第8話 闘技場にて
「えっ、いやいや、コレおかしくない?」
「皆もおとぎ話で聞いた事があるだろう。剣皇の伝説を」
文官はミーミルの抗議を無視しながら、言葉を続ける。
「剣皇は、素手で岩を砕き、木の剣で鋼を切り裂いたという。その伝説を多くの者が試したものの、実現する事は叶わなかった。それが今、現実のものとなるのだ!」
そう言って、文官はミーミルの木剣を指差した。
その瞬間、静かにしていた兵士達が歓喜の叫びを上げた。
まるで地鳴りのようなその叫びは、アヤメの体が振動で震える程であった。
「それでは、お願いします。剣皇様」
そういうと、文官は石の舞台から降りる。
完全に舞台が用意されていた。
もはや拒否など不可能である。
ミーミルは足に重りがついているかのように、ゆっくりと闘技場に上がった。
舞台の上には、真剣を構えた部隊長と、木剣をぶら下げた猫人のみ。
「……」
アヤメはさすがに言葉もかけられなかった。
あの剣で斬られたら、どうなるのか。
確かにゲームデータを引き継いでいるかもしれないが、体の感覚に変化はない。
肌を撫でるそよ風も、土の匂いも、日差しの温かさも、全ていつも通りに感じる。
ならば剣で斬られれば当然、激痛と共に出血し、死ぬのではないか?
むしろ、そうでない方がおかしい。
事実さっきもミーミルは腹パンを食らって、痛みで悶絶していたのだから。
身体能力は生身と同じと考えるべきだ。
「こ、これ、どうしたらいい?」
ミーミルは木剣を持ったまま、アヤメに答えを求める。
アヤメは必死で答えを探したが、何も浮かばなかった。
どう考えても詰んでいるようにしか見えない。
もう可能性としては、アベル隊長が遠慮して手加減する事に期待するしかないだろう。
「剣皇様に手合わせして頂く事は、叶わぬ夢だと思っておりました。それが、本当に実現するとは――ここは、本気で行かせて頂きます」
アベル隊長はそう言って、剣を構える。
「
アベル隊長が何かを呟くと、光が舞台を照らした。
剣は輝き、体は薄く蒼い光に包まれ、足からは紫電が迸る。
観客と化した兵士たちは、アベル隊長に声援を送る。
「さすがアベル隊長!」とか「同時に三つの法術を!」とか兵士達が言っているが、二人の耳に全く入っていなかった。
超常現象だ。
大変な事が起きた。
人間の体が、凄い勢いで光っている。
体に電球が仕込まれていたり、スポットライトが当たって光っているようには見えない。
とにかく何らかの魔法だ。
超能力だ。
もう何が何だか分からないが、少なくとも手加減してくれる淡い期待が、はかなく砕けた事だけは間違いない。
これはもう本気でヤバい。
ミーミルは、もはやどうなろうが関係ないと思い、文官に話しかける。
「すみません。棄け」
「それでは、始め!」
文官の言葉で、アベル隊長の姿がかき消えた。
瞬きする程の僅かな時間で、アベル隊長はミーミルに肉薄していた。
アベル隊長は目を見開いたままのミーミルに、剣を振り下ろす!
何の抵抗もできないまま、肉を断つ鈍い音と共に、ミーミルは剣で切り裂かれた。
刃は肩から深く入り、わき腹へと抜ける。
同時に切り裂かれた場所から、突然爆発が起き、吹き飛ばされた。
ミーミルは石の舞台をゴロゴロと転がり、ぐったりと横たわる。
「……」
辺りは静寂に包まれた。
誰一人として、言葉を発しなかった。
奇襲でも不意打ちでも何でもない、合図と共に放った、ただのダッシュ斬り。
それだけで剣帝は倒れ伏していた。
アベル隊長は確かに手練れではあるが、最強ではない事は自ら自覚していた。
実際に、さっきのダッシュ斬りもオルデミア騎士団長の前では、片手で楽々と防がれるような技でしかない。
だが剣帝は――伝承にある伝説の剣帝は、騎士団長より遥かに強いはずだ。
仮に伝承が大げさに伝わっていたとしても、何の反応も出来ないのは流石に違和感がある。
新兵でも剣を構えて防御くらいはするだろう。
まるで戦闘経験など一切ない、ただの平民と何も変わらないような、やられ方であった。
「け、剣皇様!」
静寂を破ったのは、息を切らせたオルデミアだった。
ここまで走ってきたのだろう。
オルデミアの額には汗が浮かんでいる。
「な、何て事を……」
オルデミアはアベル隊長の持つ剣と、地面に転がる木剣を見ながら呟く。
確かに伝承では、剣皇は木剣で鋼を断ったという。
だが、そんなものはただの伝承だ。
絶対にできる訳がない。
剣皇に憧れ、剣の道を極め、やがて帝国の騎士団長まで上り詰めたオルデミアが到達した結論が、それだった。
「み……ミーミル?」
アヤメは演技すら忘れ、石の舞台へ、よろよろと近づく。
ミーミルは地面に倒れ伏したまま動かない。
まさか死んでしまったのか?
いや、普通なら死ぬ。
アベル隊長の刃は、ミーミルを両断しそうな程の深さで斬り裂いたのだ。
さらにあの、謎の爆発。
魔法か何かは分からないが、あんな爆発が傷口で起きれば――。
回復魔法は――初期の自分だけにかけられるマイナーヒールしかない。
ポーションを使えば助かるだろうか?
やってみる価値はある。
アヤメは石の舞台に足をかけた。
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