第27話 前触れ
朝になった。
「うー……」
アベルが布団に横になったまま唸っている。
完全に二日酔いだった。
最高級ポーションでも二日酔いは治せないようである。
「動けそうか?」
ミーミルが心配そうにアベルの顔を覗き込む。
が、アベルは無言で首を振るだけだ。
かなり度数の高い酒だったせいもあるが、アベルは飲み比べをやっていた。
重度の二日酔いなのだろう。
「まあ二日酔いですから、しばらく休めば大丈夫と思いますが……」
そう言うパークスも余り顔色は優れていない。
軽いが二日酔いにはなっているようだった。
「仕方ないね。朝に帰るのはやめて、お昼くらいに帰ろっか」
アヤメは軽くため息をつきながら、アベルの頭を撫でる。
「……申し訳……ありません……いたた……」
アベルは青い顔のまま、何とかその一言だけは絞り出せた。
「じゃあ、ゆっくり休んでて」
そう言い残すと、アヤメ達は家から出た。
「んー、昼まで暇になっちまったな」
ミーミルはそう言いながら背伸びをする。
ミーミルは夜中に吐いたせいか二日酔いになっておらず、飲んだ量から考えると元気なものであった。
「アベル殿を置いて帰る訳にはいきませんからね。副長には、戻るまでもう少し時間がかかると結線石で連絡しておきました」
「な、パークス。もう一日くらい泊ってもいいんじゃね?」
「そうは行きません……」
「ですよねー」
さすがのミーミルも無理だと分かっていながら言っていた。
この現神の森視察は、お忍びである。
パークス達が亜人種に騙されていないかを見極める為に必要だったとはいえ、まだ大っぴらにできる状況ではない。
これ以上、引き延ばせば確実にマキシウスに怪しまれる。
もしパークスが亜人種と付き合っている事がバレれば、亜人種を嫌悪しているマキシウスがどんな行動に出るか予想もつかない。
「あーあ、帰るのか。朝飯も美味かったし、もう少しいたかったんだが」
朝ご飯はネーネ族に用意して貰って食べている。
昨日の残りで作ったスープと焼いた芋という質素なものだったが、身体に染み入るような味だった。
「交易が上手くいけば戻っても美味しい食事が食べれるようになるよ」
現神の森の食材は非常に質がいい。
現神のせいで栄養が豊富なのか、魔力が濃いからなのか分からないが、凝った料理をしなくても、ただ焼いて食べるだけでも十分に美味しかった。
これをもし、ちゃんと調理すれば世界が変わるはずだ。
そんな風に思いながらアヤメは、食材を帝国に持って帰る算段をずっと立てている。
「それに期待しよう。とりあえず下に降りるか」
ミーミルは木から軽快に飛び降りる。
人間なら即死する高さだが、ミーミルにはどうという事はない。
それに続いてパークスも木霊触を使って降りる。
そうしてアヤメも木から降りようとした所で、足を止めた。
アヤメを見る視線に気づいたからだ。
長老の家の外に、セツカとリッカが並んで立っていた。
アヤメの方をじっと見ている。
「ミーミル!」
「何だー?」
木の上から聞こえるアヤメの声に返事するミーミル。
「ちょっとセツカとリッカに会ってくる」
「ええ?」
アヤメは降りて来ず、木の枝をジャンプで飛び移りながら長老の家へと向かった。
「何の法術も使わずに……改めて思いますが、子供なのに凄い身体能力ですね……」
その人間離れした動きにパークスは感心する。
二人の超人っぷりには大分慣れてきつつあったが、それでもちょっとした時に、ハッとさせられた。
「何だアイツ。まさかロリコンだったのか?」
「ろり……何ですか?」
「いや、気にしないで」
下に降りるとミョルド達が武器の手入れをしていた。
「おはよ、ミョルド」
「……」
ミーミルの挨拶にミョルドは無言であった。
怒っている。
「いや……その実は昨日の事は全く記憶にないのだ」
「掃除が大変でした」
「大変申し訳ありませんでした。以後気をつけますので……」
ミーミルは素直に頭を下げた。
記憶は無いが、こういう場合は全面的に自分が何か悪い事をしている。
それは絶対に間違いない自信があった。
