第3話 ラナイア探検隊捕食事件


「いやー、中々に面白かったな」


 レガリアとジオに連れられ、軍事施設を見学したミーミル達。

 ミーミルは帰りの馬車で視察の感想を述べていた。

 特に闘技場で行われた第一ジェイド騎士団と第二ジェイド騎士団の模擬戦は、中央でやるのとまた違った雰囲気で新鮮だった。


「なんていうか『軍隊』って感じだったね。洗練されてたと思う」


 中央は厳しいながらも適度な緩さがあったが、南部は違う。

 雑談等は一切見られず、統率され整然とした動きに、真剣な表情。

 レガリアとジオの指揮によって、素早く、正確に、陣を組む部隊には、ある種の美しさすら感じられる程であった。


「中央もあれくらいやらねば駄目かもしれんな」


 オルデミアは少し反省していた。

 軍隊としては、恐らく南部の方が正しいのだろう。

 中央に戻ったら、規律をもう少し厳しくすべきかもしれない。


「いやいや、中央は中央でいい感じだと思う。あの緩さは悪い緩さじゃない。常にガチガチじゃ、兵士の負担が大きすぎる。いい塩梅じゃね?」

「そうか? それならいいのだが」


 少し褒められたような気分になり、オルデミアは目を輝かせた。


「とか言ってミーミルが厳しくして欲しくないだけだよね」

「そうとも言うかも」


 アヤメのツッコミにミーミルは舌をぺろっと出す。

 オルデミアは舌を掴んで引っこ抜きたい気分に駆られた。


「ま、しかしアレだな。あのジオってのはサッパリだったな」

「また直球だね……」


 視察中も、ただただついて来ているだけであった。

 会話はほぼレガリア任せである。


 気を利かせたミーミルがジオに話を振っても、反応が異様に薄い。

 どう見ても会話を膨らませようとする気が無かった。


 しかしアヤメの場合は、ちゃんと返事を返して来るので、会話を膨らませる能力が無い訳ではない。

 ミーミルにだけ露骨に反応が悪いのだ。


「亜人種めっちゃ嫌われてんな。びっくりだわ」

「南部ではジオくらいの方が普通かもしれん。マキシウスやレガリアも表には出さんが、内心では嫌っているはずだ」

「うーむ……人種差別良くない。良くないよ」

「南部では多くの人間が亜人種の犠牲になっている上に、過去の事件があるからな……」

「ラナイア探検隊捕食事件なー。あんな事件が起きりゃ仕方ないわな」


 ミーミルとオルデミアは腕を組み、深いため息をつく。


「?」


 だがアヤメにはさっぱり分からなかった。


「あー、アヤメは、あの時は聞いてなかったか。アヤメがミゥン皇帝を乗り回してる最中に、コカワさんから聞いたんだよ」

「……むあー」


 アヤメは嫌な思い出がフラッシュバックし、目をつぶって天を仰ぐ。


「丁度いい機会だし、教えとくか。そうだな……キツイ話になるが……」


 ミーミルは顎に手を当て、深刻な顔をする。


 そうしてしばらく時間が経って。

 考えを纏めたミーミルはオルデミアを見て、こう言った。


「面倒臭いからオルデミア説明して」


「お前は本当にどうしようもない奴だな……」

「面倒くさいの他人に押し付けるの止めなさい」


「俺がいた会――仕事場ではそれが普通だったのだ……押し付け合いだったのだ……」

「どんな仕事場だ」

「ブラック企業スタンダードは止めなさい」

「分かった分かった。ちゃんとやる」


 ミーミルは背伸びをして、上半身をぐっ、と捻ってから、事件について説明を始めた。


「時はえーと何とか歴何とか年。ラナイアという亜人種について研究していた学者が探検隊を作って現神の森へ入った」

「まあ年号とかはスルーするよ」


「探検隊は亜人種と接触に成功した。亜人種の文化についても研究していたラナイア探検隊は亜人種と仲良くなったのだ。村に呼ばれ、もてなされた」

「そっか……そこで自分達が料理の材料に」


「いや? 普通にもてなされたらしい。現神の森で手に入る希少な鉱石や動物の皮とかも土産に貰ったんだ」

「全然捕食されてないじゃん。むしろ友好的だし」

「まあ、焦るな。話はこれからだ」


 ミーミルはそう言って、真剣な表情になった。


「ラナイア探検隊は大きな成果を得た。亜人種と信頼関係を築いたんだ。ラナイア探検隊は亜人種とさらに交流を深め、村に住居も作って貰うまでになった」

「捕食要素ないね……」


「ラナイア探検隊はどんどん大きくなり、村に移住する者も増えた。亜人種達も友人が増えて喜んでいた」

「いい感じじゃん」


「んで友好二周年? 三周年だっけ?」

「友好五周年だな」


 オルデミアが答える。


「そう。友好五周年、という事で盛大な祭りが開催される事になった」

「おー」




「その祭に参加した全員が捕食されて死んだ」

「おー……え?」




「一周年でも二周年でも何もしなかったのに、五周年で突然、人間に牙を剥いた。初期から付き合いのあったラナイアもいきなり殺されてしまったらしい。」

「……」


 アヤメは相づちすら忘れていた。


「最初は何かの間違いではないか? 何か祭でやってはいけない事をしてしまったのでは? と思われていたらしい。だが祭の広場に行った調査隊が目にしたのは――」

「目にしたのは」


「収穫ありがとうございました。美味しかったです。と書かれた血文字だけであった」

「……」


「亜人種の村も丸ごと無くなった。最初から無かったかのように撤去されていたらしい」

「……」


「つまりアレだ。安全だと思わせておいて、数が集まった最高のタイミングで、一気にバリバリとやってしまったという事だ」


 馬車の中を沈黙が支配する。

 そして沈黙を破ったのはアヤメだった。


「ちょっと亜人種、酷すぎじゃない?」


 ミーミルを見る。


「そう言われましても」

「そういう経緯から亜人種に対する不信感は強い。仲良くしていても、いつ後ろから刺されるか油断ならない種族と思われているのだ。剣皇が実は亜人種というのは、現在から考えるとかなり問題だった、という事だ」

