第34話 レガリアとアベルの決意

火王烈脚フラーム・メガシュート


 ジオの右足が赤く発光する。

 火王の力を借り、筋力を大幅に向上させる法術だ。

 

 ジオは扉を思い切り蹴る。

 

 頑丈な扉でも、法術で強化されたジオの蹴りの前では一溜りも無かった。


 扉が内側に吹き飛び、地面に転がって砕けた。

 レガリアは室内に入ると、父親の机に向かった。


 信頼したいが故に、手は出さなかったが、今は違う。

 レガリアは机の引き出しを開く。


「兄上! 何をしているのだ!?」


 ジオの言葉を無視して、引き出しを順に開いていく。

 一つだけ鍵がかかっている机があった。


「ジオ、この引き出しを壊してくれ」

「兄上、さすがに父上のプライベートを調べるのは」


「ジェイド家の存亡に関わる問題だ。頼む」

「――兄上がそこまで言うならば」


 ジオは少し考えたが、頷いた。


炎王烈波フラーム・メガパルス


 ジオの手に赤い光が灯る。

 ジオは机に拳を叩きこんだ。


 引き出しが見事に砕け散る。


「よし」


 レガリアは壊れた引き出しを引っ張り出す。


 中には小箱と本が入っていた。

 小箱を開いたが、中には何も入っていない。


 しかし中に敷き詰められたクッションが、結線石の形にへこんでいた。

 どうやら結線石をここに収めていたようだ。


 この箱には見覚えがある。

 長距離通信用の赤い結線石を作る商人が、この箱で商品納入をしていた。

 赤い結線石は高級品なので、箱もしっかりとした意匠がされてある。


「誰か遠くの人間と連絡を取っていたのか」


 次にレガリアは本を見る。


 だが中身は意味不明の文字列だった。

 しかしこんな意味不明の本を大事に置いている訳がない。

 恐らく中身が暗号化されているのだ。


「兄上、何か見つかったか?」

「暗号の書かれた本と、結線石が置かれていた箱があった」


「暗号?」

「ああ」


 レガリアは本をめくる。

 さすがのレガリアも暗号解読までは出来ない。


 だが内容の予測をつける事はできる。

 文章量が多ければ、その日にそれだけ何かを起こしたという事だ。

 つまり文章量が多い日に起きた事を調べれば、暗号を解かずともマキシウスが何を起こしたのか分かる。


 最新ページのインクはまだ真新しい。

 そこからこの本は現在使われており、なおかつ今日、使われている事が分かる。


「甘かったな親父。こういうモノは情報量に差をつけないようにダミー情報を混ぜて文章量を均一化しておくのだ。ま、この鉄壁の要塞に侵入者が――しかも自分の息子が部屋をぶっ壊して入って来るとは、夢にも思ってなかっただろうがな」


 レガリアは口元に笑みを浮かべつつ、今日のページから、過去へと遡っていく。

 そうして見比べると、極端に文章量が少ないページと文章量が多いページが出て来た。


 昨日と今日は文章量が多いが、その前は少ない。

 そしてある一日だけ多くなっており、それ以前は少なかった。


「多くなってるのは皇帝がジェノサイドに襲われた日と、現神の森周辺に行った日か」


 マキシウスは、そのタイミングで、誰かと連絡を取っていた。


 街の人間ではない。

 街の人間ならば、わざわざ高級品の赤い結線石を使う必要は無い。


 つまり遠くの人間だ。


「北部領――イゾルデ様か?」


 北部帝国領領主、イゾルデ・パルパル。

 マキシウスとイゾルデは、かなり仲がいい。


 二人が結託して、皇帝を倒そうと――。


「いや、違う。それは無い」


 イゾルデが動いていたという痕跡が無い。

 巧妙に隠しているという可能性はあるが、北部と南部では距離が離れすぎている。


 イゾルデ軍の竜騎兵隊を使えば、あっという間だが、あれは非常に目立つ。

 北部領の軍が南部領に入れば、間違いなくレガリアに報告が来る。

 仲は良いが、軍を送られて黙っている程甘い関係でもない。


 陸路ならば目立たないが、北部は道が険しく、二週間以上かかる道のりだ。

 何かを起こすとしても、時間はかなりかかってしまう。


 アヤメとミーミルがジェイドタウンに来て、まだ一週間も経っていない。


 また二人がジェイドタウンに来る案は四大貴族とは一切関係のないオルデミアの立案であり、誰一人として予測していなかった案のはずである。

 この案に先手を打っている可能性は限りなく低い。


「となると誰だ」


 レガリアは顎に手を当てて考え込む。


 他の四大貴族と連絡を取っているとは思い辛い。

 マキシウスはノアトピアにもシグルドにも、余り良い感情は持っていない。


 それはシグルドにも、はっきりと分かった。

 むしろアヤメやミーミルに対しての方が、嫌悪感を持っていないと感じ――。



 そう考えた時に、レガリアは違和感を覚えた。



 何故。

 ミーミルに嫌悪感を抱いていないのか。



 アヤメはまだ分かる。

 だがミーミルは亜人種である。


 現神の森は迂回せねばならない危険な場所であり、通商の邪魔になっている。


 それは全て亜人種のせいだ。


 マキシウスは、レガリア達が生まれる前より長く亜人種に苦しめられてきた。

 南部領の発展を阻む、憎むべき敵のはずである。


 それでもミーミルが皇帝である以上、露骨な嫌悪感は出さないようにするだろう。



 それは分かっている。



 その上で自分の父親がどんな人間か。

 それも、分かっていた。


 思慮深いが、どちらかというと感情表現が素直に出る方だ。



 

 そんな父親なのに――嫌悪感が出なさすぎるのではないか?



