第4話 猫が稽古をつける

「よろしくお願いします」

「……」


 無言だった。

 ミーミルはもう一度、挨拶してみる。


「よろしくお願いします?」

「よ、よろ、しく、お願いします!」


 パークスの部下が叫ぶ。

 声がジェイド家専用の練習所内に響き渡る。


「アベル殿」

「何でしょうか。パークス様」

「どうしてあんな事になってしまっているのですか」


 パークスは震える指でミーミルを指差す。

 そこにはいつも通りに裸同然のミーミルがいた。


「これにはとても深い訳がありまして」



 スパァン!



 アベルの言葉を遮るかのように、破裂音が鳴り響く。

 パークスの部下が持っていた木刀が斬り飛ばされた音だ。


「動きが固い! もっと機敏に!」


 ミーミルが檄を飛ばすが、それどころではない。

 伝説の英雄の身体のラインやら、目の前でたわわに揺れるものやら、木刀で木刀を切断する現象やらが同時にパークスの部下を襲っていた。


「はい……」


 そう返すのが精いっぱいだ。


「パークス様、訳をお話しましょう」


 エーギルがパークスに話しかける。

 その顔には邪悪な笑みが浮かんでいた。

 それに気づいているのはアベルだけである。


「剣皇様が生きていた頃は、あれが普通だったのです。遥か昔の話ですので、文化や技術に大きな違いがあるのは当然であります」

「し、しかし、さすがにアレは」


「じゃあ次!」

「は、はい!」


 パークスの部下がミーミルに近づいていく。

 その視線はミーミルにおっぱいに極限まで集中していた。


「あれは問題なのでは?」

「何の問題がありますか? 剣皇様は、昔ながらの方法で剣術訓練を行い。我々は、それに従っているだけです」

「た、しかにそうですが」



 スパァン!



 また破裂音と共に木刀の破片が宙に舞った。


「全然動けてない! 固まりすぎ!」

「はい……」

「次! ……全く。パークスの部隊はどうなってんだ」


 ミーミルは木刀で肩を叩きながら呟く。

 アベルやエーギルの部隊より遥かに動きが悪かった。

 ミーミルの前に来ると、木刀を持ったまま完全に固まってしまう。


 パークスは確か人に打ち込めないと言っていた。

 もしかしたらパークスの部下も、打ち込めない人間で固まっているのかもしれない。


「パークス!」

「えっ?」


「ちょっと来てくれ!」

「えっ!?」


 パークスはエーギルを見る。

 エーギルは笑みを浮かべたまま頷くと、木刀を差し出してきた。

 パークスは木刀を受け取ると、ミーミルの前まで進んだ。


 だが、まともにミーミルに顔を合わせられない。

 視界に入れられない。

 そんなパークスを見て、ミーミルはため息をつく。


「パークス、お前がそんなだからダメなのだ」

「は、はい」


「しっかりこっちを見るのだ」

「はいっ……!」


 パークスはミーミルを見る。


「――」


 頭の先からつま先まで痺れるような衝撃が走る。

 目の前で見ると、より強烈だった。

 部下が固まるのも仕方ない。


「パークス、顔が真っ赤だぞ? 体調が悪いのか?」

「いえ。問題はありません」


 パークスは木刀を構えると、ミーミルの顔に視線を集中させた。


 出来る限り下は見ない。

 ミーミルの顔をじっと見る。

 今までちゃんと見られなかったのだが、はっきりと顔を見る。



 剣皇は美しかった。



 整った目鼻立ちに、黒く輝く長い髪。

 まるで黄金のような金色の瞳を見ていると、吸い込まれるような感覚に陥る。

 猫の耳は、パークスの方向へ向き、僅かな音も逃さぬようにぴくぴくと動いていた。


「何かさらに顔が赤くなってきてないか」

「大丈夫です!」


「なら、打ち込んでみろ。こっちからは攻撃しないから」

「そんな、恐れ多い……」


「この場所では誰もが平等だ。上下関係なんか無い。気にせず打ち込め」

「万が一、怪我でも負わせてしまったら、申し訳が立ちません」


「気にするな。木刀如きでは痣もできんよ」

「前もそう言われましたが……にわかには……」


「えーい、うじうじしない! さっさと打ち込め! 皇帝命令!」


 ミーミルの初めての皇帝命令は『自分に打ち込め』だった。

 もう少し特別な事で使いたかった気もするが、まあいいだろう。


 ミーミルはそう思った。


「で、で、で、でやああああああ」


 剣を振りかぶると、パークスは目を閉じて、ミーミルに突っ込む。

 真っ暗な視界の中で、パークスはミーミルがいると思われる場所に剣を振り下ろした。


 だが、その剣は途中で止まる。

 腕が動かせない。


 パークスは目を開いた。


 目の前に剣皇がいた。

 本当に目の前である。


 いつの間にここまで接近されたのか、パークスにはさっぱり分からなかった。


「こらー、目をつぶってたら絶対当たらないだろ?」


 ミーミルは瞬時に距離を詰め、振り下ろそうとした瞬間の手を抑えたのだ。


「はい、一本」


 ミーミルは木刀の柄で、パークスの脇を軽くつつく。


「そんなんじゃ部下も育たないっしょ? ちゃんと隊長が手本見せないと」


 ミーミルはパークスの顔を覗き込みながら諭す。

 だがパークスはそれどころではなかった。


 腕を掴まれ、息を感じる程の距離。

 皇族御用達石鹸の香りがパークスの鼻をくすぐった。

 あと一センチでも近づけば、ミーミルの胸に自分の胸が触れる。


 何もかもが恐れ多すぎる。

 パークスは目を閉じながら頷くだけで限界だった。

 誰かの「羨ましい」という言葉すら耳に入らない程に、一杯一杯だ。


「はい、じゃあもう一回」


 ミーミルはパークスを放す。

 支えを失ったパークスは、どっと地面に座り込んだ。


「あ、あれ? もしかしてさっきの柄、効いてた?」


 自分のチート腕力だと、軽くやったつもりでも強く入っていた可能性はある。

 ミーミルは心配になってパークスの前にしゃがみ込む。


「だ、だいじょうぶで」


 パークスは顔を上げる。

 そこにはしゃがみ込んだミーミルの美しい顔と、存在感を増した胸と、強調された股間が



 意識は、そこで途絶えた。





 のちにパークスは部下に、そう語ったという。

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