第30話 凶兆

「凄かったです。感動しました」


 パークスはミーミルに上着をかけながら言った。


「ささささむい」


 ミーミルは真っ白のまま震えている。


「火を起こしましたので、温まってください」

「ありがががううう」


 ミーミルは兵士の一人がおこしてくれた焚火にあたる。

 火にあたると氷はすぐに溶けていった。


 ミーミルは焚火越しに自分が倒したブルートゥースを見る。

 その周りにはネーネ族が集まっていた。

 どうやらブルートゥースに木霊触を張り付けているらしい。

 あれで引きずって持って帰るのだろうか。


「ミーミル様、痒かったり痛い場所はありませんか?」


 ミーミルの隣にミョルドが座る。


「……うん、そういうのは無いっぽい」

「それならば良かったです。凍傷になっていたら大変ですから」


 そう言ってミョルドは懐に持っていた金属の筒を取り出す。

 筒は頭部分が取れるようになっており、中の液体を外した頭部分に注いでいく。


 それでミーミルは、それが水筒なのだと気づいた。


 コップに液体を入れたミョルドは、コップの端を指先で弾く。

 するとコップの中の液体が湯気を立て始めた。


 これだけで簡単にあったまるとは、何とも法術とは便利なものである。

 こんな環境では機械文明が発達しないのも頷ける気がした。


「さ、どうぞ」

「ありがとう」


 ミーミルはコップを受け取ると、中の液体をすする。


 暖かくて甘いお湯だ。

 生姜湯のしょうが成分を抜いたような、優しい甘さが口に広がる。


 今のミーミルには嬉しい飲み物だった。


「あれって本当にジェノサイドより弱いのか?」

「もちろんです。ジェノサイドはもっと動きが複雑ですし、頭もいい。攻撃もブルートゥースは程でないにしても、まともに食らえば一撃で戦闘不能になる程に強力です。何より恐ろしいのは再生能力ですね」

「なるほど、再生能力かー」


 最初に出会った時は超火力で倒してしまったから気づかなかったが、もし再生能力を上回る火力が無ければ確かに厳しい相手になる。


「戦闘が長引けば、それだけ相手に攻撃の隙を見せる事になりますからね。倒せても、こちらの被害も、とても大きくなってしまいます。それならばブルートゥースのように単純な方が遥かに被害を低く抑えられます」


 ゲームで例えるならば、HP100のキャラがいたとする。


 そのキャラで攻撃力500、命中率60%の敵Gと戦うか。

 攻撃力1000、命中率1%の敵Bと戦うか。


 どっちの方が危険度が低い? 


 という話なのだろう。

 だがアヤメ以外には分かって貰えない例えなので、ミーミルは帰ってから話す事にした。

 

「それにしても、まさか動物が法術使ってくるなんて思ってもみなかったよ」

「正確には法術ではないですけどね。それに似たものです。例えばディオニュートが炎を吐くでしょう? あれは身体に炎を吐く器官が備わっている訳ではないのです。自分の魔力容量と魔力経路を使って炎を生み出して発射しているだけなのです」


 ディオニュートという単語は聞いた事が無かったが、多分炎を吐く魔物なのだろう。


「昔はそういう魔物とは危険すぎて戦えなかったのですが、法術のおかげで戦えるようになりました。法術を伝えて下さった神護者の方には感謝しています」

「最初に法術の使い方を伝えてくれたのは神護者の人だったのか」


「そうみたいですね。遠い昔なので、私たちが直接、神護者の方に教えて貰った訳ではありませんけど」

「ふーん」


 神護者というのは色々な事をしているのだなぁ、とミーミルが思っていると、ブルートゥースが無数の木霊触で宙づりにされる所だった。


 木霊触はブルートゥースと木の幹に接続されている。


「あれは何をやってんの?」


 答えはイカルガが教えてくれた。

 イカルガは宙づりになっているブルートゥースの喉を、槍で割いた。


 その途端、大量の血が溢れ出す。

 その勢いはまるで血の滝が出現したかと思わされる程であった。


「あれは血抜きですね。あの後、お腹を割いて内臓を抜き、皮を剥いで――ミーミル様?」

「きゅう」



 ミーミルは青い顔をして卒倒していた。

 



 

 

「ミーミル様、大丈夫ですか」

「ちょっと刺激が強かった……」


 ミーミルはパークスに肩を支えられながら、現神の森を歩いていた。



 動物の解体を生で見るのは初めてだった。

 画面越しに動画や写真で見るのとは、やはり訳が違う。

 視覚だけでなく、聴覚や嗅覚でも揺さぶられる。


 そういった経験が非常に少ない現代日本人には中々のショッキングシーンであった。



「持って帰ってから解体すると思ってた……」

「後にすると血抜きが上手くできず、血生臭い肉になってしまいます。その場ですぐにやるのが普通ですよ」

「そうなのか……」


 パークスの言葉にミーミルは元気なさそうに答える。


 こんな風にミーミルが弱っているのは初めて見た。

 やはり皇帝だけあって、解体の場面に遭遇する事は余り無いのだろう。

 貴族や王族に近い者ほど、一次生産の場にを目にする事は少ない。


 パークスもそうであった。

 子供の頃はミョルドが獲物を解体するのを見て、顔を青くしたものだ。


「あれほどの力を持っている方が、解体で目を回すなんて。パークス様の昔を思い出します」


 ミョルドはそう言って笑う。


「あの時は子供だったのだ」

「今でも苦手でしょう?」

「ぐっ」


 パークスは声を詰まらせる。

 ミョルドの言う通りだった。


「でも慣れてるだけあって手際は凄かった」


 あんな巨大な獲物が、物凄い勢いで解体されていった。

 皮剥ぎは手早く行い、使えない内臓や部位は、法術で土を掘って埋め、各自が持ちやすい大きさに切り分けていく。

 切り分けた肉は法術で冷やし、腐らないようにしてある。


「これでしばらくは肉の心配はないですね」

「どれくらい持つんだ?」


「そうですね……一か月くらいは」

「そんなに」


「食べる量は人間と、そう変わりありませんよ」

「他の亜人種も、そんな感じなのか?」


「神護者の方から、他の部族の話を聞くのですが、むしろネーネ族が一番食べるかもしれません。ネーネ族は他の亜人種より魔力容量が大きいので、魔力を多く摂り込む事ができます」