 

「まさか通信をしていた相手は」


 そう考えると辻褄が全て合う。


 赤い結線石を使っていた理由も。

 皇帝が現神の森に近づいた時に本の文章量が増えた理由も。

 マキシウスが、ミーミルに嫌悪感を微塵も見せなかった理由も。

 現神の森の奥にいるジェノサイドが、何故か森周辺に現れた理由も。

 

 商隊や領民が亜人種に襲われているのに、武功を重んじるマキシウスが、対策を何も取らなかった理由もだ。



「ヤバい。そりゃヤバいぞ親父」

 

 レガリアの顔から血の気が引く。

 道理で今まで何もしなかった訳だ。


 亜人種と繋がっていたのはパークスだけではない。

 マキシウスも繋がっていたのだ。


 友好的な相手に、嫌悪感など示すはずがない。

 亜人種はマキシウスの仲間だった。

 

 そして今、マキシウスは現神の森に向かっている。



「ジオ、すぐに出るぞ!」

「兄上!?」


「理由は行きながら話す! 今は一刻も早く現神の森に行かねばならん!」

 

 叫びながらレガリアは自分の甘さを噛みしめていた。


 肉親ゆえの甘さがあった。

 もっと冷徹に見るべきであった。

 

 やはり変えるべきはパークスではなかった。

 自分の父親だったのだ、と。




―――――――――――




「どういうこった」

「言葉の通りになる」


 イカルガは神妙な表情のまま、ミーミルに答えた。


「他の人間は無事なのか?」

「アベル殿も、長老も、村に残っていた一族の者も無事だ。アヤメ様とセツカ、リッカだけが消えている」


「……どういうこった」


 ミーミルはもう一度、同じ言葉を呟く。

 アヤメは無断で消えるような人間ではない。

 どこかに出かけるなら、絶対に一言を残す人間だ。


「攫われた可能性がある」

「どうして?」


「家の床板が破壊されていた。何らかの法術が発動した痕跡がある」

「争った形跡がある、ってやつか」


 ミーミルは顎に手を当てる。


 アヤメが攫われるなど、現実的にあり得るのだろうか。

 見た目はひ弱そうな幼女だが、ミーミルと遜色ない戦闘力を持っている。

 遅れを取る事など考えられないと思うのだが。

 

「とにかく村に戻りましょう」

「……ああ、分かった」


 パークスの言葉に頷くミーミル。


 三人は村に走った。

 現在地から村への距離は、そう遠くはない。


 程なくネーネ族の村へと到着する。


 村に到着したミーミルは辺りを見渡す。

 外観は全く出る前と違いがない。


「アイツ何の抵抗もしなかったのか?」


 レボリューショナリーの攻撃スキルは、ほぼ全てが範囲攻撃である。

 仮にアヤメが本気で抵抗していれば、間違いなく地形が変わるはずだ。


 まあ、だからこそ村の中で抵抗できなかった可能性もある。


「ミーミル様! 申し訳ありません!」


 遠くからアベルがミーミルの前に走ってきた。


「おお、アベル。お前は無事だったの――」


 アベルはミーミルに向かって膝を折り、首を垂れた。


「護衛の務めを果たせず本当に申し訳ありません! 酒に溺れて気づかなかったなど――」


 アベルは悲痛な声で叫ぶ。

 その手はぶるぶると震えていた。


 震えは叱責される事からの恐怖か、自分への怒りからくるものなのか。

 それとも、その両方からきているのか。


 ミーミルには分からなかったが、アベルは見ていて胃が痛くなりそうなくらいに震えていた。


「まあ、気にすんな。仮にアヤメが攫われたとしたら、ここにいる誰もが止められん状況だったって事だ。気づいていても何も出来なかったと思うぞ」

「この失態、もはや私の命で償うより他は――」


「むしろ気づいてた方がヤバかった。アヤメが抵抗できない相手なんて、通常では考えられんからな。その場にいたらアベル死んでたかもしれんぞ」

「しかし――しかし――」


 アベルは頭を下げたまま、呟くように言った。


 その姿にかつての自分が重なる。


 仕事でミスって上司に頭を下げていた時だ。


 あの時は確か「どーすんだコレよぉ。お前マジでつかえねぇわ」とか

「お前みたいなのはどこ行っても駄目だろうけどよ」とか言われた気がする。



 上司は鬼の形相で、目も合わせられなかった。


 

 ミーミルは膝を折るアベルの肩を、優しく叩く。



「アベル、立ってくれ。今は何より、人手が欲しいんだ」

「しかし私は」


「仕事でミスったなら挽回すりゃいい。死んでどうなる?」


 アベルは顔を上げる。


 顔を上げた、そこには。

 皇帝を護るという命を賭して果たすべき勤めを、酒に溺れて果たせなかったのに。

 一切の怒気を見せる事無く。



 ただただ、笑顔を見せるミーミルがいた。



「私もアベルの事、手伝うから。一緒にがんばろ。な?」

 




 その時、アベルはこの女性に――この方に、一生ついていこうと思った。

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