこかで見た事がある。


 

「もの知りなアヤメちゃんなら分かるかなって」

「みんなには言ってないの……」


「心配をかけたら困るから」

「みて……アヤメちゃん」

 

 アヤメはゆっくりと、二人に近づく。


 お腹の切れ目に指を入れる。

 中も柔らかな毛が生えており、二人の体温が伝わってくる。

 

 それで思い出した。


 動物の中には発育が十分でない胎児を、腹部にある育児嚢で育てる種族がいる。


 『有袋類』


 二人は、その有袋類の亜人種なのだ。



「中を見て」



 アヤメは、ごくりと唾を飲み込む。


 こんな場所を見せるという事は、まさか中に子供がいるのか?

 こんな幼い子供に、子供が?

 あり得ない。

 本当にいるとしたら親は?

 

 様々な疑問は湧くが、まずは中を見ない事には始まらない。

 意を決すると、アヤメはセツカの袋の中を覗き込む。


 

「――――!!」


 

 中を見たアヤメの全身に鳥肌が立つ。



 その中にあったのは子供では無かった。

 子供のほうが、まだマシだった。


 

 黒い体毛で覆われた袋内。


 

 その中に体毛の色が黒から、灰色に変色している場所があった。

 そこに丸い膨らみがある。

 最初は腫瘍かと思ったが、皮膚と質感がまるで違う。


 皮膚と癒着し、一体化しているその異物。




 ソレは間違いなく。





 銀色の。

 

 半分になった。

 

 リンゴのような。


 実。





「五年くらい前に森で拾ったの」

「大きくて、そのときは、おなかのふくろに入らなかったから」


「二人で半分にして、家に持って帰ろうとしたの」

「みんながさがしてるものだから、よろこぶと思ったの」


「でも、帰って来たら、くっついて取れなくなっちゃって」

「ナイフで切ろうとしたけど、いたいの」


「中の毛の色も変わってきてるのよ」



 セツカとリッカは、目の端に涙を浮かべながら言った。



『これ、どうしたら取れると思う? 知ってるなら教えて、アヤメちゃん』















「いやー、まさかもう収穫されてたとはなぁ」

 

 いきなりアヤメの後ろから声がした。


「!?」


 後ろを振り向くと、アヤメのすぐ後ろに灰色の髪をした男が立っている。


 アヤメが全く気配を感じとれなかった。

 部屋には誰もいなかったはずなのに、いきなり気配が生まれていた。


「神護者さん?」

「ゼロ様ににてる……?」


 セツカとリッカは男を不思議そうに見上げる。


「そう、神護者だよー。こっち側はゼロに任せてて、あんま来た事はないから知らないと思うけどね」


 そう言って男は笑みを浮かべる。


「今日はどうして」

「セツカ! リッカ! 離れて!」


 不用意に近づこうとしたセツカにアヤメが叫ぶ。

 セツカはびくっと体を跳ねさせると、男から離れる。


「いやー、全く。現神ってのも困ったもんだな。数年のズレが数秒の誤差程度にしか思ってないんだからよ。今まで遅めに実をつけてたから、今回も遅いもんだと勘違いしてたわ。まさか予定より早いとは思わなかったな」


 アヤメは油断なく神護者を見る。


 確信を得るのが遅かった。

 もっと早く得られてもおかしくなかった。

 ヒントはあちこちに散らばっていたというのに。



 アヤメの中で、点と点がやっと線で繋がる。



 

 魔力の豊富な栄養を十分に得ている亜人種が、人を捕食する意味などない。

 森で騒ぎを起こしただけで飛んでくる存在が、そんな大事件をよく知らない訳がない。

 知っていたが黙っていたのだ。



 普段は湧かない大量のシドが現れるという、露骨に都合の良いタイミング。

 あれはアヤメとミーミルのテストだ。

 どんな力を持っているのか試したかったのだろう。



 亜人種達は現神の実を神護者の命令で探している。

 では何の為に神護者は実を探すのか?

 悪用されないように処分する?

 それとも、どこかに封印する?



 

 違う。

 違うのだ。


 答えは目の前に在る。



 

 ジェノサイド以上の力を持つ存在。

 食事も取らない長き時を生きる灰色の――いや『銀色』の毛を持つ生物。


 こいつらは、現神を――森を護る者ではない。

 現神の加護を受けた者なのだ。

 


 つまり神護者とは――。



 

 

 ただの木だった床が変質する。

 床板がバラバラに割けたかと思うと、セツカとリッカにいきなり巻き付いた。


「セツカ! リッカ!」

「おー、動くな動くな。動いたら双子は輪切りになるぞ。床板になんかに切断される死に様なんか見たくないだろ?」


「――ッ!」


 人質を取られた。


 迂闊だった。

 まさか建造物が変質して襲い掛かってくるとは。

 これも法術の一つなのか。

 

「心配するな。お前も仲良く人質になって貰うからよ。つっても、結局はまあみんな死んで貰う事になるんだけどな。ただ、あの黒い猫はヤバそうだから、ちょっと搦め手で死んで貰うわ」




 ほんの僅かな時間、神護者が何を言っているのか理解できなかった。

 その言葉の意味を理解した瞬間、アヤメは全身の毛が逆立ったような気がした。




 唄で殺す。



 

「っ……うう……」

「どうして……?」

 

 殺意に塗り潰されかけたアヤメを、セツカとリッカの呻きが引き戻した。

 深く吸い込んでいた息を、震えながらゆっくりと吐く。 


 駄目だ。


 今、手を出すのは得策ではない。

 相手の実力も分からないのだ。

 もし、仮にアヤメの歌に耐えるだけの耐久力を持っていれば、カウンターでセツカとリッカが殺される。

 それだけは絶対に避けねばならない。


 アヤメは唇を噛みしめながら、男を睨みつける。




 

「おう、自己紹介がまだだったな。俺は神護者の六。ニア・イース。よろしくな」



 

 そうして、現神触『神護者』は牙を見せながら、愉しそうに笑った。






――――――――




終に第二部も、最期まで来ました。

後半は勢いよく連続で更新したいので、少し書き溜める時間を下さい。

一週間~二週間くらいで再開します。


よろしくおねがいします。

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