「ふーん……ん?」



 急にしかめっ面をしたミーミルの足が止まる。

 気分の悪さがピークになった訳ではない。



 何かおかしい。


 

 何かがおかしいが、ミーミルそれが何か分からない。


 原因は、さっきのミョルドの言葉だ。


 何というか。

 思っていた事が、根っこからひっくり返されたような。

 そんな感覚だった。


 

「どうしました?」


 突然、立ち止まったミーミルを不思議そうに見るミョルド。


「あ……ああ。ちょっと先に行っててくれ」


 ミョルドは不思議そうにしながらも、先に進む。


「パークス、ちょっと聞きたい事が」

「何か問題でも?」


「いや……何か違和感が」

「何がですか?」


「よく分からん」


 上手く言葉に言い表せない。

 自分の頭の悪さを今回ばかりは恨んだ。


 とりあえず思った事をパークスにぶつけてみる事にした。

 そうすれば考えが上手くまとまるかもしれない。



「簡単に言うとラライヤ調査隊捕食事件がおかしい」

「どうしたんですか、いきなりそんな話を……」


 いきなりの言葉に面食らうパークス。

 前を進むネーネ族に目配せしながら、小声でミーミルに話しかける。


「何がおかしいのですか?」

「何ていうか、無理な気がする」


「え?」

「数百人捕食されるって可能なのか?」


「可能も何も、実際に祭に参加した全員がいなくなっていますし……」

「いなくなってるのは確かだ。でも本当に捕食されてんのかなって」


 ミーミルの中に沸いていたのはとても単純な疑問だった。

 そんな量の肉を冷凍技術も無い、この世界で腐らせずに食べきれるのか?

 という話だ。


「ううん……そう言われても昔の話ですし……。血文字の犯行声明みたいなのも残されていたはずですから」

「うーん」


 そうなると血文字の犯行声明もおかしい。

 収穫してないのに収穫ありがとうございました、とデタラメを書いた事になる。


 何でそんな嘘を書いたのか。


 そもそも文字を残す事自体に、意味がないのでは?

 よく考えたら、ただの煽りでしかない。


「仮に捕食しなかったとして、どうして数百人も殺されてしまったんですか? 食べる以外に、そんなに殺す理由が見つかりません」

「仮にもし理由があったとしたら、今までが全部おかしくなると思うんだ」


 確かに動機は分からない。


 だが逆に動機が見つかれば、それで全部ひっくり返る。

 捕食事件ではなく、全く違う事件になる。



 何者かが捕食事件のように見せかけた、大量殺戮事件。



「何か殺されてしまうような禁を犯したとか……」

「それなら真っ先に神護者が出張ってくるだろ。森の一大事だろ」



 確かにミーミルの言う通りだ、とパークスは思った。


 外界からの人間を数百人狩れば、どういう事になるか。

 それは神護者がよっぽど間抜けでない限り、想像がつくはず。


 軍を送られて戦争になる可能性だってある。

 というか当時、ならなかった事が奇跡かもしれない。


 現神の森という未知の存在が恐れられていたから、当時の皇帝は不干渉の判断をしたのだろう。

 だが、これが義憤に燃える皇帝なら、亜人種対人間の戦争になっていたはずだ。


「ゼロとかいう神護者は言ってたぞ。アヤメは聞いたんだ。良くは知らない。だがどこか別の部族が外界の人間と付き合っていた事は知っている。それではないか? って」


「もしかしてラライヤ調査隊の事を神護者の方に聞いたのですか!?」

「ああ聞いた」


 付き合いの長いパークスですら、ずっと話題にする事を避けていた。

 何という恐れ知らずな――。


 という感情と共に、パークスの中に別の感情が生まれる。



 そんな大事件を、何故、ちゃんと知らないのか。

 森を護るべき存在である神護者が?


 

 何か――おかしくはないか。


 

「そう。アヤメが神護者に直接、聞いて――」

 

 

 ミーミルの脳裏にある光景が閃く。

 

 それは会議が終わった時のアヤメの様子だった。

 


「そうか。あの時だ。あの時、アヤメの反応がおかしいと思ったんだよ。まさかアイツ、何かに気づいてたのか?」

「何に気づいたと言うのです」


「分からん。アイツは確信が持てるまで、あまり適当な事は言わないんだ。俺と違って」

「ではアヤメ様に、聞くのが早いでしょう。村に戻って」

 


 

 ばさり、と羽音がした。


 地面に勢いよく着地したのはイカルガだった。

 いつものように、落下速度を抑えた、軽快な着地ではない。

 落下速度を抑える事すらもどかしいような、そんな落ち方だった。


「イカルガさん、どうしました?」


 イカルガ達は先に村に帰っていたはずだ。

 なのにどうして戻ってきたのか。



 ――それは二人に凶兆を予感させる。



「二人とも、聞いてくれ」


 イカルガの表情は、今まで見た事の無い程に深刻な表情であった。


 その表情で、ミーミルとパークスは予感が外れていない事を確信する。


 イカルガは深く息を吸ってから、吐くと、こう言った。


 


 

「アヤメ様と、セツカ、リッカが村から消えた」

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