第7話 鋼鉄と木

「では外へどうぞ、英雄様」


 文官はそう言うと、牢屋の鉄格子を開け放つ。


「う、うむー。よきに計らえ」

「は? よきに?」

「いえ、なんでもないです。二千年前に流行った挨拶です」


 ミーミルと文官のやり取りにアヤメは、はらはらしっぱなしだった。


 何とも言えない空気のまま、牢屋を出ると階段を上がっていく。

 木の分厚い扉を開くと、光が差し込んで来た。

 アヤメは光を手で遮りながら、扉を抜け、外へ出た。


「……ふぇー」

「これは、凄いな」


 アヤメとミーミルは演技すら忘れ、広がる光景に目を奪われる。


 目の前には驚くほど巨大な城が建っていた。

 石の巨大なブロックだけで、恐らく百メートル近い高さまで積み上げてある。

 ただ普通の石ではなさそうで、表面に青く光るラインが血管のように刻まれていた。

 まるで城が生きているかのように見える。


 その巨大な城を中央に、周囲を十字に囲むように、小さめの城が四つ建っていた。

 城の一つ一つには空中回廊が繋げられており、周囲のどの城からも中央の城に行けるようだ。


 二人がいる場所はどうやらその中央城と、周りの小さな城の間にある中庭のようだった。

 それでもかなりの広さで、野球場くらいはあるかもしれない。


 中庭はちょうど何十人かの兵士が巡回をしているようだった。

 二人の方にチラチラと視線を送りながらも、隊列を崩さず行進している。


「……立ち止まっていないで歩いてくれ。変に思われる」


 入り口で立ち竦んだままの二人に、オルデミアが小声で耳打ちをする。


「いや、凄い建物だと思って……」


 アヤメは口を開いたまま、中央の城を見上げていた。

 こんな巨大な城を今まで見た事がない。

 その威容にアヤメは圧倒されていた。

 まあ、背が小さくなったせいで、余計に大きく見えるのかもしれないが。


「技術力あるんだな……」

「何を言っている。これを建てたのは、お前たち二人だぞ」

「そんな馬鹿な」


 ミーミルの口をオルデミアは慌てて塞いだ。

 文官がそんな二人を訝しむ。

 アヤメはもういつバレてもおかしくない、と覚悟を決め始めた。


「オルデミア様、とりあえずミゥン様にご報告を」

「分かった。それではデルフィオス様とマグヌス様も、ミゥン様にお目通りを――」

「それは後でお願いします」


「何故だ!」

「それは――念のためです」

「何の念の為だ!」

「オルデミア様、それをここで言わせないで下さい。私を悪者にするおつもりですか?」


 文官は困ったような表情で言う。


 よく分からないがミゥンというのはオルデミアの上司らしい。

 その上司に何かあっては困るから、合わせるのは後。


 要はこの文官は英雄の魂が復活した事を、最初から信用していないのだ。

 二人を英雄を騙る怪しげな人物、としか思っていないのである。


「ぬぅううう。で、ではお二人を頼む……ぞ」

「お任せ下さい」

「……くぅっ!」


 オルデミアは物凄く悲壮な顔をすると、踵を返して中央の城へと走って行った。


「ではお二人はついてきて下さい。あちらに見える南関が騎士団の駐屯所となっております。そこに闘技場がありますので、そこで剣技の披露を」


 そう言うと文官は二人に一瞥もせず、先を歩き出す。

 後に続くアヤメとミーミル。

 アヤメはミーミルにしか聞こえないような小声で呟く。


「もう偽物ってバレてないか?」

「たぶんバレてる。みんなの視線が冷たい」


 文官どころか兵士の目も冷たい。


「今からジャンヌ・ダルクの物まねしろ、って言われても無理に決まってんよなぁ」

「正論」


 とりあえず責任をオルデミアになすりつけながら、文官の後をついていく。

 中央城を取り囲むように建つ四つの小さな城の一つ――南の城に到着すると、門を守っていた兵士が文官に敬礼してから、門を開いた。


 門を開くと、広場があり、奥に城郭が見える。

 あの城郭が兵士の駐屯所で、広場が訓練場なのだろう。

 広場には的が並べてあったり、木の棒が立ててある。

 兵士がそれに向かって弓を射ったり、剣を振るったりしていた。


 中央には一段高くなった石造りの舞台があった。

 円形で半径25メートルほどあるだろうか。

 石造りの舞台では、剣士達が切り結んでいた。


「では闘技場を使うので、人払いを頼む」


 文官が近くの兵士に言うと、兵士は石造りの舞台へと走っていった。


