第2話 マキシウスと三人の息子

 ジェイドタウンの街を馬車で走って十分ほどだろうか。

 目の前に例のゴツい城が立ちはだかる。

 城というか要塞にしか見えない建物の前には、多くの兵士が警備に当たっていた。


「うおー。何かすごい厳重だな」


 馬車の窓から外の様子を伺うミーミル。

 権力のシンボルとしての城ではなく、完全に軍事基地である。


「マキシウスは非常に地位や名誉に固執しているからな。あれもその現れだろう」


 オルデミアも窓の外を見ながら呟く。

 外にいるのはマキシウスの長男や次男が率いる第一・第二ジェイド騎士団だろう。

 引き締まった表情で、要塞の警備をしていたり、訓練を行っている。


 ジェイド騎士団の練度はかなり高いらしい。

 経験ならば戦争真っただ中の東部だが、訓練の厳しさは南部が最も厳しいと言われている。


「緊張してきた……」


 アヤメは圧迫感のある要塞を見ながら呟く。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず、という諺があるが正しく、この要塞は虎穴であった。


 やがて馬車が速度を落とし、停止した。


「到着しました。気をつけて降りて下さい」


 パークスが馬車の扉を開く。

 三人は言われるままに、馬車から降りる。


 目に前には巨大な鉄の柵と門。

 とても人力で開けられそうなサイズの門ではなかった。

 

 キィ……ゴゴゴゴ……。


 金属の軋む音と、車輪が回る音がして、分厚い鉄の門が開いていく。

 自動的に開いていた。


「どういう仕組みで開いてるんだ?」


 元々、設計の仕事をしていただけあってミーミルは扉の構造に興味深々だった。


「魔力駆動の装置を使っているらしいが――詳細は分からん」

「この世界にも機械っぽいものもあるんだな」


「キカイ?」

「人力を使わず別の動力で動くモノ……をそう呼ぶと思って貰えばいいかな」


「よく分からんな……人力以外で動くものなどあるのか?」

「んー、まあある。木を燃やしたり水を流したりすりゃいいんじゃね」

「???」


 説明するのが面倒になったミーミルは超大雑把に答え始めた。

 相変わらずテキトーな奴だ、と思いながらアヤメはため息をつく。


「さ、扉は一定時間しか開きませんので早く通ってしまってください」

「おっけー」


 パークスと三人は門を護る衛兵の横を通りすぎて、要塞内へと入った。

 オルデミアはともかく、アヤメとミーミルが通っても、衛兵は微動だにしない。

 二人に目線を送る事すらしなかった。


 きちんと訓練されているのだなぁ、とアヤメは感心しながら要塞の扉をくぐる二人。


 要塞の中は、やはり無骨であった。

 天井も床も壁も、全て石のみで作られており、装飾も限りなく廃されている。

 質実剛健――と言えば聞こえはいいが、どちらかというと殺風景であり、底冷えするような冷たさすら感じられる城内であった。


「奥の階段から、父の部屋にいけます。どうぞ、こちらへ」


 三人は、パークスに促されるままに先へと進んだ。

 階段を登り、廊下を歩き、また階段を登り、廊下を歩き。


 要塞の中はかなり複雑だった。

 あえて入り組んだ構造になっているのだろう。

 確かテレビ局はテロ対策の為に、複雑な構造にしていると聞いた事がある。

 恐らくアレと似たようなものだ。


「着きました。ここです」


 階段を上がると、そこに少し豪華な扉があった。

 ここがマキシウスの執務室らしい。


「もう中にマキシウス様は?」

「いるはずです。決められた時間より常に早く到着しているのが父ですから」


「ミーミルにも見習ってほしいな。遊びに行く時、絶対に遅れて来るし」

「何かギリギリまで粘っちゃうんだよ……」

「雑談はそのくらいにしてくれ」


 オルデミアが厳しい表情をしていた。

 いつものように余裕は無い。

 自分より立場が上なのもあるが、容易に御せる相手ではないのだ。


「打ち合わせの通りに頼む」

「分かった」

「ふぁい」


 アヤメは緊張で少し噛んだ。


「……」


 三人が無言になる。

 そして無言で三人同時にパークスを見た。

 