「なるほどね」


 オルデミアの言葉に納得するアヤメ。

 確かに嫌悪や憎悪を抱かせるには十分な理由だった。

 特に亜人種と深く関わっていた南部ならば、蛇蝎の如く嫌われていてもおかしくない。


「そう考えると、やっぱり不思議なのは――」


 アヤメがそう呟いた所で、馬車が停車した。

 いつの間にかパークスの館に到着していたらしい。


「ミーミル様、アヤメ様、オルデミア様、到着致しました」

「今おりますー」


 アヤメは扉を開く。

 外にはパークスの部隊がしっかりと整列していた。


 パークスも笑顔で待ってくれている。

 もちろんエーギルやアベル、アカ隊・クロ隊の面々も勢ぞろいだ。

 改めて、これほどの人数が整列しているのは壮観であった。


「足元にお気をつけ下さい」

「うん」


 アヤメはパークスの手を取って、ぴょんと馬車から飛び降りる。

 次にミーミルが出て来る。


「足元のお気をつけを下さい」

「うん? うん」


 パークスは緊張しながらミーミルに手を差し伸べる。

 ミーミルはパークスの手を取って、馬車から降りた。



「……」

「……」



「パークス、手を離して欲しいんだが?」

「こ、これは失礼しましました!」


 パークスは掴みっぱなしだった手を、慌てて離す。


「その、何というか、改めて、剣皇様が現実に生身でいらっしゃると思いますと、手の温もりも貴重に思えてきまして」

「団長、キモイです」

「き、キモいか!」


 部下の言葉にパークスは顔を赤くして頭を掻く。



 ――やっぱり不思議なのは。



 パークスがこんなにもミーミルに対して友好的な事であった。

 しかも団員達も漏れなく。


 とても演技には見えない。

 パークスの部隊だけが、何故か亜人種に対する偏見が無いとしか考えられなかった。


「お二人は、これからどうされますか?」


 アベルがアヤメとミーミルに質問してきた。


「んー、じゃあ昨日の飲み会で約束してたの、やろうか」

「何か約束をしていましたか?」

「パークスの訓練な」


 そういってミーミルはニヤリと笑みを浮かべる。


「そ、それは本当ですか!?」


 パークスは子供のように目を輝かせた。


「うむ。どっか練習できる所ある?」

「ジェイド家専用の訓練所があります。今の時間ならば空いているかと」

「おし、じゃあさっそく行くかー」


「我々も行きますので」

「行きます!」


 エーギルと、その部隊が真っ先に手を挙げる。


「アベルはどうする?」

「行きます」


 アベルは即答した。

 エーギルがどうにも良からぬ事を企んでいるような気がするのだ。


「来なくていいぞ」

「その言葉で余計に行かねばならない気になった」

「チッ……」


 エーギルは舌打ちした。


「アヤメ様はどうされます? 一緒に訓練されますか?」


 パークスはアヤメに話を振ってくる。


「実は街を見る約束をオルデミアとしてるのです。ジェイドタウンを見るのは初めてだから、一緒に行こうって。ね?」


 アヤメは嬉しそうに言う。


「ああ……そう言えば、そうでしたね。行きましょうか」


 アヤメの言葉に、オルデミアは忘れていたかのように頷く。

 本当は、しっかり完璧に覚えていて、なおかつ楽しみにしていた。

 だが興味なさげに言わねば気恥ずかしいような――そんな気分になっていたのだ。


「それはどういう事でしょうか?」


 だが、それを聞き逃す信者ではない。

 カナビスとトトラク、他にも何人かがオルデミアに詰め寄る。


 その目はやや血走っていた。


「いや、普通に閃皇様が街を見たいと言ったので、それの護衛に」

「二人きりで?」


「まあ、その予定ではあった……な」

「それはもうデートなのでは?」


「そ、そんな事は無い」

「デートじゃん」「おかしいじゃん」「抜け駆けじゃん」

「貴様ら、言葉遣い気をつけろよ」


「エーギル隊長、我々は閃皇様の護衛につきたいと思います」


 副隊長であるカナビスがエーギルに進言する。


「ああ、何でもいいわ。好きにしろ」


 許可が下りた。


「ではアヤメ様のはじめてのお出かけ護衛部隊を編制しましょう! オルデミア団長! 編成をお願いします!」

「いや、そんな大仰にしては街を見られん……」


「編成を! お願い! します!!」


「……じゃあ行きたい者は挙手を」


 アカ隊やクロ隊だけではなく、パークスの部隊まで手を挙げる人間がいた。

 水面下で順調に信者が増えているようである。


「じゃあアヤメ、後でな。土産頼むぞ」

「はいはい」



 そう言ってアヤメとミーミルは、いったん別れるのであった。


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