第53話 処刑

 最初に断っておきます。


 今回の話は残酷な描写や悲しい事が沢山、起こります。

 覚悟して読んで下さい。



――――――――――――





「リーガル!」


 オルタが叫ぶ。

 眩む目が微かに捉えたのは、リーガルの首に打ち込まれる剣の閃きだけであった。

 そして同時に、耳をつんざく爆音がリーガルの耳に届く。

 

「何が――」


 オルタは突然の出来事に狼狽える。

 目は眩んだままで周囲の様子は何も分からない。

 

 その隙を逃すパークスではなかった。

 

 パークスは一気に踏み込むとオルタに肉薄する。

 そして全力でオルタのがら空きだった腹を薙ぎ払った。

 

「ぐはあっ!!」


 オルタの腹部で爆発が巻き起こる。

 オルタは叫ぶと、膝を折り、地面に蹲った。


 そのままオルタは地面に土下座のような形で倒れ伏す。

 

「く……くおお……」


 蹲ったままオルタは震えた声を上げる。

 ダメージは与えたが、まだ生きている。


 パークスは止めを刺すべく、オルタの首に向かって剣をさらに振り下ろした!


 

 

木王障壁レスタ・リフレクト



 

 パークスの剣が止まる。

 先端がオルタの首に触れるかどうかのギリギリで止まっていた。

 見えない障壁のようなモノに阻まれている。

 

「そんな――馬鹿な」

「馬鹿なじゃない」


 声は真後ろから聞こえた。

 

 パークスの真後ろに、いつの間にかリーガルが立っていた。

 

 アベルが声をかける暇もなかった。


 見ていたアベルも、一体いつパークスの真後ろにリーガルが立っていたのかも分からない。

 そしていつの間に、その腕を振り上げていたのかも分からなかった。


 ひりつくような殺気を感じたパークスは振り向かず、腕だけを右に動かして剣を盾に――。



 ボキボキブチブチ。



 と自分の身体から厭な音が聞こえた。


 踏ん張ろうとしたが、自分の足が地面についていない事に気が付いた。

 地面が遠い。

 視界が勝手に流れる。


 それで自分が、空を真横に飛んでいるのだと気づいた。

 自分を見て恐怖に歪む兵やネーネ族の皆の顔だけが、何故かハッキリと見えた。

 

 いくら現神触の一撃と言えど、無限に飛ばされる訳ではない。

 やがて速度を失い、パークスは地面に転がると、動かなくなった。


 

「――パークス!」


 まるでおもちゃのように吹き飛んだパークスを見て、アベルは声を上げた。


「他人の心配をしている場合か?」


 屈みこんでいたはずのオルタが立ち上がっている。

 まさかあの一撃を受けて無傷なのか?

 

 いや、無傷ではない。

 オルタは怒りを滲ませながら、腹の辺りを腕で抑えている。


 確実にダメージはあったはずだ。

 ならばもう一度、自分がやるしかない。


 アベルは周囲に目線を走らせる。

 このまま戦ってもアベルの力ではダメージは与えられない。


 ブラストソードが必要だ。

 地面に転がっているブラストソードまで、ほんの数メートル。


 だが、あの移動速度の相手に拾う暇があるのか――。

 

「久しぶりに痛みっていうのを感じたよ……」


 オルタは腹を撫でながら呟くように言った。


「俺もだ」


 リーガルも首をさすりながらアベルを見る。

 

「傷をつけられたのは本当に久しぶりだ。なかなか新鮮な体験だった。法術も使わずナメた戦いをしたのは謝ろう」


 オルタは背伸びをする。

 オルタの斬り裂かれた服から、腹の部分が見える。


 

 微かにヒビが入っているだけだった。


 

「――だが、それは別として痛みの分は返しておかねばな」



 オルタはアベルを、底冷えするような目で見据えた。

 

 アベルの全身が総毛立つ。

 何の前触れもなく、死の気配が全身を覆った。

 

 ――迷っている暇はない。


 アベルは全力でブラストソードの方向へ跳ぶ。

 まだ『雷霊疾走』と『風霊疾走』の効果は残っている。


 二重法術で極限まで加速されたアベルは、一気にブラストソードの位置まで



 ぎしっ。



 音がしてアベルは一歩を踏み出せなかった。

 何かに足を引っ張られている。

 見るとアベルの足に木の根が絡みついていた。

 

 木霊縛。

 無詠唱法術。

 

「まあ光った瞬間に防御法術を使ってたから良かったものの……使っていなければ大怪我していたかもしれんぞ」

「俺なんか首だぞ。殺す気か」


 リーガルとオルタは談笑しながら動けないアベルに近づいてくる。

 

『火霊――』「落ち着け」


 法術を使い、足ごと木の根を焼こうとしたアベルに木の根がさらに絡みついた。

 全身が木で拘束される。


 一瞬でアベルは指しか動かせなくなっていた。

 

