第47話 神の名を冠する者

 まるで地面に叩きつけられた人形のように、ミーミルが地面をバウンドする。

 それがその黒い生物が放った爪の一撃だと、気づけたのはアヤメだけだった。


 黒い生物が、こちらを見る。



 ――ぞくり、とアヤメの全身に鳥肌が立つ。



 その生物には目が無かった。

 黒く奈落のように深い穴だけが、目のあるべきところに二つ、開いていただけだった。

 間違いなく普通の生物ではない。


「あれ、って」


 生物がアヤメの目の前にいた。


 距離数百を。

 一言、喋る間に、詰めて来た。

 突き出された爪がアヤメの顔に。


「――!!」


 寸での所で、アヤメは顔を捻って爪をかわす。

 ざくり、と深く頬が切れた。



 まずい。

 届く。

 この生物の攻撃は。


 恐るべきチート力を持った二人の命に届く攻撃力だ。



『laaaaa!!』



 単体攻撃スキル。


『リンの音撃』

 消費MP244・威力1780・射程700。


 音の塊をぶつけ、相手を大きくノックバックさせるスキルだ。

 ゲームならば、近寄る相手を吹き飛ばし安全確保に使うスキルである。


 だがこの世界では違った。


 大気が悲鳴を上げる。

 周りの兵士にはアヤメの声は聞こえなかったが、体だけはびりびりと震えていた。

 可聴域を遥かに超えた音と言うには強力過ぎる振動が、生物を直撃する。

 生物は振動を食らうと、大きく吹き飛びながら沸騰した血をまき散らした。


 城壁を粉砕したミーミルの魔人閃空断の威力は2874。

 リンの音撃は威力をおおよそ1000落とすものの、恐るべき火力を誇っていた。


 そんな一撃を食らえば一溜りも無い。

 奈落のように開いた目や、口から緑色の気持ち悪い血を吹く生物。

 生物は体から蒸気を発しながら地面を転がっていく。


「び、びっくりし――」


 した、と最後まで言えなかった。

 生物は転がる途中で地面を掴むと、立ち上がったのだ。

 体の出血も、立ち昇る蒸気も、見る間に収まっていく。


「なにあれ……?」

「不味い――不味い不味い! どうしてこのタイミングで!」


 パークスは顔を真っ青にしながら取り乱していた。


「何! あれ!」


 アヤメはもう一度、叫ぶ。

 生物はいきなり食らった反撃に慎重になったのか、じっとアヤメを見たまま硬直している。

 微妙に体がゆらゆらと揺れているのが、何とも不気味だ。


「ジェノサイドです。ジェノサイドの現神触です」


 パークスはその生物を見ながら、はっきりとそう答えた。

 その言葉を聞いたオルデミアやアベル、エーギルが顔を青くする。

 その表情は、一様に同じ表情だった。


「馬鹿――な」


 エーギルは呻くように言葉を絞り出した。


 現神触。


 出会って見つかれば死ぬ。

 だから見つからないように隠れろ。

 祖母からも、両親からも、誰からも、そう言われてきた。


 邪神がこの世に放った死神。

 それが現神触なのだ。

 その現神触に、間違いなく、この場にいる全員が見つかっていた。


 もはや街まで逃げればどうにかなるという問題ではない。

 どうしようが、安全な場所は無い。

 仮に街にある全ての武力を使っても、現神触を止める事など不可能だからだ。

 その恐ろしさはこの世界の人間であれば誰でも知っていた。


 現に、アヤメに距離を詰めた瞬間は瞬きほどの時間しかなかったのだ。

 さっきはアヤメに攻撃を仕掛けたが、次は自分かもしれない。

 まばたきした次の瞬間に目の前にアレがいるかもしれない。


 そして死んだ事に自分は気づくことなく死ぬだろう。


 兵士達は恐怖に苛まれながらも、一言も声を発せなかった。

 発した瞬間に、自分が標的になって死ぬかもしれないからだ。


「名前があるの?」

「現神触『骸』。それがアレの名です……」


 アヤメの問いにパークスは掠れた声で答える。


 現神触『骸』


 太古の昔から存在すると言われていたジェノサイドの現神触である。

『現神の森』という広大な自らの身体に住むジェノサイドに、木神が気まぐれで力を与えた。


 ただでさえ強力な魔物に、神が力を与えるというデタラメな存在。

 前にいるモノと商人から伝え聞いた見た目が酷似している。

 遠くからの目撃証言しか無い(近くで見た人間は漏れなく死んでいる)が、恐らく間違いないはずだ。


 本当ならば、そういう事を喋りたかった。


 だがパークスは全身の力が抜けていくような感覚の中にあった。

 これ以上、言葉が出ない。

 この場にいる人間は、今から全員死ぬだろう。

 まさか、今日、自分がここで死ぬとは思っていなかったのだ。

 憧れの存在に会えて、その揺り返しが来たのかもしれない。


 そして憧れの存在も死の神に魅入られ――もう。

 

 パークスは剣皇が倒れている場所を見る。



 誰もいなかった。



「剣皇様?」


「ストーム・インッ! パクトォ!!」


 裂帛の叫びと共に、黒い物体が『骸』にぶつかる。

 その一撃で『骸』は大きく弾き飛ばされた。

 地面を再度、転がされる『骸』。



 そして『骸』がいた場所に、ミーミルが立っていた。


 

「あー、ちょっと目が覚めたわ」


 ミーミルは首を捻りながらアヤメの元へ戻って来る。


「け、剣皇様、無事なのですか」


 現神触の一撃を受けた割には平気そうなミーミルの姿に、パークスは驚きを隠せない。


「お前ら下がってろ。出来るだけ離れろ」


 黒いドレスを翻しながら、ミーミルは刀を構える。



 すでにその右手には魔人刀『鬼哭キコク 裏桜花ウラオウカ』が収まっていた。



「アヤメ、マクロ4」

「マクロ発動は無理」

「じゃあ手動で行こう。『降臨唱』だ」

「本気でやるの? 取返しつかなくなるよ?」


 ミーミルは口に溜まった唾を地面に吐く。

 それには血が混じっていた。



「何を今更。とっくに取返しなんかつかねぇよ。最初からな」

「――そっか。そうかもね」


 

 アヤメは深く息を吸った。


 

 これを使えばどうなるのか、もはや分からない。

 だが目の前の『骸』は手加減できるような相手ではない事は確かだ。

 発動すらしないかもしれない。

 でもやってみるしかない。


 アヤメは覚悟を決め、唄を紡ぐ。



『集エヤ 世ノ理ヨ 唄エヤ 世界ヲ巡ル 血ノ累ヨ』


 

 世界が軋む。

 そんな音がした。

 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



『ストーム・インパクト』


スキル分類 騎士スキル

消費MP 121

射程 500

効果範囲 50

威力 976

クールタイム 20

効果 突進と同時に、周囲の敵を剣風で切り刻む。

備考 帯状の攻撃範囲を持つ。



『リンの音撃』


スキル分類 魔ノ歌

消費MP 244

射程 700

威力 1780

クールタイム 30

効果 音の塊をぶつけ、相手を大きくノックバックさせる。

備考 魔ノ歌だが三次職スキル


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る