第52話 神を斃した二人

「ふー、あいてて」


 魔人刀を消したミーミルはため息をつく。

 触手を突っ切ったのは、すこし無茶をし過ぎたかもしれない。

 体のあちこちが痛い。

 せっかくの黒く美しいドレスも、随分とボロボロになってしまった。


「ミーミル!」


 降臨唱を停止したアヤメがミーミルに駆け寄って来る。

 ちなみに出てきた謎の生物は、降臨唱を停止したらちゃんと帰ってくれた。

 アレがもし帰らなかったらどうしようかと思っていたのだが、杞憂だったようである。


「いやー、何とかなったな」

「まだ効果時間残ってたのに、無理しすぎだよ……」


「無理させる曲構成だった本人が良く言う」

「最初にミーミルが触手を避けた時に、かなり楽々避けれてたから防御系を削っても大丈夫かなって」


「そんな楽勝っぽかったか?」

「後ろから見てたらギリギリって感じじゃなかったよ」

「うーむ、そうか」


 ミーミルが最初の触手を横っ飛びに避けた時は、余裕で避けられた感は無かった。

 実戦とゲームとでは、やはり感じ方が違うのだろう。


「ま、とりあえず乙」

「おつー。なんてね」


 アヤメとミーミルは互いに笑いあう。

 よくやっていたやり取りなのに、不思議と懐かしい気がした。

 こうやって笑いあうのは、もしかしたら久しぶりだったかもしれない。


 そこにオルデミア達が殺到した。


「大丈夫ですか!? 閃皇様! 剣皇様!」

「今のは一体!? さっき召喚していたのは、まさか精霊王なのでは!?」

「黒い爆発をどうやって!? 闇属性の法術は実用化されていないはず!」

「現神蝕を倒してしまうなんて信じられない!」

「アイリス帝国万歳! 万歳!」


 いきなりの質問責めと賛辞責めだった。


「ちょ、ちょっと順番で」

「ニャッ、ニャアッ」


 百人近い人から発せられる熱気が凄い。

 その熱気は、現神触に一歩も引かなかった二人を、二十歩も引かせた。


「み、みんな落ち着いて」

「これが落ち着いていられますか! お二人は歴史に残る偉業を成し遂げたのですよ! 現神触を倒したのです!」


 オルデミアの勢いはまるで燃え盛る炎のようだった。

 とても暑苦しい。


「剣皇様! あの、あの技は一体! そしてさっきの剣はどこから!」

「どこからだろう?」


 パークスの問いに、自分でもさっぱり分からないと首を傾げるミーミル。


「本気で死ぬと思ったぜ」

「同じく。まだ生きてるのが信じられない」


 アベルとエーギルは胸を撫で下ろしていた。

 現神触は、この世界において神に等しい存在である。

 もしくは天災と同じように思われている。

 そんな存在を退けられるどころか、倒してしまえるとは思ってもみなかった。


 例えるならば、いきなり襲ってきた地震を、たった二人の人間が地面にパンチを叩きこんだら、収まった――くらいのインパクトがあったのである。


「剣皇様って本当に凄いですね」

「ああ、間違いない。本物の英雄だ」


 チューノラとフィードゥはまるで子供のように目を輝かせながら、ミーミルを見る。


 そこにはもはや亜人種に対する差別感情は一切、無かった。

 同じ武人として、心の底からの尊敬のみがそこには有った。


「神だ」

「神だな。祈ろう」


 カナビスとトトラクはアヤメに向かって祈りを捧げていた。 

 二人の中ではもはやアヤメは神格化されつつあった。

 天使から神へとランクアップしていた。


 

 各々が各々に、圧倒的理不尽への勝利を噛みしめていた。


 

「本当に良かった。後はジェイドタウンに向かうだけだ」

「剣皇様万歳! 閃皇様万歳! アイリス帝国万歳!」

 

「とりあえずみんな落ち着いてくれ。ジェノサイドが近づいてるし」


 ミーミルが指差す先に、ジェノサイドが来ていた。


「ゴアアアアアアアア」


 しかも白い奴と青い奴が三匹もいる。




 

 その場にいた全員が固まった。



 

『――ヒイイイイイ!』


 一瞬の間の後、アヤメとミーミル以外の全員が悲鳴を上げた。

 骸が仲間を呼んでいたのを、すっかり忘れていたのだ。

 優れた五感でジェノサイドの接近を感じ取れていたのは二人だけであった。


 一難去ってまた一難である。

 現神触より遥かにマシではあるが、それでも洒落にならない。

 だがアヤメとミーミルは落ち着いたものだった。


「ミーミル、いける?」

「割と疲れてる」


「じゃあ、あの白いのはミーミルが受け持って。後は――」

「疲れてるって言ってるんだが。薬も切れたしな」


『集エヤ 世ノ理ヨ 唄エヤ 世界ヲ巡ル 血ノ累ヨ』


「もう歌ってるし。無視か」


 

 アヤメは降臨唱を発動させる。

 アヤメの周囲にゲートが展開された。

 やがて中から、またさっきの謎の生物が四体、現れる。


「やっぱりこれ、精霊王ですよ! 外見が伝説とほぼ同じだし!」

「精霊王は肉体を持っていないはずだが、どうして見えるのだ……」


 兵士達が謎の生物を見ながら慌てふためく。

 そんな兵士達を四色のフィールドが覆う。


 

『ジグラートの烈火』

『コーネリアの砂塵』

『カリギュラの協奏曲』

『アマツの神風』 



 ガチガチの防御歌四重奏。

 最低限の攻撃力を維持しつつ、回避を上げて、当たったとしても高い防御力で阻み、その防御を貫通されたとしてもダメージシールドで命を護る。


 俺の時とは違って、お優しい……とミーミルは思った。

 そう思いながらも、魔人刀を呼び出すと、構えるミーミル。


 一方でアヤメは落ち着いて状況を分析する。


 巨大なメスをミーミルが抑えれば、後のオスは兵士達でも倒せるはずだ。

 一度目のジェノサイド襲来より、遥かに強力なバフがかかっている。

 負ける要素は少ない。


 アヤメは深呼吸して、叫ぶ。


「みんな、もう少しだけ頑張って!! 絶対、勝てるから!」


 アヤメの言葉で、兵士達の動きが止まる。


 かつての英雄とは言え、あんなにも幼い少女が、誰よりも早く檄を飛ばしたのである。

 それに応えられない訳が無い。

 子供が頑張っているのに、大人が慌てふためいている暇などあるものか。


「――全員! 密集陣形!」


 一瞬で冷静になったオルデミアが真っ先に叫ぶ。


「パークス! 右翼へ! アベル、中央! エーギルは左翼へ! 閃皇様を中心に!」


 さっきまで慌てふためいていた兵士達が、無駄の無い動きで陣形を組む。

 ほんの僅かな時間で、美しい陣形が敷かれていた。


 至近距離まで近づいていたジェノサイドが、オルデミア達に襲い掛かる。


「恐れるな! 我ら帝国兵の力を見せてやれ! 行くぞ!」

『おお!!!!』


 その声はアヤメやミーミルの身体を、芯から震わせる程に、力強かった。


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