第37話 誘導される二人

「おお、剣皇様。お待ちしておりました。さ、こちらへどうぞ」


 話しながら歩いているうちに、屋内練習所へと到着していた。

 外ではエーギルの部下、クロ隊のチューノラとカナビスが皇帝二人の到着を待っている。

 昨日はクロ隊の違う兵士――「トトラク」と「フィードゥ」だったが、この出迎えも持ち回りが決まっていたりするのかもしれない。


「お早う御座います」

「おはようございますー」


 反射的にアヤメはチューノラの挨拶に頭を下げる。

 チューノラは皇帝に頭を下げられたせいが、恐縮してオロオロとし始めた。


「気にしなくていいって。それより早く行こう」


 チューノラの肩をポンと叩いてから、ミーミルは屋内練習場へと進む。

 アヤメもミーミルの後についていく。

 その後に兵士の二人が続いた。

 廊下を少し進むと、女性用の更衣室が見えてくる。

 二人は兵士達を更衣室の外に残すと、中へと入った。


「今日はアヤメも参加するか?」

「ちょっとやってみようかなぁ。でも身長の関係でおかしな事になりそう」

「確かにこんな背の低い奴を相手にするのって難しそうだもんな」


 ミーミルは慣れてきたのか手早く着替えていく。

 初日の時は白い布が用意されていたのだが、昨日からは無くなっていた。

 あの布は結局、何に使われるものだったのか分からず仕舞いである。

 皮の軽鎧は相変わらず臭いので着ない。


 本来なら怪我をしないように装備するべきなのだろうが、恐るべきは強化された体である。

 初日に脛に食らった木刀の一撃は、打撲痕すらついていなかった。

 一瞬、軽い痛みは感じたのだが、それだけである。

 修復力が早いのか防御力が高いのか、生身でも木刀の一撃などものともしない。

 まあ鉄の刃物でぶった切られて平気だったので、当然と言えば当然なのだが。


「うーん……」


 アヤメはミーミルの着替え終わった姿を見て、首を傾げる。


「……どした?」

「いや、おかしいんじゃないかなぁと思うんだけど」


 どう考えても体のラインが出過ぎている気がする。

 全裸にこんなぴっちりしたスポーツブラとスパッツなんて、あり得るのだろうか。

 一度質問したのだが部隊長達には「これが普通です。何も問題はありません」と言われたのだが、どうも何かおかしい気がする。


 普通と言われても、突起も浮かび上がっているし、線も浮き上がっているのだ。

 そして動けばミーミルの巨乳が揺れまくる。


 中身が親友であり、男だと分かっていても、目のやり場に困るレベルだ。

 ミーミルは試合中、集中しているから気づいていないのだろうが、観戦しているアヤメには兵士達の目線が、剣ではなくミーミルの身体にしか向かっていないのに気づいていた。


「これがこの世界の常識なんじゃね? サポーターなんか無いだろうし」

「とりあえず皮鎧着たらいいと思うんだけど。そしたら上は隠れるでしょ」

「ヤだよ! 臭い!」


 確かにアヤメも皮鎧の臭さには辟易した。

 実際、これは装備したくない。

 ミーミルなんかは初日より翌日の方が、皮鎧から異臭がするようになったと思えるほどである。

 猫のせいか臭いに敏感になっているのだろう。


「とりあえずアヤメも早く着替えろよ。外で人が待ってるんだから」

「はいはい」


 アヤメもスポーツブラとスパッツを着る。

 アヤメの場合は、体にフィットしてはいるが平坦なものなので、浮かび上がるものは何もなかった。


「ペッターン。悲しいなぁ……」

「殴るよー」

「やめて」


 今のミーミルが最も恐れているのは、兵士の刃物よりアヤメのパンチであった。

 身体能力が同格のせいか、アヤメの攻撃はミーミルの防御を容易く貫く。

 腹パンでもされれば悶絶して動けないくらいにはなる。


「ところで剣は使えるのか?」

「うーん……どうなんだろ」


 アヤメはまだ剣を使った事がない。

 木の棒を振り回した事くらいなら当然あるのだが、剣術となるとまた勝手が違うはずだ。


 ゲーム設定でも聖霊族エタニアは刃物系のマスタリースキルを持たない。

 まともに使えるのは魔法杖と楽器だけだ。

 アヤメの職業『レボリューショナリー』になるとそれすらも無くなってしまう。

 代わりに歌マスタリーというスキルを覚えるが、そうなると武器すら不要になるのだ。


「とりあえず装備は出来るはず。パラメーター補正が付かないだけじゃないかな」

「なるほど」


 マスタリースキルが無くても、装備だけならできる。

 ただし呪武器や職業専用武器はさすがに無理だ。

 例えばミーミルの魔人刀は手渡されても装備できないはずである。

 この世界で「装備できない」という現象が、どう表現されるのか分からないが。


「とりあえず試してみるよ」


 アヤメは一番、短い木刀を持った。


「何事もチャレンジ、ってやつだな」


 準備の出来たミーミルとアヤメは更衣室から出た。


「お疲れ様です」


 外にはチューノラとカナビスが待っていた。

 二人が入った時から立ち位置が全く変わっていない。

 微動だにせず二人を待ち続けていたのだと思うと、何だか感心してしまった。


「もしかして今日は閃皇様も、練習に参加されるのですか?」

「そのつもり!」

「おお……それは、楽しみです」


 そう言ってチューノラは笑顔になる。


「――」


 一方でカナビスはアヤメを見たまま動かず、声も発しなかった。


「?」


 自分を見て硬直しているカナビスに、アヤメは首を傾げる。


「――俺的にはこっちの方が――アリ」


 何かブツブツ呟いているが、いまいち意味が分からなかった。


「カナビス? どした?」

「いえ! 何でもございません!」


 ミーミルの言葉でカナビスは我に返る。


「さ、行きましょう」


 チューノラに促され、二人は不思議に思いながらも屋内練習場へと向かった。

 練習所ではミーミルの到着を兵士達が待っている。


 最初は兵士に混ざって練習のはずだったのだが、昨日からどうやらミーミルと試合をして、それを観戦する専用の時間が取られているようだった。

 部隊長にミーミルは「そこまでしなくていい」と言ったのだが「剣皇様の戦いで我々は多くの事を学べるのです。観戦も大事な練習なのです」と言われ、押し通されてしまった。


「剣皇様、お待ちしていました」


 練習所の入り口にはヴァラクとエーギルが待っていた。


「あれ? 今日もアベルはいないのか?」

「ええ、彼は外で仕事がありますので」

「修復作業の指揮を任せています」

「ふーん……また戦いたいんだけどなぁ」


 ミーミルは少し残念そうにする。

 アベルと戦ったのは結局、最初の一回だけだった。

 昨日も今日も修復作業の指揮で忙しいらしい。

 元々は自分がぶっ壊した城壁のせいで、そうなっているのでミーミルは無理に再戦を申し込めずにいた。

 できる事ならもう一度、戦ってみたいのだが。


「もしかして今日は閃皇様も練習に参加されるのですか?」


 アヤメの姿を見たエーギルが話しかけてきた。


「うん、少しだけやってみようかなって」

「それは――」


 アヤメの姿をエーギルはちらっと見て頷く。


「喜びますよ」


 エーギルはとてもいい笑顔だった。



――――――――――――



エーギル=ノーマルな人

チューノラ=ノーマルな人

カナビス=ヤバイ人

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