第50話 残り三分

 鉄を叩くような音がして、ミーミルが吹き飛ぶ。

 ミーミルはうつ伏せのまま、地面を滑った。


「ってぇ!」


 後頭部を抑えながら、跳ね起きるミーミル。

 その視線の先では、『骸』がゆっくりと立ち上がろうとしていた。


「――マジか」


 確かに上半身と下半身――真っ二つに分断してやったはずである。

 だが断面から黒く細い触手が伸び出て、上半身と下半身を繋いだのだ。

 さすがに修復に時間がかかっているのか、傷跡から細い触手がウニョウニョと動いているのが見える。


「大丈夫!?」

「あー、大丈夫。アマツの吸収シールドが残ってたお陰で頭吹っ飛ばずに済んだわ」


「良かった……怪我がなくて」

「しかしあのチートふざけてんな。何だあの再生速度」


「大丈夫、こっちもチートだし。チートをチートでねじ伏せてやろう」


 アヤメの力強い言葉にミーミルは口の端を歪める。

 そういうゴリ押しは嫌いではない。

 むしろ望む所だ。


「おし。とりあえず絶掌コンボじゃダメだな。もっと上だ」


 納刀していた刀を引き抜き、構えるミーミル。


 

 アヤメはすでに歌っていた。


 

『ジグラートの烈火』

『死霊都市の鎮魂歌』

『カリギュラの協奏曲』

『狂戦士戯曲』

 

 マクロ1編成。


 クリティカル率・攻撃力向上。

 攻撃速度・クリティカルダメージ向上。

 命中率・回避向上。

 防御力がダウンする代わりに攻撃力・攻撃速度・クリティカル率・命中率・移動速度向上。


 ゴッリゴリの火力歌四重奏だ。


 とにかく避けて叩けってか。

 スパルタだわ、と思いながらもミーミルは笑みを浮かべる。

 とても十数秒前に「怪我がなくて良かった」と心配していた同一人物とは思えない。


 まあ、それでこそアヤメなのだが。


 ミーミルは構えると骸に向かって剣を向ける。

 今度の先手は、ミーミルだった。


「魔人 闇刃!」


 ミーミルは鬱陶しい触手を展開される前に、一気に距離を詰める。


 が――。

 骸は地面を蹴り、大きく距離を離す。

 そして、首をぐりんっ、と傾げた。


 ぶちっと、肉が裂ける音がして、骸の首の付け根から、もう一つ顔が現れる。


「――ィ―――――!」


 その顔は大きく息を吸うと、叫んだ。

 だが、その音はアヤメには聞こえない。


「うっるせ!」


 ミーミルだけに聞こえる音だった。

 その音には聞き覚えがある。


 それは――。

 

 大地が震動する。

 遠くから、何かが近づきつつある。


「おいおいマジか!?」


 さすがにミーミルも青ざめた。

 

 仲間を呼んだのだ。


『骸』はジェノサイドの現神触だ。

 つまり仲間というのは。


「ゴアアアアア」


 遠くから聞こえる声は、複数だった。

 しかも少し前に倒したエーギル達が倒したジェノサイドより、大きな声に聞こえる。


「じょ、冗談じゃ――」


「ミーミル! 瞬間ポット使って!」


「……あー、了解!」


 アヤメの指示でミーミルは二つの薬瓶を取り出し、飲む。

 瞬間攻撃速度増加ポーションと、瞬間移動速度増加ポーションだ。


 三分間。

 

 このポーションを飲むと、三分間だけ大幅に能力を引き上げる事ができる。

 つまり三分であの骸をぶっ殺せというアヤメのお達しだ。


「時間制限付きで、ますますレイドボスっぽくなったな」


 仲間が乱入してくれば状況は、かなり厳しくなってしまう。

 乱入される前に親玉さえ倒せば、後はどうにかなる――はずだ。


「ミーミル、気合い入れてね! 絶対に倒すよ!」

「応!」


 体の奥底から湧き上がる力を感じながら、ミーミルは骸を見据える。

 骸はさっきと違い、攻撃を仕掛けようとしてこない。

 仲間が来るまで、時間稼ぎをするつもりのようだった。


「そうはさせるか」


 ミーミルは再度、「魔人 闇刃」を発動させる。

 今までで最速の斬撃が骸を切断した。

 もはやアヤメの目ですら捉えられない程のスピードである。


「!?」


 だがミーミルの刀が切り払ったのは、骸の触手だけだった。

 攻撃に使う触手を防御に回し、ダメージを軽減させたのだ。


 ミーミルの攻撃反動を利用し、大きく飛び退る骸。

 触手は見る間に、再生していく。


 そうやって触手を盾にして逃げ続けるつもりらしい。

 完全に逃げの一手だ。


「おー、そうかい。そういう事すんのね」


 そう言って、ミーミルは「魔人 闇刃」のクールタイムが過ぎるのを待った。


 この戦闘中に試してみたが、やはり連続でスキルは撃てないようだ。

 現実なのにゲームと同じように冷却時間があり、使おうとしてもスキルが発動しない。

 自転車のブレーキが切れてしまい、ブレーキを引いても『スカッ』と手ごたえを感じない――そんな感覚だった。

 つまり連続で突進スキル「魔人 闇刃」を使用し、敵を追う事は不可能なのである。

 

 だがミーミルは不敵に笑みを浮かべる。

 そして、こう呟いた。



「逃げられると思うな」



 その雰囲気にアヤメは覚えがあった。


 狩りを中断してPKを追っていた時と同じだ。

 移動速度増加の歌が必要だと、アヤメも無理やり連れられていたあの時。

 ミーミルは逃げるPKを、見事に追いかけて倒した。

 自分よりも足の速いアサシン職のPKを。


 だからミーミルなら必ずやってくれる。

 そう信じて、アヤメは歌った。

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