第52話 人間の意地

「おお、強そうな奴等じゃないか」


 リーガルは剣を構える二人を見て満足そうに頷いた。


「相手が剣なのだ。こちらも剣でいこう」


 オルタは地面に転がっていた枝を拾う。

 その枝の周囲に緑色の光が纏わりつく。

 

 アベルはパークスに目配せする。

 パークスは無言で首を縦に振った。

 言わなくても気をつけなければならない点は分かっていた。

 

 何より気をつけねばならないのは無詠唱の法術だ。


 本来ならば詠唱によって相手が何に力を借り、どんな事を起こそうとするか法術は予測ができる。

 法術の唯一ともいえる弱点だ。


 しかし神護者の場合、無詠唱で法術を発動できるので、予想が立てられない。

 始まった途端に足元を植物で絡めとられる可能性もある。


 しかし、拘束系の法術は使わないだろう、という予測はあった。

 いきなり動けなくしてしまえば、何の楽しみもないからだ。

 もし拘束系法術を無詠唱で使うとするなら、しばらく戦って飽きてきたり、こちらが逃げ続けると使おうとするだろう。

 

 それまでは恐らく拘束される危険は無い。

 そう見せかけて、初手で拘束してくる可能性も、もちろんある。

 

「剣か……こんな感じか?」

「いいぞ。様になっている」


 リーガルとオルタは枝を、アベルに向かって構える。


 その構えは隙だらけであった。

 確実に素人である。

 

 初手で拘束してくる可能性は無い。

 そこまで『読み』を行う手練れではない。

 

 『光王刃トゥクル・ブレード雷霊瞬光トーニト・ラッシュ雷霊障壁トーニト・リフレクト

 

 アベルは三種の法術を同時発動させる。

 

火霊剛力フゥ・ブレイブ火霊障壁フゥ・リフレクト


 パークスも二種類の法術を同時発動させた。

 

 法術を同時発動させるには高い才能と、長い修練が必要となる。

 三種発動させられるのは本当に選ばれた人間だけだ。


 広い帝国内でも三種発動が出来るのは帝国騎士団長のオルデミアとリリィ。

 それから四大貴族のマキシウスとシグルド。

 後はアベルとジオくらいしか思い当たらない。

 

「で、どっちがどっちをやる?」

「適当で良いだろう」

 

 

「双方準備が整ったようだな! ルールは簡単だ! どちらかが立てなくなった時点で終了だ! 生死は問わない! 我々が勝てば、指揮官を処刑する! 負ければ撤退しよう! なお、外野からの一切の干渉は禁ずる! もし手を出せば、その時点で指揮官の処刑を行う!」

 

 ジーベは戦場に響き渡る声で叫ぶ。

 口調はまるで闘技場の興行主のように芝居がかっている。


 だがその声に反応する者はいない。

 一方的に作られた状況で熱狂する人間などいる訳がなかった。

 

(んだよ、ノリが悪いな)

(いいからさっさと始めろ)

 

 ジーベの小言にオルタが苛立ちを見せる。

 一刻も早く戦いたいらしい。

 

「……ったく……それでは、始め!!」


 ジーベの声が開始の合図になった。



 それと同時にアベルがオルタに肉薄する。

 かつて剣皇にも届いたダッシュ斬りであった。


 

「おっと!」


 オルタはその剣の一撃を枝で受ける。

 光王刃で強化された剣が枝に纏った木霊刃とぶつかり合い、火花を散らした。


「くっ――」


 アベルの全力をこめた剣は片手で受け止められている。


 やはり膂力の差は明確であった。


 だが、そこにパークスが滑りこむように突っ込んで来た。

 オルタに向かって剣を振り下ろす。


「二人がかりでどうにかなると思ったのか?」


 オルタは空いていた左手でパークスの剣を掴もうとする。


 だが、オルタの手に届く前に、パークスの剣はリーガルの枝に止められた。


「おい、俺を無視するなよ」

「ちいっ」


 パークスは思わず舌打ちをする。


 やはり相手の警戒は薄い。

 神護者はパークスの剣を素手で掴もうとしていた。

 もしかしたら開始早々に致命的な一撃を叩きこめるのでは、と期待していたが……。


 そう甘くもないらしい。


 パークスはリーガルとせめぎ合う。


「……法術で強化されたとしても、こんなものか」


 リーガルはつまらなさそうに剣を重ねたままパークスを押す。


「ぐっ」


 それだけでパークスは一歩、後退した。


「ほら、どうした。もっと気張って見せろ」


 リーガルはさらに一歩進む。

 パークスは踏ん張るが、地面が削れるだけだった。


「ここまで――とは」


 パークスは額に脂汗を滲ませる。

 

 その場にいた兵士達がざわめき始めた。


 パークスには、まともに人と戦った経験はない。

 それでもパークスの恵まれた体格や、普段のトレーニングを見ている人間ならば、ちゃんと戦えば間違いなく強いはずだった。

 それこそ、ジオと肩を並べる程の技量は持っていたはずだ。

 

 だが、そのパークスが片手だけで御されている。

 その光景は兵士達の心に絶望感を広げつつあった。

 

「本気で押したら潰れてしまいそうだな」


 リーガルは笑みを浮かべながらパークスの剣に力を籠める。


 もちろん力で敵わないのは分かっていた。

 だが力で敵わなくとも、技で抗う事は出来る。


 パークスは受けていた剣を僅かに傾け、力のベクトルを逸らす。

 力を籠めて押していたリーガルは、急に力がすっぽ抜け、たたらを踏んだ。


 パークスはリーガルの左側に抜けながら、剣を薙ぎ払う。


 

 硬い音がして、パークスの剣は弾かれた。


 

