第55話 世界を揺るがすハイタッチ

 その夜、パークスの家にて。


「どうしよう」


 ミーミルは割り当てられた部屋で正座していた。


 顔面蒼白である。

 ちなみに蒼白なのはさっきまで存分にリバースしていたせいもある。


「どうしようもないな!」

「ミーミルを信じた自分がアホでした」


 その前に立つのは激怒するオルデミア。

 そして無事に酒から復活したアヤメだった。


 これからの事を考えると頭が痛い。

 余りに多くの情報を流してしまった。

 どんな影響が出るのか、オルデミアには想像もつかない。


「何か久しぶりの酒だったので、テンション上がり過ぎてしまって」

「今後、酒は禁止とする」

「そんな! ウッ」


 ミーミルは口を抑える。


「飲み過ぎだ! もう一度トイレ行ってこい!」

「ウググ」


 ミーミルは部屋に備え付けてあったトイレに走る。

 トイレに入ると同時くらいに「ヴォー」と唸り声が聞こえてきた。


「はー」


 アヤメはその様子を見てため息をつく。


 とても見慣れた光景だった。

 二人で居酒屋に行った時は、大体があんな感じである。

 ミーミルが吐くまで飲んで、アヤメが介護するのがパターンだ。

 ただいつもと違っていたのは、今回はアヤメもダウンしていた。


 酔いはどうやら状態異常扱いではないらしい。

 何らかの抵抗が起きた気配も何もなかった。

 おそらくゲームには酔いというパラメーターが無いからなのだろう。


 ゲームにデータとしてある部分は、ゲームそのままの効果を引き継いでいる事が多いが、ゲームに無いものは現実順守というバランスなのかもしれない。


 ただ降臨唱では、謎の生物を呼び出していた。

 ゲーム内のデータを引き継ぐなら、妖精が出て来るはずである。

 なのに謎の生物が呼び出されたのは何だったのか?


 そもそもあの、謎の生物。

 兵士達の話では、精霊王が具現化したものである可能性が高いとの事だ。

 だが精霊王は現神と違い、実体を持たない。

 伝承で伝えられる精霊王と似ている外見だから、あれは精霊王だったのではないか? と予想されている。


 では、どんな伝承が、この世界に伝わっているのか。

 それをアヤメは識らない。

 

 もっとこの世界について知っていかねば。

 アヤメはミーミルの呻きを聞きながら、思うのであった。




 

「はふー、いいお風呂だったー」


 パークスの家にある風呂を借り、疲れを流したアヤメは満足げだった。


 この世界にもお風呂システムがあってよかった。

 やはり世界が違っていても、人の形を取っている生物ならば、どれも似たような結果に帰結するのだろう。


 もちろんシャワーだけとか、垢すりだけの場所もあるはずだが、帝国は水が豊富だ。

 北部のティター山脈から流れる水資源だけではない。

 南部領は現神の影響で森が多く、水脈が多数あった。


 現神が人々の役に立つ一方で、あんな化物も産み出している。

 不思議なバランスで成り立っている世界だった。


 髪を拭きながら、ベランダから外に出る。

 ミーミルと違って、アヤメの髪は短いが、それでも乾くのには時間がかかった。

 ドライヤーが無いので、外の風に当たりながら髪を早く乾かす――というのは、ミーミルと共に編み出した技術である。

 体が無駄に頑丈なので、風邪もひかないのは素晴らしかった。


「ドライヤー作れないかなー」


 元の世界ではドライヤーの必要性などさっぱり分からなかったが、この体では大変重要なモノであると分かった。


「お先してるよ」

「ミーミル」


 先に上がったミーミルはベランダの端で髪を乾かしていた。

 ミーミルのロングヘアーは乾かすのに異様な時間がかかる。


「ドライヤーほんと欲しいな」

「だねぇ。設計できない? 元設計士さん」

「……異世界でも設計か。勘弁してくれ」

「あはは」


 だいぶ髪の毛が乾いてきたアヤメは、ベランダからジェイドタウンの街並みを見る。



 すでに街は眠りについている。

 遠くの繁華街に灯りはあるが、他は真っ暗だ。

 空には満点の星。

 涼しい風が、アヤメの髪を揺らしながら吹き抜けていく。


 こんな風に外を眺めている人は、きっと他にはいないだろう。


 