「……っ」


 三人より遥かに緊張している。

 自分の父親に会うだけなのに、顔面蒼白だ。

 体が震えてすらいる。


「どうしたパークス」


 見かねたミーミルが聞く。


「い、いえ。父は非常に厳格な方ですので。その何というか……」


 しどろもどろで要領を得ない。

 何がパークスをそこまで恐怖させているのだろうか。


「よし、とにかく中に入るぞ。パークス、中に声をかけてくれ」

「私がですか?」


「客ではなく案内した人間が中に声をかけないとおかしいだろう。マキシウス様に案内も出来ないと思われるぞ」

「そうでした。そうですね。その通りです」


 パークスは一歩前に出ると、部屋をノックする。


「父上、閃皇様と剣皇様がいらっしゃいました」

「そうか。分かった」


 中からマキシウスの声が届いた。

 それと同時に、扉が開く。


 扉を開いたのは、一人の男性だった。

 オルデミアより背が高い。

 オルデミアやパークス、マキシウスもかなり体格のいい方だが、それよりもさらに一回り大きな男だった。

 アヤメからすればもはや壁である。


「どうぞ」


 男は短く、野太い声で言った。


「し、失礼します」


 ミーミルは気圧されながら、部屋に入る。

 男はミーミルを見ると、嫌悪感を露骨に現していた。

 亜人種嫌いが見せる視線である。

 最近は減っていた視線に、ミーミルは少し顔を引きつらせていた。


「パークス。無事に戻っていたのだな。ジェノサイドに襲われたという話を聞いて、心配していたのだ」


 僅かに緊張しかけた空気を振り払うように声を上げたのは、部屋の奥にいた男だった。

 今度はオルデミアより少し背の低い男性だった。

 それでもミーミルより身長は高いが、このゴツイ男ばかりの空間では小さく見える。


「レガリア兄さんもいたのですか」

「ああ、ジオが伝説の英雄と会いたいと言っていてな。私もついてきたのだ」


 レガリアと呼ばれた男は、柔和そうな笑みを浮かべる。


「こちらのお二人が閃皇様と、剣皇様ですか。こんなお美しい方と、可愛らしい方だとは思いませんでした」


 初見なのに、ミーミルに笑顔を見せる。

 この人もパークスと同じで、亜人種に嫌悪感を抱いていないようだった。


「二人とも、まずは自己紹介だぞ」


 オルデミアの言葉で、レガリアと、ジオと呼ばれた男は、アヤメとミーミルに真っ直ぐ向き直った。


「私はレガリア・ジェイド。ジェイド家の長男で、第一ジェイド騎士団団長でもあります。お二方の噂は、帝都から離れたジェイドタウンまで届いております。今日の謁見を、とても楽しみにしていました。お会いできて光栄です」


