第51話 ドゥームスレイヤー

 ミーミルは突進スキルを使わず骸に向かって走った。

 

 当然、骸は後ろに飛んでミーミルから距離を取る。

 それがミーミルの狙いだった。


「魔人 闇刃!」


 それを見てからミーミルは、空中にいる骸に向かって突進スキルを放つ。

 空中ならば、自由に身動きが取れないはず。


 だが、その程度の事は骸もお見通しであった。

 ミーミルの突撃を、触手でガードしつつ、反動で遠くに逃れる。


 さっきと同じ結果。


「ストーム・インパクト!」

 

 ――になると思われた。


 空中でも突進スキルが撃てる。

 それは先ほどの攻防で実証済み。


 ならば外れた後に、即座に別の突進スキルを撃てば、空中だろうがなんだろうが、物理法則を無視して追いかけられるはずだ。


 ミーミルは空中で直角に曲がると、骸に肉薄する。


 だが骸の機転が、それを退けた。

 骸は触手の一本を地面に叩きつける。

 その反動で、空中で真横に軌道を変え、ミーミルの突進から辛くも逃れたのだ。


 強引な空中制御でバランスを崩していた骸が、地面に足をつく。

 骸がいた空間を、ミーミルの盾が空しく空を切った。



 

 盾?




 骸にはミーミルが持つ武器が何なのか理解できなかったが。

 いつの間にか、持っている武器が変わっている事には気づいた。


 それが何を意味するのか。

 それはミーミルが次のスキルを使ってから、気づいた。



「シールド・ラッシュ!」


 

 二次転職で覚えるスキル。

 射程500。威力155。

 盾がないと使えず、威力も低い騎士職の初期スキル。


 だが逆を言えば、盾を装備さえすれば使えるのだ。

 盾を捨てたドゥームスレイヤーが、相手を逃がさない為だけに盾を持つ。

 

 ミーミルが狙っていたのは、空中で動きの取れない相手を追う事ではない。

 空中でバランスを崩させ、着地して動けない瞬間こそが、ミーミルの狙いであった。


 もはや体捌きでは逃げられない。

 そう本能的に感じ取った骸は恐るべき速度で突進してくるミーミルに、苦し紛れに触手を放つ。

 ミーミルはその触手の群れに、盾を構えたまま、真っ直ぐ突っ込む。


 盾は持てるものの、ドゥームスレイヤーのシールドマスタリースキルは低い。

 触手が当たった瞬間に、盾は砕け散る。

 舞い散る燐光を残し、盾は欠片も残さず消滅した。


 もちろん、そんな風に盾が壊れる訳がない。

 盾は砕け散ったのではなく『収納』されたのだ。


 

 そして、ミーミルの右手に、違う武器が燐光と共に現れた。



 その禍々しく、黒い刀身は、あらゆる物を斬り裂く。

 人を越え、魔を宿す悪夢の存在のみが使える呪われし武器。




『鬼哭 裏桜花』


 魔人刀。


 

 無数のカギ爪触手が、無防備なミーミルを襲う。

 足を、肩を、わき腹を、爪が切り裂く。


 その一本を、ミーミルは左手で鷲掴んだ。


 

「逃げられると思うなつってんだろうが」



 ミーミルは凄絶せいぜつな笑みを浮かべる。


 恐らく生まれて初めて。

 現神触は、恐怖を感じた。

 

 ミーミルは自分に向かって思いっきり触手を引き寄せる。

 人外のレベルまで歌で強化されたミーミルの膂力に、骸はなすすべもなく引き寄せられる。



 そして射程に入った。



『魔人剣 羅!』

 威力7890。

 荒れ狂う黒い波動の渦が、かまいたちのように触手を切断する。


『魔人剣 刹!』

 威力8864。

 音すら置き去りにする横薙ぎの一撃が、骸の両足を切り飛ばす。


『魔人剣 天!』

 威力9299。

 地面から突き立つ黒い刃が、骸を貫いた。


 そして――。


 刃に貫かれ、動けない骸に向かってミーミルは刀を構える。


「耐えられるモンなら耐えてみろや」


 最後に使うのは三種の魔人剣スキルを当てた時のみに使用可能となる技だ。

 覚醒スキルと呼ばれる三次職上位単体攻撃スキル。

 射程10・消費MP795・ディレイ180。



 威力 24444。


 

 人を越え、魔を越え、神の領域へと至った魔人のみが扱える奥義。

 

「魔神 羅刹天衝!!」


「ギイイイイイアアアアア!!!!!!」



 初めて『骸』が『誰でも聞き取れる叫び声』を上げる。

 



 漆黒の柱が天を衝いた。




 城壁を破壊した時のおよそ十倍――いや十倍を遥かに越える破壊力が、たった一体の生物に叩きこまれたのだ。


 再生など、何の意味もなかった。

 後には何も残らない。



 現神触『骸』は、この世から完全に消滅した。

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