「気をつけて下さい。貴女はお酒に飲まれて良い立場では無いのでしょう」
「すみません……」
ミーミルはさらに謝る。
パークスも自分の事を言われるように心を痛めていた。
「幼いアヤメ様の方が、しっかりなされてますよ。もう少し上の者としての自覚をお持ちになられるべきです」
「うっ……その通りです」
近くにいた部下はミーミルが、本当は皇帝だと分かっていたのでハラハラしていた。
もし逆ギレしたら国を挙げて亜人種を滅ぼす采配も可能な人物なのだ。
「ま、まあミョルド。それくらいで」
パークスも血の気を引かせながらミョルドを制止する。
「これから気をつけて頂ければ、それで何も問題はありません。私の胸に吐いたのは水に流します」
「気をつけます……」
ミーミルは猫耳をしゅん、と垂れさせながら縮こまった。
「アベルは大丈夫か?」
イカルガが木の上を見ながら言う。
「あ、ああ! 大丈夫だ! 二日酔いしているが昼くらいまで休めば何とかなる」
渡りに船とばかりに、パークスは勢いよく問いに答える。
「ふむ。それならば良かった」
僅かに笑みながら、イカルガは槍の研ぎに戻る。
小さな金属の石を水につけると、穂先に擦り付けていた。
「今から狩りに?」
「ああ。昨日の宴で食料が減ってしまったのでな」
「へー! 狩りにか……」
ミーミルは狩りに興味津々だった。
当然ながら日本では狩りなどした事がない。
戦闘は何度かこなしたが、狩りの場面に遭遇するのはこの世界に来てから初だ。
「来るか?」
その様子に気づいたのか、イカルガがミーミルに聞く。
「狩り初心者だけど、行っていいのか?」
「構わん。静かについてくればいい」
「やった! 昼まで暇だったから丁度いいわ」
ミーミルはガッツポーズを取る。
「ミーミル様が行くなら、我々も行きますよ」
ミーミル一人で危険な場所に行かせる訳にはいかない。
パークスや部下も狩りに同行する事になった。
ミーミルが言っていたように、どうせ昼までやる事は無かったのだ。
丁度いい暇つぶしになる。
「ちょっとアヤメも読んでくるわ」
ミーミルは長老の家に戻ると、木の上に声をかける。
「おーい、アヤメー」
「……何?」
しばらくするとアヤメが木の上から顔を出す。
その左右に、ひょこひょことセツカとリッカも顔を出した。
「今から狩りに行くんだ! 一緒に行こうぜ!」
「……」
アヤメは少し考えてからセツカとリッカの顔を見る。
そして、こう言った。
「いかないー」
「は!? ……狩りだぞ! 初体験だぞ!」
「二人と遊んでるから、行っててー」
「ええ……」
そう言い残すと、アヤメとセツカ、リッカは顔を引っ込める。
木の上からは楽しそうな三人の幼女の声が聞こえる。
「アイツもしかして、もう駄目なんじゃねぇか……?」
信じられないモノを見たような表情でミーミルは呟く。
「アヤメ様は行かないのですね」
「ああ……らしいな」
何故か友情を裏切られたような気分になりながらミーミルは頷く。
「アベル様もいますし、何かあった時の為に誰かは残らねばなりません。きっとそこまで考慮されているのでしょう。仕方ありませんよ」
「そうだな。そういう事にしておこう」
ミーミルとセツカリッカの天秤で、セツカとリッカが勝ったようにしか見えなかったが気のせいだと思う。
思いたい。
「じゃあ準備が出来たら行くぞ」
パークスが部下に声をかける。
「分かりました!」
「分かりました!」
「私も楽園に混じりたい……だがあの楽園に私は必要ないのだ……私のようなむさくるしい存在がいても楽園を破壊するだけだ……」
「どうした? 何か言ったか」
「何でもありません! 独り言です! 狩りに同行させて頂きます!」
兵士の一人が、血が滲む程に拳を握りしめながら叫んだ。
――――――――――――
「この先だな」
「ああ」
森の中を三人の影が走っていた。
服は森に溶け込む迷彩柄。
亜人種の嫌がる香を焚きしめてある。
この方角の奥に亜人種の村があるのは、確かな筋から把握していた。