 レガリアはそう言って、うやうやしく腰を折った。

 物腰は柔らかで品がある。

 マキシウスのような武人気質の貴族とは違い、貴族らしい貴族だった。


「私はジオ・ジェイド。ジェイド家の次男で、第二ジェイド騎士団長を務めています。剣を学んだ者として、剣皇様と会うのを楽しみにしていました」


 ジオもそう言って腰を折る。


 だがレガリアと違って、いやいやそう言っている感が強い。

 ミーミルに対する嫌悪感が凄かった。

 こちらはマキシウスに近いタイプだと言える。


「二人とも自慢の息子でしてな。今後ともよろしくお願いします」


 そう言ってマキシウスは笑った。

 アヤメとミーミルも頭を下げ――ようとして何とか踏みとどまった。

 いい加減、立場が上なのに頭を下げるのはまずい。


「宜しく」

「宜しくお願いしま――お願いね」


 敬語も何とか踏みとどまる。

 体に染みついた日本人体質が抜けなくて困る。

 もしかしたら魂にまで刷り込まれていたのかもしれない。


「今回の各地の視察に協力して頂いて感謝しております」

「こっちも協力は惜しまんさ。お二方は復活されて、まだ日が浅い。まずはアイリス帝国がどう変わったのか知って頂かなくてはな」


 実は今回、南部領に来たのは視察が目的という事になっていた。

 暗殺から皇帝を護る為だというのは、マキシウスとだけの秘密となっている。



 復活した英雄が暗殺を恐れ、中央から南部へ避難する。

 これは発覚すれば英雄のイメージを著しく落とす事となるだろう。

 だから南部領へ行く理由は別に考えた方が良い。



 そうアドバイスしていてくれたのはカカロ大臣であった。

 オルデミアはそこまで思慮が至っていなかった。


 気づかないままで放置していたら、敵対する四大貴族の誰かがイメージダウンのネタとして使っていたかもしれない。


「こちらの黒いドレスの女性が、剣皇様ですか?」


 ジオがミーミルに話を振ってくる。

 振ってくる割には、どうにも嫌悪感むき出しであった。


「私達も自己紹介が遅れてました。私が剣皇マグヌス・アルトナです」

「それがどうやってミーミル様に?」

「えー……っと」


 すでにミーミルという名前がバレていた。


 情報が早い。

 昨日の飲み会が初出なので、半日程度でマキシウスにまで伝わっている事になる。


「小さい頃のあだ名です。これはアヤメしか知りません」

「何の略なのですか? マグヌス・アルトナという名前にミという文字は含まれておりません。どこから来たのか気になります」

「えー」


 いきなり雰囲気がヤバくなってきた。

 まさかそんな所を執拗に突っついてくるとは思っていない。


「ジオ、あだ名というのは何も名前だけから付けるものではないよ」


 助け船を出してくれたのは、意外にもレガリアであった。


「例えば外見からもあだ名というものはつくものだ。眼鏡をかけている男がいればメガネというあだ名がついたり、髭が長ければヒゲと呼ばれる者もいる」

「確かに」


 ジオはレガリアの言葉で眉間に皺を寄せる。


「申し訳ありません。些細な事で皇帝様の自己紹介を止めてしまいまして」


 レガリアは頭を下げる。

 釣られて全く関係ないアヤメが頭を下げようとして、ギリギリ踏み留まった。


「そちらの可愛らしい貴女が、閃皇様ですか?」

「えっ、と、はい! 私が閃皇デルフィオス・アルトナです」

「アヤメ様とお呼びしても?」

「そっちの方が有り難いです」

「分かりました、アヤメ様。これからしばらくの間、宜しくお願い致します」

「こちらこそよろしくお願いします」


 レガリアはジオと違って、まだ話しやすい。

 というか話しやすくしてくれているのだろう。

 ジオが何か失敗しそうにする前に、場を上手くコントロールしている。

 なかなかのやり手っぽい。


 すると眉間に皺を寄せたまま、俯いていたジオが、いきなりパッと顔を上げた。




「もしかして猫である外見から、みーみー、ミーミー、ミーミ、ミーミルとなったのですか?」


 そしてこう言った。



 ジオはどうも空気が読めなかったりする人間らしい。

 マキシウスがジオを見て露骨にため息をつく。

 きっと子育てに苦労しているのだろうなぁ、とアヤメは思った。