 剣はわき腹を浅く捉えていたが、やはりこの程度ではかすり傷も与えられない。

 パークスは油断なく距離を離し、剣を構え直す。


「む……?」


 リーガルはわき腹を抑える。

 一瞬、微かな痛みがあったような気がしたからだ。


 今まで剣で斬られる経験など無かったから、ただの錯覚かもしれない。

 痛くもないのに、痛いと言ってしまうのと同じだ。


「おい! リーガル、ぼうっとしてないで少しこっちを手伝え」


 オルタは連続で襲い来るアベルの剣を弾きながら言う。

 アベルも力勝負を挑んでいなかった。

 手数を多くし、速度で対抗する。


 純粋な剣を振るスピードや力は、オルタの方が上だ。

 だが生物としての反応速度は、特筆すべきほど早くはなかった。

 技量も低く、簡単にフェイントに引っかかる。


 すでにアベルの剣は、オルタを何度も切り刻んでいた。

 鎧をも破壊する光王剣の爆発は何度もオルタを直撃している。


 もちろん、ダメージは無い。

 全ての斬撃は弾いていた。

 だが、ダメージが無いにしても、鬱陶しい事に変わりはなかった。


「いい気になるな!」


 オルタはアベルに向かって枝を振り下ろす。

 その振り下ろす速度は目にも止まらない。


 まともに当たれば、ただの枝といえど死に至る威力を持っている。

 だが、振り下ろそうとする前に、アベルはすでに半歩動いていた。

 何もない空中を、枝が空しく高速で行き過ぎる。


 

 アベルは同じような相手と、ここ最近は何度も剣を交えている。

 その経験がアベルの身体を神護者の攻撃から護っていた。


 

 だが、このまま避け続ければ神護者が本気を出してくるかもしれない。

 そうなれば確実に敗北する。

 一瞬で決着をつけるしかない。

 

 アベルはパークスに目配せする。

 

 剣を交えて確信を得たが、やはり基本的な部分は人間と大差なかった。

 フェイントには引っかかるし、死角もちゃんと存在する。

 あらぬ方向に関節が稼動したりはしないし、重心の乗せ方も人間だ。

 全知全能の究極生物ではない。

 

 それならばごく簡単な仕掛けにも引っかかるはずだ。

 そのタイミングにこちらの全力をぶつける。

 

風霊疾駆ヴェチル・ラッシュ


 どのみち当たれば即死だ。

 アベルは雷霊障壁の発動を中断し、他属性の加速法術を使う。


 アベルの剣戟がさらにスピードを上げる。

 それはもはや素人には捌けるような速度では無かった。


 まるで美しい演舞のような太刀筋は、受け止める事すら敵わない。

 オルタの身体に連続で剣が撃ち込まれる。


 アベルの剣はオルタに当たり、火花を散らした。


「――ち」


 オルタは短く舌打ちをする。

 オルタにも、アベルが『決め』に来ているのが分かった。


 だが手数が早くなった所で意味はない。

 単発の威力が高くならなければ、神護者の防御を貫通する事はできない。

 それでも一方的に殴られて面白いはずがなかった。

 

(遊んでないで、さっさと助けろ)

(仕方ないな)


 オルタはパークスと切り結んでいたリーガルに呼びかける。

 リーガルは軽くため息をつくと、強めに力を入れた。


「くぅっ!!」


 それだけでパークスは大きく弾き飛ばされる。

 パークスを弾き飛ばし、距離を開けるのが目的だ。


 アベルはオルタに集中していた。

 背中がガラ空きである。


 リーガルは反転し、アベルに向かって跳ぶと枝を振りかぶった。


 真後ろからの神速の斬撃である。

 とても人間に受けられるような一撃ではなかった。



光王烈トゥクル・フラッシュ

 

 

 瞬間、リーガルの視界が光に包まれる。


 

「があっ!?」


 リーガルは目を焼く閃光に悲鳴を上げる。

 

 炸裂したのは『光王烈』である。

 前にミョルドがパロックを追い払った時に使った法術の上位法術だ。

 

 アベルの狙いは目の前にいるオルタではなく、リーガルであった。


 アベルが中断した法術は『雷霊障壁』だけではない。

『光王剣』も中断していたのだ。


 オルタは自分の身体を斬りつける剣が、いつの間にか爆発を巻き起こしていない事に気づけていなかった。


 アベルが法術を同時に発動させられるのは最大三種。

『光王剣』と『雷霊障壁』を中断すれば枠が二つ空く。


 枠を一つ使って攻撃速度を上げたのはオルタを追い込む為だ。

 倒す為ではない。

 光王剣が効かない時点で、アベルに神護者は倒せない。


 

 神護者を倒し得るのは、パークスしかいない。


 

 アベルはリーガルにあえて背を向けていた。

 そうすれば、リーガルが確実に背後から襲ってくると思ったからだ。


 リーガルが襲い来る気配を感じた瞬間、アベルは振り向く事無く左手だけ、背後に向けて『光王烈』を放った。

 それは目の前で炸裂したリーガルだけでなく、至近距離にいたオルタの目も焼く。


 効かなかったのは背を向けていたアベル。

 そしてアベルが光王剣を中断していた事に気づいていたパークスだけだった。

 

 今しかない。

 

火王烈剣フラーム・フランベルジュ!!』

 

 パークスは全ての力を攻撃力に回し、法術を発動させる。

 狙うのは目を抑えて屈むリーガルの首元。

 ジオの剣は弾かれたが、今回は違う。


 神器と筋力強化、武器強化、パークスの全力の振り下ろし。

 威力だけならば、この世界の人間が出せる最大級の一撃。


 

 それがリーガルの首に叩きこまれる!



 

 強烈な爆炎がリーガルの頭を包んだ。

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