第48話 降臨唱

 アヤメの四方に、四色の光が渦を巻いた。

 低い振動が、地面を揺るがす。



「な、な――これは一体――」


 突然、起きた異様な現象に、オルデミアが狼狽える。


「いいから離れてろ!」


 ミーミルが叫んだ。


「しかし――」

「早く! 巻き込まれて死にたいのか!」


 ミーミルはもう一度、叫ぶ。


「オルデミア団長! 距離を離しましょう! この感じ、あの時と同じです!」


 アベルはオルデミアの肩を掴み、引っ張る。


 アベルには分かった。

 あの城壁を破壊する直前に感じた感覚。

 この世にいて、この世にいない。

 世界が書き換えられるような、そんな例えようのない感覚だった。


「――ッ!」


 オルデミアの理解を越えた事が起きつつある。

 もはや自分達が介入できる余地など無いだろう。


 それでも二人を放って、自分達だけ撤退する――そんな命令がだせようか。

 護るべき者を死地に置いて、護る者が逃げ出すなど。

 そんな命令を出せるはずがない。


 オルデミアはアヤメを見る。

 アヤメはオルデミアの視線に気づき、首だけをオルデミアに向けた。


 そして、こう言った。




(ごめんね あとで ごはん いっしょに たべようね)




 アヤメは笑みを浮かべながら、そう言ったのだ。



 ――何を。


 こんな死地で。

 こんな誰もが絶望している死地で、あの娘は何を言っているのか。


 確実な死を前にして。

 神を前にして。


 ごはんの心配をしている。



 確信した。



 彼女たちならば。

 人知を超越し、この世の理を書き換える、あの二人ならば。



 ――



 オルデミアはそう確信した。



 オルデミアは大きく息を吸い、声を振り絞って命令を出す。


「全軍、距離を取れ! 閃皇様と、剣皇様の邪魔になってはいけない! お二人が、必ず何とかしてくれる! 希望を持て!」


 オルデミアの命令で、絶望に彩られていた兵士達が立ち上がる。


「信じろ! そして全員、生きて帰るぞ!」


 そして兵士達の目に、生気が戻った。



 

「んぎぎ……」


 何かいつもと違う。

 降臨唱を発動させたアヤメは、そう感じていた。


 一言で言うなら「重い」。


 MP消費が激しい訳ではないし、詠唱速度が遅い訳でもない。

 だがゲームでは絶対に感じ得ない「重み」のようなものをアヤメは感じていた。


「大丈夫か?」


 油断なく現神触を睨んでいるミーミルがアヤメに声だけかける。

『骸』も何が起きるか予測できていないようで、様子を伺っているようだった。

 というか誰一人としてこの世界での降臨唱で、何が起きるか把握できていない。


 文字通り神のみぞ知る、である。


 光の渦が収縮し、楕円の形を取る。

 一応、召喚ゲートは生成された。


 後は何が出て来るかだ。

 ゲームでは、ここから小さな妖精が出て来る。

 歌の属性に合わせた色とりどりの可愛い――。



 赤いゲートから深紅の巨大な泡立つスライムが出てきた。


 青いゲートから青い鱗の複雑に絡んだ長い蛇が出てきた。


 黒いゲートから骨と腐肉が混ぜこぜの謎のオブジェが出てきた。


 白いゲートからほっそりとした二足歩行の猫が出てきた。



「…………」

「…………」


 さすがに二人とも固まる。

 意味不明な物が沢山出てきた。

 四体の物体は、アヤメの動きをじっと見守っている。

 確かに呼んだのはアヤメだが、こんな物体が出るとは思ってなかった。


「どうしよう」

「どうしようも何も。歌って貰え」

「……」



 もうどうにでもなれ。



『アーディライトの夜想曲』

『ジグラートの烈火』

『カリギュラの協奏曲』

『アマツの神風』 



 アヤメは四つの歌を、、発動させる。



 召喚した物体が音にならぬ音を発した。

 途端にアヤメやミーミルの身体が四色の膜に包まれる。

 効果は無事に発揮されているようだ。



降臨唱こうりんしょう


 

 三次職である『レボリューショナリー』が習得するスキルである。


 様々な魔ノ歌を生み出したエタニアバードは一つの壁にぶつかっていた。


 口が一つである以上、歌は同時に一つしか歌えないのだ。

 多くの便利な道具があるのに、前の道具を片付けてからでないと、次の道具が使えない。

 同時に便利な道具を複数、使えないだろうか?

  

 考えて出た結論は『口を増やせばいい』という実に単純な結論であった。


 それを実現する為に、エタニアのバード達は自らの眷属である精霊を召喚し、精霊たちに歌を歌わせる秘術を編み出したのである。


 その秘術を操るバード達は、もはや歌を歌う者ではなく。

 歌によって世界を変革させる者であった――。


 

 という設定のスキルだ。


 

 レボリューショナリーの代名詞とも言えるスキルである。

 複数の歌を組み合わせ、状況に合わせたバフを創り出す。


 ちなみに今、使用したのはアヤメが考えたマクロの四番目。


 HP・MP回復速度増加。

 攻撃力・クリティカル率増加。

 回避・命中率増加。

 一定ダメージ吸収。


 やや防御重視の四種類。

 初見相手用、様子見四重奏である。


「じゃあいつも通りサポート頼む」

「初見ですがよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いしますー」


 アヤメの冗談にミーミルは笑みを浮かべた。


「で、アレ、倒せると思うか?」

「ええと……何だっけ。前に見た古い映画で、ジャングルで透明になる宇宙人が出て来て……」

「ああ、一緒に見た奴な」

「それで主人公の大尉が言ってた言葉」


 アヤメは地面に現神触が残した緑色の血を指差す。




『血が出るなら 殺せるはずだ』

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