第46話 『骸』
「な、何ともこれは……凄いですね」
ばらけた部隊をまとめ、合流したパークスがジェノサイドの死骸を見ながら呟く。
「中央兵の練度は高いと聞いていましたが――これほどとは」
「いや、これはまあ、そういうのではなく……」
さすがのエーギルも状況を整理できていない。
「閃皇様! 無事ですか!」
やっとアベルが到着する。
「大丈夫! クロ隊のみんなが倒してくれたから」
そう言われてもクロ隊のみんなは困惑するばかりであった。
「いきなり飛び出されては困ります」
「ご、ごめんなさい。アベル」
地面に転がる兵士を見た瞬間、反射的に体が飛び出していた。
上手くいったから良かったものの、さすがに護衛対象が敵に突っ込むのは不味かった。
アヤメの少し後に、馬車から降りて追いかけて来たミーミルもやってきた。
「天唱、使えるんじゃん」
「ちゃんと使えるみたい」
エタニアバードが覚えるパッシブスキルである。
当たり前だが、歌は一曲しか歌えない。
だが天唱を覚える事により、現在歌っている歌を自在に変更できる。
MP消費のみで、クールタイムや効果時間を無視し、ローコストで臨機応変に魔ノ歌を使いまわせるのだ。
このスキルをいかに使いこなせるかがバードのプレイヤースキルの見せ所だった。
敵の攻撃パターンを見切り、隙があれば瞬間火力を引き上げ、危険な場面には防御力を引き上げ、避けるべきボスギミックの回避に速度増加の歌を合わせる。
今、アヤメがやったのはそのゲーム技術と全く同じであった。
「ていうかミーミルも手伝ってくれたら良かったのに」
「準備はしてたぞ。でも使ったら周囲をぶっ壊しそうでな。本気で危なくなったらやる予定だった」
「あー、ストーム・インパクトね」
「そう」
ストーム・インパクトはナイトが覚える突進系スキルだ。
射程500・消費MP121・威力976・範囲50。
突進と同時に、周囲の敵を剣風で切り刻む、という帯状の攻撃範囲を持つ技である。
威力から考えると、範囲に巻き込まれば鋼鉄の皇帝専用特製馬車といえど、粉々になってしまうだろう。
「……」
その馬車がやっと到着した。
やはり馬車のスピードが一番遅い。
転回にも時間がかかったのだろう。
「オルデミア遅いよー」
ミーミルが馬車の横についていたオルデミアに声をかける。
だがオルデミアは無視して、馬から降りるとアヤメの前に立った。
「ミーミルが無視されて悲しそうな顔を」
「何をやっているのですか! あなたは!」
「!」
突然の怒号にアヤメの身体がびくっと跳ねた。
アヤメの笑顔が引きつる。
「一人でジェノサイドに向かっていくなんて! 何かあったらどうするのですか!」
オルデミアは本気で怒っていた。
冗談混じりではない。
オルデミアの剣幕に周りにいたパークス隊や、アベルとエーギルの部隊も静まり返る。
「まあ、まあ。倒せたから良かっただろ……」
ミーミルがオルデミアをなだめた。
「倒せたから、ではありません。お二人は帝国の希望なのです。もっと自分を大切にして下さい!」
「……ごめんなさい」
アヤメはオルデミアに謝る。
そうしてアヤメは自分の眼に涙が浮かんでいる事に気づいた。
怒られる事に慣れていない訳ではない。
体が小さいせいか、涙脆くなっているかもしれなかった。
そんなアヤメを見て、オルデミアは深呼吸をする。
怒り過ぎた。
『もう失いたくない』という気持ちが逸っていたのかもしれない。
――幼い皇女を目の前で亡くす。
それが自分で思っている以上に、心に深く突き刺さっていた事に今更ながら気づいた。
「危機にあったクロ隊を想って馬車から飛び降りたという気持ちは分かります。一刻も早く助けなければ、犠牲が出ていたかもしれません」
オルデミアはアヤメと同じ目線に合わせる為に、膝をつく。
「それでも一言、私たちに声をかけてから、行動に移して欲しかった」
「……次からはそうする」
アヤメは涙を我慢しながら、オルデミアに答えた。
「ええ。そうして頂ければ、私たちは必ず、貴女についていきます」
そう言ってオルデミアは、持っていたハンカチを差し出した。
「おい、何だありゃ……」
「中央の兵士があんな化け物とは聞いていないぞ」
「信じられん」
暗殺者達は容易くやられたジェノサイドの死体を見ながら呟いた。
「どうする。逃げるか?」
「皇帝の暗殺だぞ。失敗した、で済まん」
ただの一般人なら多少、失敗しても何とかなる。
だが国の最高権力者が相手では失敗などできない。
警備兵が動くどころではない。
国を挙げて軍が、全力で調べに来るはずだ。
今から全員、人目につかない場所で死体が見つからないように自害するべきである。
「……もう一度、呼んでみよう」
笛を持っている男が、決意を固めた顔で呟くように言った。
「ジェノサイドをか? あんな化け物共相手じゃ、呼んでもまたやられるだけだ」
「アイツはオスだった。メスならやれるはずだ」
「そんな都合よく出て来るか?」
「やるしかないだろう!」
笛を持っていた男が、さらに強く笛を吹く。
何度も。
何度も。
「無駄だ……」
何の振動も聞こえて来ない。
呼び笛の効果範囲は広いが、それ以上にジェノサイドの縄張りは広い。
他のジェノサイドがいる縄張りに音が届く可能性は低かった。
「くそっ……」
もう一度、笛を強く吹いてみる。
何も現れない。
「駄目だ。行くぞ」
「しかし……」
「無駄だというのが分からんか」
なおもしつこく笛を吹こうとする男から、笛をひったくる。
その時だった。
ガサリ。
と音がして、背後の茂みから何かが現れた。
「!?」
男たちは慌てて後ろを振り向く。
黒い――?