「そんな感じですかね」


 ミーミルは、やや顔を引きつらせながら頷く。


「ではミーミル様とアヤメ様。視察の件ですが、どこから見られますかな」


 マキシウス自らが、視察の話を振ってくる。

 これ以上ジオを好き勝手に話させていては問題だと思ったのだろう。


「まずは軍備からお願いしようと思っています。レガリア様の第一騎士団かジオ様の第二騎士団を視察させて頂けないでしょうか」


 それを受けたのはオルデミアだった。

 簡単な世間話以外はオルデミアが受け答えする事になっている。


 前にマキシウスと対談した時と同じパターンだ。

 オルデミアの答えは、全て閃皇と剣皇共に了承済みという体である。


「せっかくですし、両方見て頂きましょうか。まずはレガリアの騎士団からご覧になって下さい。それでよろしいかな? オルデミア団長」


 オルデミアはアヤメとミーミルに視線を送る。

 二人は同時に頷いた。

 これは『視線を送ったら頷け』という打ち合わせ通りだ。


「はい。宜しくお願い致します」


 二人の頷きを確認してから、オルデミアは頭を下げた。


「では父上、私が案内した方がよろしいでしょうか?」

「ああ、頼む。粗相のないようにな」

「勿論です。ではアヤメ様、ミーミル様、オルデミア殿、こちらへ」


 どうやらレガリアが先導してくれるようだ。

 アヤメもミーミルも、それに大人しくついていく。

 それにジオやオルデミア、パークスも続く。



「パークス、お前は残れ」



 マキシウスがパークスの背に声をかける。

 声をかけられたパークスが、びくりと体を跳ねさせた。

 そういえば部屋に入ってから、パークスが一言も話していないのに気づくアヤメ。


「パークス、大丈夫?」

「問題ありません」


 そう答えるパークスの顔は血の気が引いており、とても大丈夫そうには見えなかった。

 まるで悪い事をしたのが父親にバレて、今から怒られる子供のように見える。


「ああ、パークスと二人で世間話をしたいだけですからな。心配ご無用です」


 ……それなら大丈夫かな?

 そう思ったアヤメはパークスに手を振る。


「んー、じゃあ、また後でね?」

「はい」


 アヤメ達はパークスと別れた。

 世間話をすると言われているのに、まだ顔の青いパークスを心配に思いながら。






「パークス、騎士団の方はどうだ?」


 部屋に残ったパークスを見据えながら、マキシウスが問う。

 机の上にあった茶を飲みながら、腕を組む。


「順調です。皆、慕ってくれています」


 ただ腕を組んでいるだけなのに、パークスはプレッシャーを感じていた。

 マキシウスに目を合わせる事もできない。


「パークス、話をする時はちゃんと相手の目を見ろ」

「は、はい」


 パークスは顔を上げ、マキシウスの目を見る。

 その目は肉食獣のように鋭い。


「騎士団が順調なのは良い事だ」


 マキシウスは茶を一口飲むと、カップを机に置き、こう続けた。




「それで、お前はどうなのだ」




 パークスの心臓がきゅっと縮み上がる。


「私は、その――まあまあです」

「誤魔化すな。目を逸らすんじゃない」

「は、はい……」

「人に打ち込むのができんそうだな。相変わらず」


 パークスは無言だった。

 実戦や真剣勝負どころか、ただの練習ですら木刀を相手に打ち込む事を躊躇してしまう。

 軍を率いる存在である以上、そんな事では駄目なのは分かっているが――。


「お前にはやがてジェイド家を背負って立つレガリアの補佐をやって貰わねばならんのだ。ジオではレガリアの補佐は荷が重いのは分かるな?」

「ジオ兄さんならレガリア兄さんの剣になれると思います」


「ああいうのは諸刃の剣と言うのだ。全く……もう少し知恵の回る男になるかと思ったが、体を鍛えるばかりで学が身についておらん」

「……」


「お前ならば頭も回るし、剣の才能もある。後は経験を詰めばいいのだ」

「私は――」


 パークスは顔を曇らせる。


「武で名を馳せたジェイド家に泥を塗らぬようにな」

「……はい」



 重い言葉に頭を押されるように、パークスはゆっくりと深く頷いた。

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