「そんなに暴れる必要は無い。すぐに終わる」


 オルタの周囲に緑色の薄いブレードと木の槍が浮かぶ。

 

 木霊飛刃と木王導槍。

 すでに三つの法術を――いや、今もオルタの身体には薄い緑の防御膜が張られている。


 四つの法術を同時発動させていた。


 

 過去に四重法術を使った人間は何人か存在した。

 魔力増幅術式が組み込まれた部屋で、万全の状態で、やっと発動できたと言われている。


 しかし、その後に負担に耐え切れず全員が発動後に死亡している。


 現在では四重法術の使用、研究は禁止されている。

 四重発動は才能ある者が、準備をし、命をかけて、やっと発動できる禁術なのだ。



 それをこうも簡単に――。



「いや、ここは剣だろう」


 リーガルは地面に落ちていた枝をオルタに投げて寄越す。


「ふむ。そうだな」


 枝をキャッチしたオルタは、枝に木霊剣を発動させた。


 

 


 五重無詠唱法術。

 

 それが目の前で、事も無げに披露されていた。




 

「時間をかけるなよー」


 木の上にいたジーベが声を上げる。

 

 

 こんな――。


 こんなモノが五体もいるのか。


 

「分かってる」


 オルタの枝が、無造作に、動けないアベルに振り下ろされる。


 防具など何の意味もなかった。

 レフナイト製の鎧がまるでバターのように、木の枝で斬り裂かれる光景は、もはや悪夢以外のなにものでもなかった。

 

 鮮血がしぶく。

 オルタの半身が返り血を浴びる。

 枝は鎧を貫通し、アベルの肩から腰までを深く斬り裂いていた。



 致命傷であった。


 

「くそ、返り血が……汚いな」


 オルタは嫌そうな顔をして顔についた血を拭う。


「終わりだな」


 リーガルは動かない二人を見ながら言った。


「リーガル、俺は気づいてしまった」

「何にだ?」

「剣術は実力が伯仲していないと詰まらん。やるだけ無駄だった」


 オルタは手に持った枝を放り投げた。


「最初から普通に戦っていれば良かったかもしれんな」

「結果は同じだろう」

「それもそうだ」


 オルタとリーガルは笑い合う。


 

「……よし、じゃあ処刑するか。ジーベ頼む」

「おう。任せとけ」


 枝と繋がっている部分の法術を中断すれば、後は落下して終わりだ。

 ジーベが足元にぶら下がっているレガリアの木霊触を解除しようとする。

 

 

「待て……!!」


 

 それを声が遮った。


 

「おお?」

「凄いな。人間程度ならさっきの一撃で上半身がなくなってもおかしくないのだが」


 オルタとリーガルは驚いていた。

 

 リーガルの一撃を受けたパークスが、立ち上がっていたからだ。


 

「ま……まだ。まだ終わっていない」


 腰に刺さっていた剣を抜き、オルタとリーガルに突き付ける。

 

 だが、その剣先は震えていた。

 

 当然である。


 

 パークスの右腕は、骨が砕け、肉が潰れており、ぎりぎり繋がっているだけだった。

 利き腕でない左手で、ようやく構えている状態だ。


 

「私がまだ――ごふっ」


 咳き込むと同時に、パークスは吐血した。

 口の中に血の味が一杯に広がる。

 あばら骨が折れ、肺に突き刺さっていた。

 

 足もまともに動かない。

 勝手に足ががくがくと震える。

 歩く事すら困難であった。

 

「もう無理だろ」

「しつこいな」


 そのパークスの様子に二人は呆れた。

 もう放って置いても死ぬような人間が、まだ終わってないとは冗談にも程がある。

 二人にはどう見ても終わっているとしか見えなかった。

 

「……まだ……戦える」

 

 パークスは抜いた剣で身体を支えながら、二人に歩み寄る。

 そうしなければ前にも進めない。

 

 神護者が言うように自分でも終わっているのは分かっていた。

 神器の防御力で即死しなかっただけで、戦えるような状態ではない。

 もはや相手の防御を貫通するどころか、攻撃が当たる可能性すらないだろう。

 

 それでも倒れる訳にはいかない。

 

 自分が倒れればレガリアが死ぬからだ。


 断じて、それだけは阻止せねばならない。

 それで自分が死んでも構わなかった。


 レガリアは――。


 兄は、ジェイド家に――いや、帝国において絶対に必要な人間だ。

 この荒廃した帝国を建て直すのには、兄のような人間がいなければならないのだ。


 パークスは、ただ前へと進む。

 千切れかけている腕からの出血が、道のように続く。

 

「パークス様……!」


 その様子に耐え切れず、兵士達が一歩踏み出そうとする。


「外野が手を出したら即処刑するルールは忘れていないよな」

 

 ジーベの声で、兵士達は動けなくなった。

 パークスがレガリアを助けたい一心で動いているのは分かっている。

 それを自分達が邪魔する訳にはいかない。


 兵士達は、もはやパークスが死にゆくのを見守るしかない事を知った。

 