事実、遠くに亜人種の村が見えてくる。
余り近づいて感づかれてはならない。
亜人種達は、感覚が非常に鋭いと聞く。
三人は足を止め、巨木の影に隠れる。
そして座り込みながら、相談を始めた。
「よし。この辺りでいいだろう。装備の確認をするぞ」
リーダーの男が言うと、各々は服から小型の石弓を取り出す。
弓の場合、矢を引き絞る音で亜人種には気づかれる可能性もある。
吹き矢では近づき過ぎて見つかるかもしれない。
石弓は連射能力は劣るが、予備動作なく、より遠距離を狙える。
それゆえ石弓を暗殺の道具に選択した。
矢の先には猛毒が塗布されている。
その毒性はコグナ複合毒より強く、一般には広まっていない毒なので対処も難しい。
それは現神の森で採取される亜人種達が使う毒であった。
「皇帝のどちらでも構わん。村から帰る瞬間を狙う。いいな」
二人は静かに頷く。
「危険な森で未知の毒にやられた事にできる絶好の機会だ。いつもの修練通りにやればいい。皇帝や、人と思うな。ただの案山子と思え」
「しかしこれほど強力な毒が必要なのですか?」
「必要だと言われている。コグナ複合毒が効かなかったそうだ」
「……本当ですか?」
「事実らしい。信じ難いがな」
コグナ複合毒の強力さは三人共に知る所である。
あの毒でも人を殺すには過剰な程だ。
それ以上の毒でなければ殺せないなど、もはや人ではない。
「矢の取り扱いには十分、注意しろ。指先でも掠れば助からんぞ」
「ふーん。すごいな」
「なっ!?」
いきなり横からかかった声に三人が立ち上がる。
見知らぬ男が、そこにいた。
男性の亜人種だった。
灰色の髪と灰色の太く長い尻尾。
体格はそう大きくは無い。
「なるほどねー。レッドシドの麻痺毒かー。そりゃ死ぬよ」
男はいつの間にか三人が用意した毒矢の一本を持っていた。
気が付かないうちにスられたのだ。
「あそこの誰かを殺しに来た暗殺者か何かかい?」
会話に意味など無い。
暗殺者の一人が懐からナイフを抜き、男に襲い掛かる。
先端には同じ猛毒が塗られている。
掠っただけで即死だ。
死の刃は正確に、男の胸に突き刺さった。
――ように見えた。
金属が砕ける音がして、ナイフの先端が折れる。
「!?」
「この森で、そういう勝手をして貰っては困るんだなぁ」
男は手に持っていた毒矢を暗殺者に投げる。
矢はナイフを突き立てた暗殺者の肩に刺さった。
瞬時に猛毒が全身にめぐる。
「がっ……ぐっ……!」
暗殺者は地面に倒れると泡を吹き始めた。
この毒を解毒する方法は無い。
「き、貴様、よくも!」
「まあ待て。先に自己紹介させろ。名前も聞かないで死ぬのは嫌だろ?」
男は笑みを浮かべる。
だが自己紹介に付き合っている暇など無かった。
『
『
残った二人の暗殺者は法術を発動させる。
暗殺者の短剣が燃え上がり、手から雷撃の刃が射出される。
いち早く放たれた雷撃の刃は男に直撃し、紫電を迸らせる。
その一撃で十分、殺せる威力だがナイフを弾いた相手だ。
さらに確実に殺すべく、接近した炎の短剣は男の心臓を貫いた。
――はずだった。
火王剣で強化された短剣は、金属の鎧すら容易く貫通し、内部から焼き尽くす。
それでなくても、短剣は猛毒を塗布してあるのだ。
触るだけで死ぬような短剣だというのに。
短剣の刃は、男の皮膚の上で止まっていた。
毛ほどの傷もつけられていない。
何の防具らしい防具もつけず、防御法術も使っているようには見えないのに。
「熱いよ」
男は暗殺者に向かって腕を薙ぎ払う。
その羽虫でも払うような薙ぎ払いで、暗殺者の上半身が吹き飛び、どこかに行った。
「……そんな」
リーダーを失った暗殺者は、後ずさる。
それを現神の森に生える巨木が止める。
「貴様は……何なんだ……」
巨大な壁のような幹に退路を断たれ、暗殺者は呻くように言った。
「俺か? 俺の名前は神護者の六。ニア・イース。よろしくな」
腕の一振りで、暗殺者の首が飛んだ。
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