第54話 狂気の宴

「いやー、今日のあの法術っての? すげー威力だったな」

「アヤメ様の歌のおかげで威力がかなり強化されていましたので」

「ミーミル様の魔人刀には負けますよ。あれは凄かったです」


 そう言ってパークスやアベルが笑う。


「そう? いやー、そんな褒められると照れるな」


 ミーミルはニャッニャッと変な笑い声を出す。


「おいアヤメ、アヤメ! 飲んでるか!?」

「……ふぐー」


 アヤメは頭を抱えながら返事をする。


「オルデミアー! 酒を頼むわ!」

「……」


 オルデミアは真っ青な顔をしながら酒をミーミルに運ぶ。










 飲み会は控えめに言って終わっていた。

 

 一杯目でミーミルが設定を忘却。

 二杯目で本名を喋り始めた。

 三杯目でご覧の有様である。

 

 大変な事になった。

 やはり止めておくべきであった。

 ミーミルを信じた自分がアホだった。

 アヤメは頭を抱えながら思った。


「アヤメ様、これはいかがですか。とても美味しい料理でした」

「アヤメ様、良ければ食事のお手伝いを」


 アヤメは両サイドをカナビスとトトラクに固められていた。

 両サイドだけではない。

 前にも複数の兵士がいて動けない。


 何故だか分からないが、全員が執拗に料理を勧めてくる。


 よく分からない肉の揚げ物。

 よく分からないサラダ。

 よく分からないスープ。


 料理の皿が目の前を埋め尽くさんばかりに並んでいる。


 確かに、美味しい料理が多かった。

 だが体が小さいせいで、量を食べられない。

 少し食べては残していた。


 それでもさすがに食べ過ぎだ。


「もうお腹いっぱいだから……」


 アヤメはそう言ってため息をつき、少し口をつけていたスープを置く。


「俺のだ」

「よこせ」

「やめろ順番だ」


 そのスープを周りにいる兵士が争奪していく。

 アヤメの食べ残しまで、兵士が全部、食べ尽くしていた。


 世界を書き換える歌でも、人の腹を膨らませる事は出来ない。

 さすがにあの激戦の後では、兵士達もお腹が減っているのだろう。


「お酒は?」

「酒は不味いだろう」

「だが飲ませてみたい気持ちはある。中身は大人とアヤメ様自身も仰っていたし」

「乱れ――ではなく酔ったアヤメ様か……。確かにそれは尊いな」


 唯一の救いは『中身が別人である』という事だけはミーミルが漏らしていない事だ。


 アヤメとかミーミルという呼び名は『昔のアダ名でそう呼んでた』で凌いだ。

 世界への無知さは『記憶を少し失い気味である』で凌いだ。

 あり得ないスキルの数々は『失われた技術』で凌いだ。


 だが『中身が別人である』だけは完全に誤魔化しが効かない。


「すこしジュースに混ぜよう」

「そうしよう」


 悩むアヤメの耳に周りの声はイマイチ届いていなかった。


「アヤメ様、ジュースはいかがですが」

「ありがとう……」


 アヤメは差し出された果実を絞ったジュースを飲む。

 甘味は少なかったが、爽やかな味わいだった。

 あと少し苦い。


「美味しい」

「そうですか。それは良かった。もう一杯いかがですか」


「いや、まだ残ってるので」

「済みません。少し気が逸りました」

「はぁ……」


 アヤメはジュースをちびちび飲む。

 一気に飲むと幾らでもジュースを飲まされそうだった。


「よし、パークス。明日、剣の稽古をつけてやる。そんなに人に打ち込むのが苦手なら、私に打ち込みまくれ」

「そ、そんな。恐れ多いです」


「いいんだって。鉄の剣でぶった切られても、大して痛みなんか感じないんだ。木刀なんかで何発打ち込まれようと痣もできんよ」

「それは……すごいですね」


 パークスはさすがに信じられないといった表情をする。

 そんな人間がいるとすれば、完全に人間の領域を越えているからだ。


「だろ? じゃあ明日、一緒に頑張ろうぜ」

「ミーミル様、我々も連れて行って貰えませんか」


 エーギルが会話に割り込んでくる。


 パークスだけと練習させるのはマズい。

 練習時の服装に突っ込まれる可能性がある。


 上手くパークスも丸め込んで、あの至福の時を出来る限り引き延ばさなければ――とエーギルは思った。


「おー、大事ない大事ない。ニャッハハ!」


 ミーミルは豪快に笑う。

 エーギルの思惑になど、欠片も気づいていなかった。


「ミーミル様、今日はこの辺りでお開きに」


 オルデミアは真っ青な顔をしたまま、ミーミルに耳打ちする。

