第一部 三章
第24話 起死回生の毒対策
翌日。
異世界で初めての夜を過ごし、朝を迎えたミーミルとアヤメは、今後の事を相談していた。
「昨日、ベッドに入りながら考えたんだが」
「うん」
「やはりこの有り余るチート力で貴族を滅ぼすしかないと思う」
「却下ね!」
早朝から血生臭い発言をするミーミル。
当然ながら却下であった。
「じゃあアヤメは何か思いついたのかよ」
「……貴族の人達とは、とりあえずは距離を取るべきと思う」
「貴族から距離を取るのは出来ても、暗殺者が距離を取ってくれないだろ」
「うん。でも国に何かしようとする意思が見られなければ、そのうち放置してくれるようになるんじゃないかなぁ……と」
「なるかねぇ?」
「ミゥン皇帝が放置されてるんだから、それに近いレベルだと思われればいけるはず」
「でもミゥン皇帝に国を建て直してくれって依頼されてるぞ」
「ぐぬぬ……」
アヤメは頭を抱えた。
あちらを立てればこちらが立たず、というやつだ。
「じゃあ今までをまとめると、だ。血生臭いのは無しで、国に干渉せず、目立たないように、国を建て直せばいいって事だな」
「そうなるね」
「で、どうすればいいんだ。それ」
「わかんない」
「わかんないな」
やはりアホが二人で考えても時間の無駄であった。
「とりあえず暗殺者が来る前提で、しばらく動くしかないかも」
「そうなると思ったから結局、滅びを選択する事になってしまったのだ」
「そんな事したら絶対止めるからね」
「分かってる。冗談だって」
アヤメは『半分くらい本気に違いない』と思いながら、ため息をついた。
「しかし飯に毒を入れられるのだけは何とかならないものかね。モノを食べるのは、こう毒に邪魔されず、自由でなんというか命を救われてなきゃ」
「とりあえず毒に関して、対策は出来ると思う」
アヤメもベッドの中で、案を考えていた。
でなければミーミルが暴走しかねないと思っていたからだ。
「……マジ?」
「うん、あのね……」
アヤメはミーミルに考えていた案を伝える。
「どう?」
「……なるほど」
案を聞いたミーミルは、それならばさすがに毒は盛られないだろう、と思った。
だが色々とハードルが高い。
少なくともミーミルには出来なかった。
「言っとくが、それ俺は無理だぞ」
「分かってる」
それも織り込み済みの案だ。
ミーミルの手は借りず、アヤメだけで食事への毒の混入を防ぐ事ができる。
「本当にやるんだな?」
「それしかない……と思う」
アヤメはしっかりと頷く。
「じゃあコカワさんに連絡だな。オルデミアにも」
そう言ってミーミルは結線石を掴んだ。
中央城から南。
剣皇が大暴れした第一・第二騎士団詰所。
ここでは皇帝城を護る兵士が、日々の訓練しながら生活している。
詰所には先日、吹き飛んだ各種闘技場や練習器具だけでなく、生活に必要な施設は全て揃っている。
寝所や食堂だけではなく、生活用品の販売や療養所まで完備してある。
そして朝のこの時間は、殆どの兵士が食堂へと集まる。
食堂に上下の差は無い。
一般の兵士も、部隊長も、オルデミアのような騎士団長ですらも、全員が同じ食堂で食事を取るのだ。
こうする事により兵士に強固な一体感が生まれるらしい。
同じ釜の飯を食う間柄、というやつだ。
その食堂に、閃皇と剣皇がいた。
上下の差が無いのは、あくまで兵士の間だけだ。
さすがに皇帝は別の場所で、ご飯を食べる。
それが当然であり、権威の象徴でもあった。
それなのに二人の皇帝が兵士食堂にいる。
突然の来訪者に、食堂にいた兵士達は食事をする事すら忘れ、二人の近くに黒山の人だかりを作っていた。
だが二人は、ただの来訪者ではなかったのだ。
「美味しい?」
「美味しい、です」
「うむ……」
「んまいっ! やっぱ料理うまいね」
「よかったー!」
三人の感想を聞いて、アヤメは照れ笑いをする。
アヤメはエプロンをつけていた。
ミーミルとオルデミア、コカワの前には、スープと焼いた目玉焼、パンが並んでいる。
これを作ったのはアヤメだ。
これこそがアヤメの策であった。
料理に毒を入れられるなら、自分が作ってしまおう。
そして味見を他人にさせよう。