それが男たちの最期の思考だった。
三人がその場にいたが、誰一人として自分や仲間が死んだ事に気づかなかった。
「よし、全員、準備は出来たな」
「完了です」
ジェノサイドから逃げていた馬が思ったより早く回収できた。
何とか出発できる準備が完了し、オルデミアはほっと胸を撫でおろす。
危機は退けたが、また危機が襲って来る可能性は十分にある。
この辺りは危険地帯だ。
暗殺とは別に、亜人種に襲われる可能性は十分にある。
「ジグ歌だけであんな事になるとはな」
「この分だと神侵シ系はもっとヤバいと思う」
アヤメとミーミルは小声で何か相談をしている。
亜人種が現れても、アヤメの歌があればどうにでもなるような気もするが……。
「それでも用心に越した事は無い」
オルデミアは気を引き締める。
「――む」
その時、ミーミルが東にある藪の方を見る。
「またうるさいなー。何か鳴ってる」
「また何か聞こえる?」
やはりアヤメには何も聞こえなかった。
「うむ。さっきより強い。あっちの方だな……」
ミーミルの猫耳がぴくぴくと動きながら、藪の方に向けられていた。
「ちょっと見て来る」
「ちょっと待」
アヤメが制止する暇なく、ミーミルは藪の方へと走る。
「剣皇様!? もう出発しますよ!?」
出発しようとした矢先に、あさっての方向へ走り出すミーミルに声をかけるオルデミア。
「ちょっと気になる事がね!」
ミーミルはそのまま走って行ってしまった。
「全く――」
オルデミアは深いため息をつく。
まあ地響きも聞こえないので危険な何かが近づいている、という事は無いだろう。
「またジェノサイド出てきたリしない?」
アヤメが少し不安そうにオルデミアに聞く。
ミーミルが音を感じてから、ジェノサイドが現れたのだ。
ミーミルだけに聞こえる謎の音が、ジェノサイドを呼び寄せるような音かもしれない。
「ううむ……大地の振動が無いので大丈夫なはずですが」
「大丈夫でしょう。さっきのジェノサイドはオスです。オスは単独で動く事が多いのです」
パークスがアヤメの質問に答えてくれた。
さすが南部領に住む人間だけあって、この辺りの生態には詳しいようだった。
「オスっていうのはどうやって分かるの?」
「毛の色ですね。青色なら、オスです。白ならメスです」
「なるほどー」
さっき倒したジェノサイドは青色だったのを思い出すアヤメ。
「ジェノサイドはメスの方が巨大で強く、複数のオスを引き連れながら行動します。今回、相手をしたのが単独のオスで良かったですよ。あれがハーレムのオスだったら、メスや複数のオスが同時に現れていたでしょう」
「ひぇえ」
あんな巨大な怪物が複数、しかもさらに巨大なボス有りで現れる――それは想像しただけでぞっとする光景だった。
遠くのミーミルは、辺りを見回していたが首を傾げていた。
どうやら上手く原因が掴めなかったようだ。
「マグヌス! いい加減行くよ!」
アヤメがミーミルに向かって叫ぶ。
それと同時くらいだった。
ミーミルの近くにある茂みから黒い何かが飛び出してきた。
黒い――人影?
いやジェノサイド?
いや恐らく見た事のない生物だった。
大きさは二、三メートルくらい。
熊のような体型に、長い爪。
大きな特徴はジェノサイドと同じで、そのまま小さくしたような雰囲気。
だが頭は一つしかない。
一見ジェノサイドの子供、のように見えた。
だが体毛は真っ黒だし、何より体にプロテクターのように肥大化した鱗がある。
ジェノサイドの亜種というか、何というか――。
「パークス、ジェノサイドの黒色って何? もしかして子供?」
「現神触『骸』」
「え?」
ミーミルが吹き飛んだ。
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