「あそこでやるのか……」


 ミーミルが物凄く嫌そうな顔をする。

 訓練所の真ん中にある闘技場だ。

 どう頑張っても目立つ位置である。


 文官の言葉が届く前に、二人の存在に気付いた兵士たちは、訓練をすでに中断していた。

 伝説の英雄が現代に復活し、ついに目の前に現れたのだ。

 訓練などやっている場合ではない。

 遠くからではあるが、こちらの方を全員が見ている。

 ざっと見ただけで数百人はいるだろう。


 今からミーミルは、その数百人に剣技を見られるのだ。

 そのプレッシャーはいかほどのものか……。


「うむー、頑張って」


 アヤメはミーミルのふとももをペチン、と叩いた。


「この……! 他人事だと思って……!」

「ではマグナス様、あちらへどうぞ」

「……」

「マグナス様?」

「……ええっ!? ああ、了解!」


 文官の呼びかけが、自分に対してだと気づくのに数秒かかるミーミル。

 兵士達の目がますます疑惑の色に染まっていく。


 ミーミルは引きつった顔のまま、闘技場へと向かって行く。

 闘技場には訓練中だった兵士たちが集まり始めていた。

 それどころか城郭からも、続々と兵士達が表に飛び出してきている。

 広場は蜂の巣をつついたような騒ぎになりつつあった。


「アベル隊長、これを使いなさい」


 文官はそう言うと、兵士に持ってこさせていた剣を渡す。


「これは――」


 対戦相手に指名されていたアベル隊長は、差し出された剣の重さに戸惑う。

 しかし、まさかそんな事は。


 そう思って鞘から抜いた剣は、間違いなく真剣だった。


 普段から使う練習用の木刀ではない。

 しっかりと刃が入ったレフナイト製の鋼剣だ。

 レフナイト製の剣は石をも切り裂く硬度を持っている。


「お待ちください。これは訓練では使え」


 抗議しようとしたアベル隊長を無視して、文官は誰よりも先に舞台の上に立つ。


「皆の者。よく聞け。ここにおわすお方が、伝説の剣皇、マグナス・アルトナ様である!」


 その言葉に、兵士達が騒めく。

 歓声ではなく『騒めき』だった。


 その騒めきの内容は、殆どが『何故亜人種なのだ』である。

 ミーミルは引きつった顔のまま、立ち竦むしかなかった。


「静かに! 剣皇の御前であるぞ!」


 文官が広場中に響き渡る声で叫ぶ。


「確かに亜人種である事に疑問を持つ者もいるだろう。だがここにいる剣皇様は本物である。それは騎士団長オルデミア様も認められたのだ! オルデミア様は剣皇様の剣技を見て、間違いないと確信されたと言っていた!」


 広場はその言葉に、静まり返る。


「そんな事言ってないよな?」

「言ってない言ってない」

 ミーミルとアヤメは首を傾げながら囁き合う。

 文官はさらに言葉を続けた。


「そこに疑いを挟む事は、すなわち騎士団長を疑う事と同意である! あの誠実なオルデミア様が、嘘をつくはずなどないのだ!」


「……あっ、これ嫌がらせじゃね? 俺らとオルデミアに対する。これ絶対嫌がらせだわ」

「そんな気がしてきた」


 二人はやっと、それに気が付く。

 だが気づくのが余りに遅すぎた。


「が、それでも信じられない者もいるかもしれない。その疑念を打ち払う為に、マグナス様が今から剣技を披露して下さるそうだ」


 その言葉に兵士達が一気に沸き立つ。

 今度こそ歓声が満ち溢れる。

 歴史上最強とも言い伝えられる剣皇の秘技を、実際に見る事ができるのだ。

 それは一度でも剣士として最強を目指した者にとっては、無上の喜びであった。


「ではマグナス様、アベル隊長、舞台の上へ」


 文官に言われアベル隊長はやや渋い顔をしながらも、闘技場の反対へと立つ。

 そして剣を抜き放った。

 さすがに素人の二人でも分かる。



 抜いた剣は、間違いなく真剣だった。



「待って、真剣でやんの?」

「知らない知らないそんなの知らない」


 顔を青くしたミーミルはアヤメに聞くが首を振る。


「マグナス様、早く闘技場の上に」


 文官がミーミルを急かす。


「わたしの武器がないです」

「これは失礼」


 文官は兵士から剣を受け取ると、ミーミルに渡した。


 

 間違いなく木剣だった。



――――――――――――



アベル=第一騎士団アカ隊隊長(真面目)


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