これならば誰にも毒は入れられないし、仮に素材自体に毒を入れたとしても、食事をした全員が毒を食らう。
食堂ならば人の目も多い。
こんな状況で暗殺を強行してこないだろう、というアヤメの予測だった。
「閃皇様が、料理を出来るとは知りませんでした。ご無礼をお許しください」
コカワがアヤメに恭しく礼をする。
「気にしないでいいよ。メイドさんからしたら止めて当然だし」
料理を作りたいとコカワに提案すると、控えめながらも、かなり強く反対された。
下々の仕事場に、皇帝が入って来るのだ。
反対して当然である。
「よーし。感じは分かったから、もう何人分か作っちゃうね」
そういってアヤメは調理場に戻ろうとした。
「お手伝いします」
「大丈夫。コカワさんは座ってて。さっきまで手伝って貰ってたし、今度は一人でやってみたいの」
一緒に調理場に入ってこようとしたコカワを制するアヤメ。
「分かりました。ですがお茶だけは淹れさせて下さい。これではメイドとしての沽券に関わります」
「んー、じゃあお願いします」
コカワに笑いかけつつ、そう言うとアヤメは料理を再開する。
謎の調味料に謎の植物、謎の卵。
素材は謎尽くしだが、調理器具は日本の物と大差なかった。
不思議ではあったが、よく考えてみれば当然なのかもしれない。
異世界であっても、人の形をしている種族が使う道具ならば、人が使いやすいような形に進化していく。
それはきっと文化や言葉が違っても同じはずだ。
現に地球でも包丁や鍋は、世界中どこも似たような形なのだから。
後はレシピと調味料の味さえ覚えれば、簡単な料理ならばそれなりの物になる。
コカワに教えて貰ったレシピを思い出しながら包丁を振るう。
鍋に油を落とし、卵を半熟に焼く。
高校から大学までの五年間、自炊で鍛えた料理の腕が唸る。
アヤメは手早く三人分の料理を作り上げると、テーブルに並べた。
それとほぼ同時にコカワのお茶がテーブルに並ぶ。
「えーっと」
コカワに礼を言ってから、アヤメは黒山の人だかりを見渡した。
「そこの二人、味見してみて」
適当に兵士の二人を指名する。
この適当さも重要だ。
「私、ですか?」
「宜しいのでしょうか?」
「遠慮せず食べてみて。で、食べた感想をお願いします」
今回作ったのは味付けを少し変えてある。
自分としてはこちらの方が、コカワに教えて貰ったレシピより味がぼやけていないと思うのだが、それがこの世界の人間にとって美味しいのかどうか分からない。
要は違う文化圏に住む者同士で、味覚のすり合わせをしてみたかったのだ。
「では……」
「頂きます」
指名された兵士の二人は、アヤメの席の向かいに座ると料理に手をつける。
二人は味を確かめるように、ゆっくりと料理を食べた。
「美味しい?」
「とても美味しいです」
向かいの兵士の一人が返事をしてくれる。
「こっちとどっちが美味しい?」
そう言ってアヤメは余っていた一人分の皿を差し出した。
こっちはコカワに習った通りのレシピだ。
兵士は皿の肉を一かけら口に入れる。
「……こちらの方が薄味だと思います。私としては味の濃い方が好みなので、先ほどの方が美味しく感じます」
「ふむー、好みの問題かぁ……」
そう考えこんだ所で、もう一人の兵士が動かなくなっている事に気づいた。
箸が全く進んでいない。
兵士は俯き、お茶の入ったコップを握りしめて、体を震わせている。
もしかして口に合わなかった――いやコカワの言う通りに作ったから大丈夫のはず。
まさか毒が入っていたとか?
そんな意地でも暗殺したいのか?
「だ、大丈夫? 苦しい?」
様々な疑問が浮かびつつも兵士に声をかけるアヤメ。
「――っ」
微かに声を漏らした兵士の机に、水滴がポタポタと落ちた。
お茶ではない。
――涙だった。
――――――――――――
アヤメ(中の人)の自炊スキル=高校から大学2年まで一人暮らし。
田舎から定期的に送って来る
大量の野菜や米を腐らせないよう
頑張って処理しているうちに料理が上達した。
ミーミルもかなりお世話になっている。
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