 もう見ていられなかった。

 このまま飲み続ければ、いつ中身が違うかバレてもおかしくない。


「ええー? まだ早いぞー」

「いや、さすがにいろいろとですね」


 ミーミルは器に半分くらい残っていた酒を一気に飲み干す。


「じゃあもう一杯」


 全く聞いていない。

 恐らくパワーではミーミルに敵わないので、強引に連れ出すのも不可能だろう。


「さーどんどん飲んで、明日もバリバリ働こう!」

「わー!」「わー!」


 兵士達とミーミルは肩を組んで踊り出した。


 狂宴だ。


 これを止めるにはもうアヤメの力を借りるしかない。

 オルデミアはアヤメのサイドを固めるカナビスの間に割り込む。


「アヤメ様、ミーミル様を止めて頂けませんか。さすがにこれ以上は」

「ミーミル?」


「ええ、ミーミル様を……アヤメ様?」


 その時、オルデミアは気づいた。

 アヤメの目が、どろりと濁っているのを。

 



『集エヤ 世ノ理ヨ』




「アヤメ様!?」

『もがー』


 オルデミアはいきなり降臨唱を使おうとしたアヤメの口を塞ぐ。

 いくら広い食堂とはいえ、こんな場所であんな物体を呼び出せば大変な事になる。


「オルデミア団長、アヤメ様の口に手を覆いかぶせるのは、ちょっと越権行為ではないでしょうか?」


 羨ましくなったトトラクが口を出す。


「そんな場合ではない」

「そんな場合も何も、アヤメ様が苦しがっているではないですか。すぐに離してあげて下さい。どうしても離せないなら、何も団長がやらなくても俺がやります」


 アヤメは口を抑えられ、もがいている。

 オルデミアは手を離すと、アヤメに耳打ちした。


「どうした。いきなり降臨唱なんて。止めろと言ったが、やりすぎだろう」

「……」


 アヤメはぼんやりとオルデミアを眺めている。


「あれぇ……?」


 アヤメはそう呟くと、いきなりオルデミアに顔を近づけていく。


「な、な?」


 少し開いた唇。

 朱が差した頬。

 蒼く透き通った目。


 こんな――こんな幼子のはずなのに。


 不思議と色気を感じてしまう。

 まるで熟し始めた青い果実のような香りが、オルデミアの鼻をくすぐっていく。


 いや、色気などおかしい。

 そんなものを感じるはずがない。

 私は普通だ。

 大人の女性が好きだったはずだ。


 そんな風にオルデミアが葛藤している間に、アヤメの顔はもう目と鼻の先だった。

 オルデミアが、少し前に出れば、触れられる距離。

 アヤメの息が、オルデミアの唇に触れる。


「あ、アヤメ様――」

「オルデミアがふえたねー」


 その一言の後、アヤメはもの凄い勢いでテーブルに突っ伏すと動かなくなる。

 一秒で寝ていた。




「…………誰だ。子供に酒を飲ませた奴は」




「私ではありません」

「酒? 何の事でしょうか」

「ごくごく……ぷはー。間違いなくただのジュースですコレは」


 その場にいた全員が無実を訴える。

 証拠隠滅も実にスムーズだ。


「貴様ら、分かっているだろうな?」


「いかん、アヤメ様がおねむだぞ。部屋に運ぼう」

「どうやって運ぶ」

「おんぶだろう」

「お姫様だっこだ」

「誰がそれをやるんだ」

「最後の一人になるまで殺し合いは嫌だよ」

「じゃあみんなで運ぼう」

「そうしよう」


 オルデミアを押しのけてアヤメに群がる犯罪者達。

 完全にうやむやにするつもりであった。


 どこを誰が持つか、ひとしきりもめた後、犯罪者達は安らかな表情で眠るアヤメの身体を掲げるように持ちあげる。


「お前ら、話を――!」


「どこに運ぶ」

「ホテル?」

「ホテルな。決定」

「さすがに首が飛ぶぞ」

「飛んでも別にいいんじゃないか……?」

「死ぬのは駄目だ。ここは普通に宿に運ぼう。生きていればチャンスは何度でもある」

「賛成」

「反対。ホテル」

「まず大前提として神に手を出すのは許さん」

「賛成」


 意見がまとまった所で犯罪者達は移動を開始する。


「おー、何だ! 新しい遊びか! なんだそれ!」


 ミーミルが目ざとく見つけてアヤメに駆け寄って来た。

 だが酒で足元がふらつく。


 ミーミルはテーブルに頭から突っ込んだ。

 辺りに何もかもが、ぶちまけられる。


「ギニャアアー」


 大惨事だ。




 

 酒場の主人はそろそろ警備兵を呼ぶかどうか悩みつつあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る