第35話 事件現場の調査

「ここが現場か……」


 事件現場を検分する刑事の真似をしながら、ミーミルは室内を見渡す。


 長老の家の隣――ミョルドの家の中だ。

 激しく床板が損傷していた。


「これは何でしょうか?」


 パークスが地面に転がっている宝石のようなものを拾い上げる。


「こりゃキャンディだな。イベント配布のアイ……んー、と。お菓子だ」

「お菓子なのですか? 見た事がありませんが」

「昔はこういうのがあった。アヤメが出したんだな」


 適当に誤魔化しながら、室内を歩くミーミル。

 やはり床板が損傷している以外は、争った形跡はない。


 セツカやリッカと一緒にいた所を、何かに襲われたのか――。


「うーむ」


 刑事の真似をしてみたものの、何も分からない。

 推理小説で犯人を全く当てられないミーミルには荷が重かった。


「アベル、どう思う?」


 早々に諦めアベルに丸投げするミーミル。


「そうですね……」


 室内を見渡すアベル。


「仮に不意打ちを受けたとしてもアヤメ様が、何かに倒されるとは思えません。それこそ現神でも現れない限り無理でしょう。ここは森の現神がいるのです。他の現神が現れる可能性は無いでしょう」

「たしか現神って他の現神がいる場所には近寄らないんだっけな」


「そうですね。ですが、実際にアヤメ様はいなくなっています。誰かに助けを求める事無く。ここは耳の良い亜人種が住むネーネ族の村の中です。叫べば誰か必ず駆け付けます。となると叫ぶ事すらできない状況だったのではないでしょうか」

「ふむー」


「あのアヤメ様が抵抗すらできず、助けすら呼べない。考えられるとすればセツカとリッカが人質に取られて、アヤメ様が動けなかったとしか」

「なるほどな」


 確かに人質を取られたら、ミーミルでも言う事を聞くしかなくなるかもしれない。


「それで合っていると思います」


 一緒にいたミョルドが、床板を見ながら呟いた。


「床板がほどけるようにバラバラになっています。ですが破片が見当たりません」

「おお、確かに」


 パークスはぽん、と手を打った。


「何? どゆこと?」


 ミーミルはパークスに聞く。


「ただ破壊されたなら、破片が残るはずです。ですがここには破片がない。つまり攫った相手はアヤメ様と、セツカとリッカ、そして床板を持ち去った事になるのです」

「???」


 ミーミルは言わんとする事を理解できず、首を傾げる。


「木霊縛という法術があります。これは木を操作して、相手に絡みつかせ、動きを封じる法術なのです」

「アヤメ様の力ならば、床の木材程度で拘束できるはずがありません。砕かれてその辺に散らばっているはずです。ですがそれがない。という事は――」

「なるほど。セツカとリッカが木霊縛で捕まったんだな」


 ミョルドとパークスの説明でやっと理解するミーミル。


「だからアヤメ様は人質の為に何の抵抗も出来なかったのです」

「となると、シドやブルートゥースのような魔物ではない。法術を使いこなし、人質を取る知恵のある者――」


 アベルとパークスは言葉を止める。

 そうなると、この現神の森では一つの種族しか該当する存在がいなくなる。


 

「――そう考えると亜人種しかいなくなるんじゃね?」


 

 ミーミルが答えを言ってしまう。


「私達ではありませんよ。攫う理由がありません」


 亜人種であるミョルドが即座に否定した。


「――うむ」


 パークスも頷く。

 確かに攫う意味がない。


「じゃあ別の亜人種か?」

「だとしたら匂いくらい残っていてもおかしくないのですが……」


 ミョルドは深呼吸しながら呟く。

 ここには知った匂いしか残っていなかった。



 人とネーネ族。

 そして神護者。



 どれも良く知っている匂いだ。

 他の部族が残した匂いなど感じない。


「何かいい感じに謎が解けていくと思ったら、いきなり塞がってしまった」


 ミーミルは頭を抱える。

 他の三人も考え込んでしまう。


 攫った相手が特定できなければ、助けに行く事もできない。


 その停滞を破ったのは、羽の音だった。

 ばさり、と音がして部屋の中にイカルガが入ってきたのだ。


「失礼する」


 そしてその横には、ゼロ――神護者ゼロ・イースがいた。


「これは神護者様。どうされましたか?」


 ミョルドがゼロに話しかける。


「実は森の中で、見知らぬ人間を見つけてな。気になったので報告に来たのだ」

「見知らぬ人間?」

「ああ。そちらの人間と同じ柄の鎧をつけていたので、仲間だと思ったのだが、どうにも気になったのでな」


 そう言ってゼロはパークスの鎧についている紋章を指差す。


 それはジェイド家の紋章だ。


「背丈の良い頭を丸めた男を先頭に、三人の護衛と歩いていた。最初は仲間だと思ったのだが、一度も見た事のない人間でな」

 

 その言葉でパークスの脳裏に一人の人物が浮かび上がる。


 マキシウス・ジェイド。


 自分の父親だ。

 何故、自分の父親がこんな所に。

 

「ただ森を歩いているだけで、人数も少なかったので捨て置いたのだが……ネーネ族の子供が二人いたのだ。あれは道案内でもさせているのか?」

 

 パークスの顔から血の気が引く。


 まさか父親が、これをやったのか?

 何の為にこんな事を。

 

「その二人の横に、アヤメはいなかったか!?」


 ミーミルがゼロに詰め寄る。


「いや、見なかったな。荷物は多そうだったが」

「荷物?」

「ああ。狩りで使うような、獲物を入れる布の袋を持っていたのだが――その様子を見る限り、狩りの案内をさせていた訳ではなさそうだな」

 

「クソ! それだ! マジかあの野郎!」


 頭に血が昇ったミーミルは部屋を飛び出そうとする。

 しかし、足を止め、踵を返す。


「どこで見たんだ!」

「北部森林へと向かっていたぞ。少なくともここから三十分ほど歩いた所だ。今からではもっと移動しているかもしれん……」


 常人の歩きで三十分程度ならば、ミーミルの足ならば余裕である。

 ミーミルの足は馬より速い。


「大丈夫! 行って来る!」

「ミーミル様! お待ちください!」


 今度こそ行こうとしたミーミルに、アベルが声をかける。


「何だ!?」

「行ってどうなさるのですか!」


「アヤメを助け出す!」

「人質を取られているのです。ミーミル様まで、捕まるおつもりですか」


「そりゃ、んなもん、不意打ちで、四人くらい、一瞬で」

「出来るのですか」


 アベルの短いが、ハッキリとした言葉に、ミーミルは声を詰まらせる。


「一瞬で――」

 

 四人を殺せるのか?

 四人もの人間を、刀で斬殺できるのか?


 もちろん武功で名を馳せたマキシウスと言えど、ミーミルの技量の方が遥かに上である。

 殺す事は十分に可能だ。

 


 だがパークスの父親を。



 マキシウスは名前も知らない人間ではない。

 話した事も無い人間でもない。


 だが特別に、深い関係ではない。

 確かな証拠はないが、悪い事もしているのだろう。

 暗殺にだって関わっているはずだ。



 ならば自分にだって殺す事はできるはず――。



 そうミーミルは簡単に思っていた。



 しかしマキシウス本人との付き合いは浅くとも。

 マキシウスの息子であるパークスとの付き合いは深い。




 つまり『あなたは、友達のお父さんを、殺せるのか?』という話だった。

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