「――いやー、なんつーか」

「ん?」


「本当に悪い。ハメ外し過ぎたわ」

「久しぶりに見たよ、あの大暴れ」


「反省してます」

「いいよ、毎回だし。慣れた。いや、良くはない。反省してね」

「ニャハハ……」


 ミーミルは、ばつが悪そうに耳の後ろをポリポリと描く。


「でもミーミルが酒の席で、あんな楽しそうだったのは初めて見たかも」


 アヤメは居酒屋でのミーミルを思い出す。


 最初から最後まで、ずっと愚痴ばかりだった。

 あんな風に楽しそうにしていたのは、見た事がなかったかもしれない。


「うむ……会社の飲み会でも、あんな風に飲む事はなかったなぁ。あんなことしたら翌日にボロカスに言われるだろうし」

「大変だねぇ」

「うむ。大変だったのだ」


 ミーミルもジェイドタウンの街並みを眺める為に、アヤメの横に並んだ。


 髪の毛はまだ乾いていなかったが、それよりも景色を見たくなった。

 恐らく、こうやってゆっくり景色を見るのは、この世界に来て初めてだった。


 いや、元の世界でもゆっくりと景色を見たのは何年前の事だっただろうか。


「毎日上から下から突き上げられて、きつかったわ。自分の時間なんかまともに取れなくてさ。それでも毎日耐えて、休みのゲームだけが楽しみでさ」

「うん」


「きっとこれからずっとこんな感じで一生やっていくんだろうなぁ。つまんねーなー、って思ってたら、いつの間にか別の世界に来ててよ。女に勝手に変えられて、国を何とかしろって言われたり、命まで狙われたり」

「無茶苦茶だったねぇ」


「そうだよ。楽しい異世界生活なんか幻想だと、俺は思いましたよ。いい加減にしろ、こんな国なんざ知るか俺は帰るぞ! と思いましたよ」


 ミーミルはそう言ってから、夜空を見上げる。


 空には満点の星。

 そして浮かぶ巨大な赤と緑の惑星。

 あれを見るたび、違う世界に来てしまったのだという事実を、強制的に突きつけられている気がした。


 そんな気がしていたのだが。


 最近はこの夜空も、これはこれで綺麗かもしれないと、ミーミルは思い始めていた。


「でもな。嬉しかった」

「うん」


「頼られて嬉しかったんだ。向こうでは頼られたことなんてなかったからさ」

「そっか」


「それで、なんつーか、最近、楽しくなってきた。何でかよく分からんが」

「それはきっと、みんないい人だからだよ」


「かもな。オルデミアもアベルもエーギルもパークスも、みんないい奴らだ。酷かった国を、どうにか良くしようと、今を頑張ってる。ぽんこつ皇帝のミゥンとかドS騎士団長のリリィもカカロ大臣も、それぞれが、それぞれののやり方で頑張ってるんだと思うわ」

「うん」


「だからな、何ていうか。うーむ……あいつらの為に……だな。そのー、俺達のやり方で、だな……」


 ミーミルは次の言葉をいいあぐねている。

 アヤメは少し笑うと、ミーミルの言葉を口にした。






「頑張って、この国を建て直してみよっか?」

 

 



 

「ん、ああ。ま、アヤメがそういうならそうするかなぁ……仕方ない」

「何でそこで人のせいみたいにするの。ツンデレなの? 男のツンデレはキモいよ!」

「それ言うならお前の喋りこそキモいわ! 完全に女じゃねぇか」


「最近、元の自分が分からなくなってきた」

「そりゃヤベーな」


「ていうか、それを言うならミーミルが鏡の前で、ポーズとってたの見たんだけど? 自分の事を『やっぱカワイイ』って言いながら」

「――ッだ! アレッ!? いつのを見た!?」


 ミーミルは顔を真っ赤にしながら叫ぶ。


「いつのを、って事は一回じゃないんだねぇ。何回くらいやったの?」

「~~~~~ッ!」


 ミーミルは顔を赤くして蹲ってしまった。


「大丈夫、大丈夫。ミーミルはかわいい。かわいいよー」


 そう言ってアヤメは蹲ったミーミルの耳の付け根を撫でる。


「かわいいやめーや」


 ミーミルは顔を赤くしたまま、立ち上がった。


「はー、変な汗かいた……」


 ミーミルは手で顔を仰ぎながら言う。

 ミーミルの長い髪の毛も、すでに乾いていた。


 明日も早いし、そろそろ寝る時間だ。





「――おーし、じゃあ。頑張ってみっか?」

「何が出来るか分からないけど、頑張ってみよう。私達を気遣ってくれる、みんなの為に」

「だな。みんなの為に」

 

 そう言ってミーミルは手を挙げる。


『リ・バース』でよくやっていたエモーションだ。

 何かやろうとした時や、終わった時は、いつもこれをやっていたのを思い出す。


 

「位置が、高いっ」



 アヤメはジャンプして、ミーミルの手にハイタッチする。

 ぱあん、といい音がした。



 目的は決まった。


 帰る為に魔導士を探すつもりだったが、後回しだ。

 自分の状態もよく分かってないが、それも追い追い。

 敵も味方も分からないし、変な生き物も沢山いるが。




 まずはこの国を建て直す!




「でも酒は控えるように」

「そうですね」



 


<第一部 完>




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