第53話 到着、ジェイドタウン

「着いた」

「着いたな」

「完全にキャパオーバーしてるが、着いたな」


 兵士達は呆けながらジェイドタウンの門を見上げる。

 アヤメとミーミルの一行が、どうにかジェイドタウンに着いた時には、すでに日が暮れようとしていた。

 予定よりもかなり遅めの到着である。

 まああれだけの激闘をこなして来たのだから当然なのだが。



 激闘の末に、ジェノサイドはメスだけを残し、倒す事が出来た。

 メスは傷を負いながらも、逃げて行った。


 こちらの兵には一人の損害も出なかった。

 一番、最初にアヤメの歌無しでジェノサイドの攻撃を受けた兵士が重傷を負ったくらいである。

 それもアーディライトの夜想曲で治っていた。


 だが恐るべき敵の三連戦を終えた兵士達の疲労度は、ピークに達していた。

 それはさすがのアヤメとミーミルも同様である。



「あー、大きい」

「壁すごい」


 疲れにより著しく語彙能力の低下した二人は、馬車の窓から見える街並みを見て呟く。



 ジェイドタウンはさすがに帝都程ではないにせよ、かなりの広さを誇っている街だった。

 現神の影響により肥沃で広大な農耕地を持ち、高品質な農作物によってかなりの利益を得ているとの事だ。


 実際に街にある商店も、食べ物の類が多い。

 その豊富な財力を誇示するかのように、長く大きな城壁が築かれていた。


 そして、その城壁よりも大きな城が見える。

 むしろ城というより要塞に近い。

 帝都の中央城のような装飾は完全に廃されており、堅牢さに全力を置いたような建造物であった。



 だが馬車は、その要塞に向かわなかった。

 その要塞から、少し外れた場所にある、大きな邸宅前に馬車は止まる。


 マキシウスは恐らくあの要塞の中にいるはずだ。

 どういう事だろう? とミーミルとアヤメが顔を見合わせていると、馬車の扉がノックされ、誰かが扉を開いた。


「剣皇様、閃皇様、お疲れでしょう。本日はここでお休みになって下さい」


 馬車の外にいたのはオルデミアではなく、パークスだった。


「うん? ここどこ?」

「あの城に行かなくていいの?」

「ここは私の家です。父との面会は明日にして貰えるように伝達しておきましたので」


 到着したのはジェイド家の別邸――パークスが暮らしている家らしい。


「ありがとう、パークス。さすがに今日は色々ありすぎて疲れた」


 ミーミルはそう言って背伸びをする。

 身体的には余り疲れていなかったが、精神的にかなり疲れた。


 アヤメとミーミルは馬車を降りる。

 外にはオルデミア達もいた。


「あ、オルデミアはどうするの?」

「私もパークスの家に泊めて貰います。元々、その予定でしたので。ただアベルやエーギル達の部隊は、兵舎がありますので、そこに」


 パークスの家は大きかったが、さすがに百人近い部隊を駐留させるのは不可能だろう。


「今日はお疲れさまでした」

「お疲れさまでしたー。ありがとうございましたー」


 アヤメとミーミルは馬車の前に並ぶ兵士達に頭を下げる。

 皇帝から、実に気楽な労いを賜る兵士達。


「お疲れさまでした!」


 だがオルデミア達は耐性がつきつつあったので、二人に頭を下げる。


「お、お疲れ様です……?」


 一方でパークスの兵士達は困惑し、オロオロするばかりであった。


 しかしこれで皇帝護衛の任務もひと段落だ。

 アベルとエーギル達はやっと緊張が緩んだのを感じた。




 

「で、この後どうすんの?」




 ミーミルがオルデミアにいきなり聞く。


「どうする、とは?」

「決まってるだろ。飯だよ、飯」

「飯と言われましても……パークスの家で食事が出ますが」


「そーじゃないでしょ! そうじゃないでしょう!」

「ストップ。マグヌスストップ」


 ミーミルのやろうとしている事に気づいたアヤメの制止は、聞き届けられなかった。


「一仕事終えた後は、みんなで飲みに行こう!」


 そう言ってミーミルは手を掲げる。


 さすがにそれには全員が困惑し、沈黙する。

 皇帝と飲みに行くなど、聞いた事がない。

 前代未聞である。


「さー、ここの名物を食べに行こう! ここの美味しいものはなんだー!」


 テンションをアゲていくミーミル。


 確かに美味しいものは気になる。

 だが食事に関しては慎重にならなければならないし、ミーミルに酒は大変よろしくない。


「ほら、みんな疲れてるだろうし、今日の所は」



 くー。



 アヤメのお腹が鳴った。

 沈黙していたので、余計に響いた。


「ふぇえ」

「よし、デルフィオスも行く気満々みたいだから、行こう!」


「は、はい……」

「はい……じゃない! 声が小さい!」

「はい!」


 その場にいた兵士が叫ぶ。

 皇帝の命とあらば仕方ない。

 アカ隊、クロ隊の護衛任務は続行である。


「ごめん、パークス。今日の食事は外で済ますよ」

「は、はぁ。それは大丈夫ですが、本当によろしいのですか?」

「何も、問題は、無い」


 そう言ってミーミルはパークスに、バチーンとウィンクする。


「はい! 問題ありません! みんな剣皇様に続くのだ!」


 ファンにそのウィンクは強烈であった。

 オルデミアとアヤメ以外の全員を味方につけ、ミーミル一行は繁華街へと繰り出す。


「ちょっと、ミーミル本気で洒落にならないから」

「大丈夫なのか? 考えあっての行動だろうな?」


 アヤメとオルデミアはミーミルに駆け寄って耳打ちする。


「ちゃんと考えてる。心配すんな」

「ほんとに?」


「ああ。パークスの家に泊まるのはマキシウスが決めてるはずだ。そこで出る料理に毒が入れられる可能性はかなり高い」

「む……しかし、パークスが暗殺に関わるなど」


「パークス自身は俺のファンみたいだが、それは関係ない。使用人を買収でもすりゃ何とでもなる。前の皇帝候補も、そうやって殺されたんだろ」

「そう……だが」


 珍しいミーミルの正論に何も反論できなくなるオルデミア。


「繁華街に出て、テキトーな店で食事をすりゃ毒殺する用意なんかできない。さすがのマキシウスも繁華街全ての飲食店を買収して刺客を紛れ込ませるなんて無理だろうしな」

「パークスの部隊に暗殺者がいる可能性は――」


「んー、そりゃ可能性は低いと思うぜ。自分の息子がいる部隊に暗殺をさせるなんて、家名に傷がつくだろ。マキシウスはそういうの好まないタイプだと聞いたが」

「ううむ……」


 オルデミアは思わず唸ってしまった。

 何だかミーミルの言う通りに思える。



「それで」



 アヤメはミーミルをじっとりとした目つきで睨みつけながら、こういった。



「本心は?」

「たまにはハメを外して飲みたいっ」


 ミーミルは二人にバチーンとウィンクをする。

 敵が二人増えただけだった。

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