第36話 料理する幼女

 それから二日。


 アヤメとミーミルの二人はそれぞれに城での日々を過ごしていた。

 アヤメは食堂で料理を作り、ミーミルは剣術の練習を行う。

 そして夜には二人で情報の交換や、オルデミアとこれからの打ち合わせをしていた。


 本来ならばすぐにでもマキシウスの領地に行きたかったのだが、三日程の準備期間が必要になったからである。

 マキシウス側の受け入れ準備もあったが、二人を護衛する兵士達の選抜や物資の調達等に時間がかかってしまった。

 南部領地の首都『ジェイドタウン』に移動するには、陸路で丸一日かかるらしい。


 オルデミアの話によると、道中には危険な生物も多数存在する、との事だ。

 ちなみに四大貴族は、すでに全員が領地へと戻っている。


 マキシウスが帝都を出発して二日なので、もうジェイドタウンに到着しているはずだ。

 先行して受け入れ態勢を整えていてくれるらしい。

 とにかく明日には出発なので、アヤメも準備をしておかなければならない。


 のだが、今はそれどころではなかった。


「ふぅ、ふぅ」


 息を荒げながら、アヤメはフライパンを握った。

 火加減も味付けもばっちり。

 アヤメは出来上がった野菜炒めを皿に盛る。

 コカワがそれ以外のパンやスープを盛り付けてくれる。

 謎野菜と謎肉の炒めものと、謎小麦パンと謎スープ、謎果物。


 原料出所由来不明のまま作る、アヤメ特製モーニングセットの完成である。


「できました! どうぞ」


 アヤメはカウンターで待っていた兵士に料理を出す。


「うおおおおお! 俺、運が良すぎる! ありがとうございます!」


 兵士は大喜びしながら料理を運んで行った。


「えーと、後何人?」

「五名です」


 コカワがカウンターの外を見ながら答えた。

 すでにカウンターの外では数百人で行うジャンケン大会が終了し、運よく勝利した十名の兵士がアヤメの料理を食す権利を得ていた。


 アヤメは何でこうなったのか分からないままフライパンに油をひく。

 毒見用に兵士に食べさせようとする料理が、争奪戦になったらしい。

 一昨日の夕食では、そんな事は無かった。

 だが昨日の朝食、昼食、夕食と全てにおいてジャンケン大会が繰り広げられている。

 どうやら兵士間で何らかのルール取り決めがあり、毒見用の料理をそのルールに則って誰が食べるのか決めているようなのだ。


「あ、塩なくなった」

「どうぞ」

「ありがとー」


 コカワがすぐに調味料を補充してくれる。

 さすがに醤油や旨味調味料は無いが、基本的な調味料は似たような物だった。

 いずれ醤油の作り方を編み出したいと思いながら、アヤメは肉を炒める。


 コカワが手伝ってくれるので、調理スピードは大幅に向上した。

 おかげでアヤメの分とミーミルの分、さらに十人分くらいは作れる。


 作れるのだが――。


「ふぅ。ふぅ」


 ふぅ、のタイミングでアヤメは踏み台を上り下りしていた。

 当たり前の事だが、業務用キッチンは子供が使うように作られていない。

 身長が足りず踏み台を置いてキッチンを使っているのだが、乗り降りが面倒すぎる。

 皇帝権限で子供用キッチンを用意してくれないだろうか、と思いながら鍋を振るアヤメ。


 そうして料理が完成した。


「完成! どうぞ!」

「やったー! 有り難く頂きます!」


 兵士が喜びながら料理を持って行く。

 しばらく無心で料理を作り続ける。

 権利を得た兵士の分を作り続け、やがて最後の一人に料理を受け渡した。


「おおおおおおお」


 料理を受け取った兵士は椅子に座ると、もりもりと食べ始めた。

 うまいうまいと言いながら食べてくれるので、アヤメとしては悪くない気分だ。

 だがその様子を、権利から溢れた兵士が恨めしそうに見ていた。


 そう、恨めしそうに見ているだけなのだ。


「……」


 アヤメはその様子を見て無言になる。

 食堂で料理を作っている人間は、当然アヤメだけではない。

 他にも使用人達が料理を作っている。

 権利から外れた兵士は諦めて、使用人達が作る料理を食べに行く。

 それが普通なのだが兵士は、その場から動こうとしないのだ。


 何故ならアヤメの慈悲を待っているからである。

 それが分かっているからこそ、アヤメは無言だったのだが。


「デルフィオス様、僭越ながら無理をする必要は無いと思われます」


 コカワが小声でアヤメに囁く。


「はら減った」


 アヤメの料理を待つミーミルも机の上で伸びている。

 自分たちの分は、いつも最後に作っているので後回しになってしまう。

 それは料理は料理人自身がお腹が空いている時に作るのが、一番美味しいものが出来るという、誰かの受け売りのせいだった。

 兵士の料理を作っていては、どんどん食事の時間が遅れてしまう。


 それでも期待されると。

 どうしても。


 アヤメはカウンター向こうにたむろする兵士に向かって、バッと掌を広げた。


 その瞬間、たむろしていた兵士達全員がアヤメの方を同時に見る。

 騒めきすら一瞬で消える。

 兵士はずっとソレを待っていたのだ。


 アヤメは3本だけ、指を立て、こう言った。



「あと3人前だけ作る」



「うおおおおおおおおおおお」「きたあああああああ」「よーし! よおーーーーし!」「こういう時は隊長の俺にゆずるべきなのでは?」「今度こそ勝ってやる!」「行くぞー!」


 歓声に包まれる食堂で、再度じゃんけん大会が開催される事が決定した。




 

「昨日は五人前から十人前に増えました。今日は十人前から十三人前。では明日は何人前になるでしょうか」

「ヴっ……」


 アヤメとミーミルは闘技場に向かいながら話していた。


「も、もう増やさないから」

「あの空気凄かったな。逆転を夢見てロスタイムに賭けるサッカーの試合場みたいな空気になってたぞ。もしくは九回でサヨナラランナーが出たみたいな野球場の空気だ」

「分かってる……」


「このままじゃ俺達が飯を食べる時間がなくなるぞ」

「もう他の使用人さんにも手伝って貰うしかないかも」


「そういう事じゃねぇ。数増やす前提じゃねーか。増やす気満々じゃねーか」

「じゃあどうすれば……」


「増やすな」

「断りづらい」


 悲しそうに即答するアヤメに、ミーミルは『こりゃ駄目だ』と思った。

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