「どうする?」

「どうするも何も――あんなボロ雑巾と戦う意味などない」

 

 オルタの近くに浮いていたブレードが、いきなりパークスに襲い掛かった。

 飛んできているのは分かっていたが、避けられるような余力はない。

 

 肩やわき腹が抉られ、太ももが裂かれる。

 左腕に当たった衝撃で剣が吹き飛び、地面を転がった。

 

「ぐっ……くっお……」

 

 パークスは地面に膝をつく。


 武器がなくなった。

 拾いに行く力もない。


 腕は上がらないし、喉のせり上がる血を我慢するのも限界だ。


 

 それでも――。


 

「がああああああ!」


 それでもパークスは立った。

 血の泡を吹き、叫びながら。

 兄の命を繋ぎとめる為に。



 ばつん。



 と体のどこかから音が聞こえて、パークスは地面に倒れる。

 

 起き上がれない。


 まだ起き上がるだけの力はあるはずだ。

 だが物理的に起き上がれなかった。

 

「片足なくなりゃさすがに立てんだろ」


 リーガルの言葉で、パークスは自分の足が吹き飛んだ事に気が付いた。


 右足がない。

 しかし痛みはすでに感じなくなっている。


 それなら好都合だ。

 パークスは両腕に力を籠めると、体を起こそうとする。


「お前いい加減にしろよ。しつこいんだよ」


 瞬きする程の時間で、目の前にオルタが移動していた。


 パークスの頭を片手で掴み、引き起こす。

 頭蓋骨がミシミシと軋む音がした。


 このまま頭を潰されるのか――。


 そう思ったが、オルタはそうしなかった。




 パークスの頭を、レガリアの方へ向ける。

 

 それで、神護者が何をしようとしているのか理解した。




「――よく見ておけ。お前が無力なせいで、お前の大事な者が死ぬ瞬間を」


 

 オルタはパークスに、耳元でそう囁いた。


「っ……」


 パークスはもがいてオルタの拘束から逃れようとする。

 だが、まるで動かない。

 いつの間にか全身に何の力も入らなくなっていた。

 力が入るどころか、抜けていく。


 

「では最後に何か言い残す事はないか?」

 

 

 ジーベはレガリアの口を塞いでいた木霊触を解く。

 

 レガリアは唾を飲み込む。

 何か言えば、落とされるだろう。


 そして自分は死ぬ。

 この高さでは助からない。

 

 何を言うべきか。


 自分が死んだ後の作戦か。

 それともジェイド家がこれからやるべき事か。


 伝えられる時間は恐らく短い。

 出来る限り簡潔に、伝えられるだけを伝えねば――。


 

 レガリアは満身創痍のパークスを見る。



 いや、そういう事ではない。


 今かけるべきはパークスにかける言葉だ。

 気の優しい弟は、兄が死んだのは自分のせいだと責めるだろう。

 そう思うのは、余りに可哀想だった。



 

 だからレガリアは、最後の言葉を決めた。




「パークス、お前のせい」「おっと時間切れだ!」



 

 いきなりレガリアの口が木霊触で塞がれる。

 外そうと身を捩るが、全く動かない。


 最後まで言えていない。


 最後の言葉を言う猶予を貰えたのではなかったのか。

 これではまるで、こうなったのがパークスのせいであると責めたようではないか。


 レガリアはジーベを睨む。

 ジーベは、そんなレガリアを見て満面の笑みを浮かべた。



 わざとだ。



 生物にはそれぞれ、何かしらの長所がある。

 馬は足が速く、鳥は空を飛び、人は頭がいい。


 そして神護者は『悪意』に長けていた。


「――ッ!!!!」

 

 レガリアは声にならない声を上げる。


 いきなりレガリアを枝に繋ぎ止めていた木霊触が消えた。




 落ちる。


 

 

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 

 

 パークスは最後の力を振り絞って叫んだ。

 処刑の瞬間を見ていた者達が絶叫する。


 

 だが、誰もレガリアの落下を止められる者はいなかった。


 

 アベルもパークスも。

 ジオやミョルド、ニニャやイカルガも。

 帝国兵士達やネーネ族達も。


 

 ただレガリアが地面に落ちるのを見届けるしかなかった。


 

 神に祈っても。

 奇跡を信じても。

 レガリアの落下速度は変わらなかった。


 

 パークスは目をきつく閉じる。

 レガリアが地面に激突する瞬間だけは見たくなかった。



 自分の兄が死ぬ瞬間だけは。

 それだけは――。


 

 だが世界は無慈悲であった。

 目は閉じる事ができても、耳を閉じる事はできない。

 否応なく、音によって、死の瞬間を突きつけられる。

 

 

 ――そして。



 数分にも感じられた刹那の果てに。



 その音はパークスの耳に、はっきりと届いた。

 

 




















 

 

 

 『tutae hatehe neio hibi negai yoooo』


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